第二十一章 21

 エンジェルとロドリゲスは、銃撃戦に興じていた。高速道路という遮蔽物無しの場所で戦うのは、互いに初めてのことである。


 彼だけに見え、聞こえる天使の導きという特性をもってしても、その火力の差で、エンジェルは劣勢に立たされていた。遮蔽物無しでマシンガンを相手にするのは、中々に骨が折れる。

 しかしロドリゲスとて、弾に限りがあるので無駄に撃ちまくるわけにはいかない。しぶとく逃げ回るエンジェルに、できるだけ隙を見計らって連射するが、連射し続けずにすぐにトリガーから指を離す。


(奴の方が俺より腕は上だな。得物の火力と地形の組み合わせという、アドバンテージがあるからこその優勢だ)


 ロドリゲスは素直にそれを認め、だからこそ慎重になる。

 怪人に変身しようにも、ロドリゲスの場合、一度変身すると一時間は変身できなくなるという改造を施されていたので、今は銃で戦うしかない。


 ロドリゲスは余裕をもって、エンジェルの動きに合わせて動いている。エンジェルの銃撃はほぼ苦し紛れな代物であり、防御のためのものとなっている。ロドリゲスに一方的に連射させないために、撃って防いでいる程度だ。狙いの精度も低ければ、銃撃の頻度も低い。ロドリゲスもそれを見抜いているから、余裕をもって先読みして回避できる。


(いずれ奴の方が、弾が尽きる。奴がリロードしようとした際に、撃ちまくってやる)


 相手に合わせて慎重になる一方で、ロドリゲスは方針を固める。


 一応はロドリゲスも裏通りで殺し屋として生計を立てていた身であるし、荒事もそれなりに経験がある。しかし今現在戦っている相手の方が実力は上と見抜きつつも、その経験値に絶対的な差がある事までには、気がついていなかった。また、先読みして相手の裏をかくことにも、頭が回らなかった。


 エンジェルが高速道路の中央分離帯へと向かっている。腰程の高さの、低い植木があるが、とてもじゃないが遮蔽物として利用できるものではない。それでも多少視界を遮ることくらいはできるが、遮蔽物として利用するのはリスクが高いであろう。


 ガードレールを飛び越え、エンジェルが植木の陰へと入る。


(そこでしゃがんでリロードするにしても、こちらのやることは変わらんな。撃ちまくるのみ)


 そう思い、銃口を向けるロドリゲスであったが、エンジェルはしゃがむことで、植木を使ってロドリゲスの視界から見づらくしようとすることはしなかった。

 それどころか反対車線へと躍り出る。


(そういうことか……)


 ここでようやくロドリゲスはエンジェルの狙いに気がついた。


「天使降臨!」


 意味不明な叫びと共に、エンジェルが道の真ん中に躍り出て、両手両足を広げた大の字のポーズで、車を停めようとする。それを目の当たりにした車が、急ブレーキと共に半回転して停止する。

 停まった車体の陰に素早く隠れるエンジェル。


「馬鹿が」


 ロドリゲスは嘲笑を浮かべ、車のガソリンタンクを狙ってマシンガンを撃ちまくる。

 車が爆発し、たちまち炎上する。


(カタギを大事にする裏通りの甘ちゃんならともかく、こっちは誰だろうとブッ殺し上等のテロリストだぞ)


 鼻を鳴らすロドリゲス。

 その直後――ロドリゲスが気を抜いたその瞬間をまるで狙い澄ましたかのように、エンジェルが炎上する車体の陰から飛び出て、銃を撃った。


「なん……!?」


 反射的にロドリゲスも撃ち返したが、直後、ロドリゲスの体勢が大きく崩れる。

 肩を撃ち抜かれ、ロドリゲスは己の油断を後悔する。思えば何故あの時、油断したのか。車を爆発させたからといって、それで仕留めたわけでもないというのに。


 見ると、そこにいるのはエンジェルだけではない。爆発した車の持ち主であるドライバーが、エンジェルに襟首を掴まれて、尻餅をついている。ロドリゲスの行動も予期したうえで、あの一瞬の合間に、ドライバーを救出していたのだ。


(あいつの行動を嘲り、俺が一瞬でも油断するかもしれないという、希望的観測に近い計算をしたわけか。そこまで読むとは……)


 その計算通りにやられてしまったことに、ロドリゲスは歯噛みして唸り声をあげる。


「天使が代償を支払えと罰を与えた。無関係の子羊を巻き添えにしたことにな」


 エンジェルが脂汗をにじませて、腹部に手をあてる。血がにじんでいる。ロドリゲスのろくに狙いもしない苦し紛れの反撃で、運悪く脇腹に銃弾を食らっていた。


「あ、あんた……大丈夫?」


 ドライバーがエンジェルを心配して声をかける。


「車代や迷惑代は後で支払うと言いたいが、その支払いが出来るのはこの戦いに勝ってこそだ。天使が俺に微笑むよう、祈っておいてくれ」


 自分のせいでとんだ災難に巻き込まれたというのに、心配してくれているドライバーを見下ろし、エンジェルは微笑んでみせた。


***


 克彦が来夢とやりあっているのを一瞥すると、怜奈は木田に向かって一気に駆け出した。


 相手は毒ガス使い。その時点で接近戦を主体とする怜奈には不利な相手だ。銃弾程度なら対処の仕様もあるが、広範囲に広がる毒ガスによる攻撃となると、ガスが届く範囲に迂闊に近寄るのが極めて危険であるという事も、ちゃんとわかっている。しかし近づかなければ、怜奈の攻撃は届かない。


(チャンスは一瞬。そして一回ですっ。あいつが毒ガスを吐こうとするその瞬間ですっ)


 その瞬間を狙い、木田の動きを止める。そして動きが止まったわずかな時間を使って、一気に接近する腹積もりの怜奈であった。


 木田が息を吸い、口を開く。


(今だ!)


 走りながら注視していた怜奈は、その瞬間を狙って、能力を発動させた。


「ハシビロ魔眼ッ!」


 ヘルムの目が光り、顔を突き出して口を開けたポーズのまま、硬直する木田。

 一種の催眠術のような力であるが、ヘルムの光を直視して、これまで停止しなかった者はいない。


『それは怜奈ちゃんが本来持っていた特性を、スーツで増幅させているものだけどね。誰にでも効くってわけじゃないよー。抵抗(レジスト)する人もいるだろうから、気をつけてね』


 改造直後、純子はそう言っていた。視線を避けて防いだ者はいるが、直視しても効かない者は、まだお目にかかったことがない。こちらの能力が知られていない状態であれば、問答無用でほぼ相手を無力化できる凄まじい能力であると、怜奈自身思う。

 とはいえ、停止できるのはほんの一瞬。一回使えば能力の正体も知られて警戒されるので、使いどころを考えないといけない。


 木田が硬直しているわずかな合間に、怜奈は一気に間合いを詰めたが、木田の硬直が解ける前に自分のアタックレンジに入るまでは至らなかった。


 硬直が解けた木田が、慌てて毒ガスを吐く。


「ハシビロフライ!」


 毒ガスを避けるようにして、怜奈が大きく跳躍する。悠々と2メートル以上跳んだその跳躍力にも驚いた木田であるが、怜奈が広げた両手から一斉に羽根が生え、巨大な翼と化して、滑空していることにさらに驚かされる。


「ハシビロダイブ!」


 短距離の滑空であったが――短距離の滑空しかできない怜奈であるが、それでもアタックレンジに入るには十分であった。空中より、木田めがけて頭から突っこむ。

 バイザーが上がって鋭い嘴と化し、木田の顔面に深々と突き刺さり、後頭部まで突き抜ける。そのまま怜奈の体が木田ごと、もんどりうって倒れる。


「木田っ!?」


 ロドリゲスが声をあげた。丁度エンジェルに負傷させられた所だ。


(木田がやられたのか。ロドリゲスも何か負傷しているし、こりゃヤバいだろ)


 克彦がそう判断する。このまま戦っていたら全滅だ。


(来夢に殺されるならそれでもいいかな。あるいは降参するとか。いや……俺は来夢の兄貴分だったし、ここで諦めたりあっさり負けを認めたりってのは、来夢の前で示しがつかない)


 そんな意地だけで、克彦は来夢を見据えたまま、頭を働かせる。


(逃げるだけなら、何とかなるかもしれない。対向車線にトラックとか大型車が来たら、亜空間トンネルの出口を走る車の中に開いて、いちかばちかで車の中に飛び込んで、そのまま逃亡だ。でも……)


 一つ、克彦には心残りがある。やっと会えた来夢のことだ。このまま離れたくは無い。


「来夢、一緒に来い」

「え?」


 克彦が声をかけると、その言葉に反応して呆気に取られた来夢めがけて、亜空間トンネルからありったけの黒手を放つ。

 それと同時に、克彦の体にも黒手が巻きつき、黒手の一本が長く伸びて、ロドリゲスの元にも向かう。


 来夢は不可視の重力弾で黒手を次々と潰していったが、いかんせん数が多い。そのうえ克彦の言葉に気を取られて油断していたこともあって、そのうちの一本が足に巻きつくことを許してしまった。


 黒手は来夢の体を空中から引きずりおろし、アスファルトに開いた黒い穴の中へと引きずり込む。


「来夢!」

 それを見て蔵が叫ぶ。


 ロドリゲスの体も黒手に巻きつかれ、穴の中へと引きずり込まれた所で、穴が閉じた。


 慌てて蔵がホログラフィー・ディスプレイを開き、レーダーを映す。

 地図上で、二つの鬼マークが高速道路を凄い速さで移動しているのが映し出される。何をどうやったのか不明だが、車へと乗って逃走しているという事を、蔵は理解した。


「エンジェルさんっ!」


 怜奈の叫びに声に、はっとする蔵。見ると反対車線で、血を流してうずくまっているエンジェルの姿があった。

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