第二十一章 7

 朝。昨日来夢が自殺しようとしていた倉庫。再び灯りがついている。あの場所が気に入ったのか、来夢がまたいるようだ。


 倉庫の中から声が聞こえる。歌だ。来夢が歌っている。

 澄んだ歌声。よく伸びる声もいいし、普通に上手い。聞きいってしまう。


(しかし哀しい歌詞だ)


 昨夜と同じくコンテナに寄りかかって、歌い続ける裸の来夢を見つつ、蔵は思う。


「誰の歌だ?」

 歌が終わったタイミングを見計らい、蔵が声をかけた。


「俺の歌」

「いや……君を指す歌とかそういう意味で聞いたのではなく……」

「だから俺が作った歌。詩も曲も」


 あっさりと答える来夢に、蔵は驚嘆する。


「月那美香もそのくらいの歳から作詞作曲をしていたと言っていたが……いやはや、すごいものだ」

「月那美香は何曲も作ったって言ってたけど、俺はこれだけ。俺は別にアイドルになるつもりもないし。自分のためだけに歌っているんだ。誰かに聞かせたいわけじゃない」

「ふーむ」


 歌うことを好む者の気持ちはわからないので、カラオケすら行った事が無い蔵には、その辺は理解できない。

 それから二人は朝食をとり、倉庫の整理を開始した。力仕事もあるし、金属の品も扱うので、流石に来夢は服を着ることとなった。


「おおお、銃がいっぱい。凄い」

 箱の中を見て、来夢が表情を輝かせる。


「銃が好きなのか?」

「人を殺すための道具はみんな好き」


 微笑んで尋ねる蔵に、笑顔のまま物騒な答えを返す来夢。


「他の工場にも沢山あったよ。日本の裏通りでは御目にかかれない、サブマシンガンやアサルトライフルの類ばかりだ。これらは国内での処理が面倒だし、後回しにする」


 国外へと運ぶ業者を通して売るしかない代物だが、知り合い業者は相手にしてくれないので、そのうち間に別の業者を通して販売しようと考えている。


「まずは拳銃の類を見繕ってまとめよう。これなら買い取ってくれる者は多い。弾もな」


 仕分け作業はわりと短時間で終わった。あとは裏通りで個人販売を行っている武器商人にでも、話をつければよい。


「次は始末屋組織の仕事の学習だな。まあ最初のうちは純子が仕事を斡旋してくれる予定ではあるが、任せきりにしておくわけにもいかないし」


 正直、その純子がとってきてくれる仕事とやらにも不安がある。


 午前中いっぱい作業をして、昼食をとり、昼休みでのんびりしている所に、純子がやってきた。


「最初の仕事は私の依頼なんだけど、ある危険な組織を壊滅させてほしいんだよー」


 純子の依頼に、蔵は引き、来夢は瞳を輝かせた。蔵からしてみれば、不安的中どころではなく、予想の斜め下である。


「いきなりな仕事だな……。それは君のマウスの中でも、戦闘力の高い者に任せるか、さもなければ真にさせればいいことだろう」

「だからその戦闘力の高いマウスが、来夢君なんだけどね」


 純子の言葉に納得しつつも驚く蔵。確かに純子が、無理な話を持ってくるはずもない。しかし、来夢が危険な組織とやらを壊滅させるほどの力を秘めていると言われても、いまいち現実味に欠ける。


(純子や真や累は、見た目が子供でも戦闘力の高さは、見て肌でわかる。来夢にはそれが感じられない。おそらくは……特殊能力型なのだろうな)


 そう蔵は判断した。


「何という組織だ?」

「『踊れバクテリア』っていう名前」

「聞いた事がないな」


 呟きつつ、ディスプレイを目の前に投影し、検索してみるが出てこない。


「活動はまだほとんどしていないし、裏通りでも知られてないと思う。そもそも名乗り上げすらしていないだろうから、名前ではわからないかな。コードネームとして、『P931テロ組織』ならわかるかなあ」


 その名は蔵にも聞き覚えがあった。P931とは、安楽市内に建てられていた巨大なビルの名前で、ビルの一階と二階は老人の養護施設となっていた。一ヶ月前、その養護施設に毒ガスが撒かれ、施設の職員も老人達も、一人残らず死亡するという、恐ろしい事件が発生した。

 犯人の行方は杳として知れず。しかし組織ぐるみの犯行であることは間違いないとされ、警察関係者からは『P931テロ組織』という呼称がつけられ、報道でもその呼び名で通っていた。


「その踊れバクテリアがP931テロ組織であると?」

「うん。現時点では、その事を知っているのは組織のメンバーと、私だけだと思う。あの毒ガスは私のマウスに付与した能力を使用したものだと、一発でわかったしねえ。で、そのマウスが踊れバクテリアにいた事も突き止めたし」

「君が元凶か……」


 呆れる蔵。悪いことは大抵、元を辿れば純子に行き着くというパターンが多い。


「そんな名前の組織を作っていたことも、その組織の一員であるマウスの一人から情報を聞き出せたから、判明したようなものだよ。その組織のリーダーは怪人系マウスを集めて、テロ組織を作っているみたいなの」

「組織の中に君と内通している裏切り者がいるわけか」


 これも純子に多いパターンな気がする。


「残念ながら、その人は裏切りが発覚して殺されちゃったよ。でも、情報を流した相手が私であるかどうかまで、向こうに知られたかはわからないねえ」

「相手の正体はわかっているのか?」

「もちろん。リーダーが誰かも、メンバーが誰かも、居場所も判明済みだよ。マウスには全てGPSを埋め込んであるから、彼等が一箇所に集まっているかすぐにわかったよ」

「そいつらの会話も聞ければいいのにな」

「そういう機能は仕込みたくないんだよねえ。盗み聞きとか趣味じゃないしー」


 純子には純子独自の線引きがあるようだが、蔵からしてみれば、全てのマウスにGPSを仕込んで放し飼いストックという感覚の時点で、どうかと思う。


「よりによってそんな危険な連中と戦わせようというのか? 始末屋組織を作るというより、ただ君が作ったマウス同士で抗争させようとしているだけではないか」

「たまたまだよー。それに、ただ単に抗争させて、潰させて遊ぼうとしているだけじゃないよ? 一応蔵さん達のことも考えているし」


 しかし一方のマウス達は、制御できない厄介者という判断を下し<切り捨てにかかっている純子である。

 そういうマウスがたまに発生する事は、蔵も知っていた。何度か真に排除するよう告げている場面も見た。


「まずは彼等の組織の存在を明るみにすることが大事なんだ。そしてその脅威を裏通りに知らしめた後で、蔵さん達がこの組織をやっつけることで、蔵さんの組織の名声もアップさせるという寸法だよー」

「君のお得意のパターンだな……」


 お得意というより定番という気がしたが、少し言葉を選んでおく蔵であった。


「テロをするような危険な奴も、平然と改造して、テロが起こってから処分するというのも、君の研究データ取得のためにわざとやってるのか?」

「うん」


 あっさりと肯定する純子に、蔵は乾いた笑いをこぼす。


「その時の気分にもよるけど、私は犯罪者属性のある実験台志願の人は、怪人系マウスにする傾向があるんだよねえ。で、そうした怪人系マウスは、研究所で得た能力を使って大抵悪い事するし、中には今回の件みたいに派手に暴れる子もいるんだよー。で、その度に警察や中枢や真君に叱られて、ヒーロー系マウスか真君を差し向けて退治して責任を取るってのがパターンになってるんだ」

「よく叱られるだけで済むな……」

「私としては納得いかないよ? 危険なものを作ることが罪だっていうなら、車を発明した人なんて大量虐殺者じゃない。もちろん銃や包丁を発明した人も同罪だよねえ?」

「その理屈はわかるが、明らかに犯罪起こしそうな奴に力を与えるのとは、話が違うだろう。力を得た馬鹿者の巻き添えで死ぬ者はたまらん」


 悪人に力を与えることによって、巻き添えで死ぬ人間が多く出るのに、純子はそれも知らんぷりだ。その件に関して、蔵は快く思っていなかった。真が日頃から不快感を露わにしていたおかげで、蔵は何も口出ししなかった。


「それは巻き添えで死ぬ方が悪い。あと、純子は悪だから仕方無い」


 それまで黙って聞いていた来夢が、あっさりとした口調で言い放つ。


(達観しているというのか、それとも冷酷なのか……)


 正直、これから来夢とやっていくのが不安になる台詞だと、蔵は感じた。


「二人だけじゃあしんどそうだし、もう二人ほど心強い味方をつける予定だよ。一人は今こっちに向かってるって連絡あったし、そろそろ着くんじゃないかなあ……って、来たかな?」


 純子が携帯電話を取り出し、空中にディスプレイを投影する。


「来たそうだから、開けてあげて」

「迎えに行くさ」


 純子の要求を受け、蔵はアジトの出口へと向かう。純子と来夢もついてくる。


 アジト入り口にいたのは、サイズの合っていないだぶだぶのジャケットと、カーゴパンツにスニーカーという、全く女っ気の無い服装の、ハイティーンの少女だった。服装はともかく、容姿はまあまあ整っている。髪はセミロングにして後ろを切りそろえていた。


「はじめましてっ。この度雪岡純子さんの召喚を受けて馳せ参じた、谷津怜奈やつれなと申しますっ。誠心誠意頑張らせていただきますので、よろしくお願いしまーすっ」


 少女は敬礼などしてみせて、明朗快活な笑顔とはきはきした声で、元気よく自己紹介する。


「蔵大輔だ。よろしく」

「砂城来夢」


 一方の二人は、簡潔な挨拶で済ました。


「えっとー、お二人は始末屋の経験が無いと伺ってますが、私は一応始末屋組織に属していた経験が有るので、優秀なアドバイザーになれますよー。何でも聞いてくださーいっ」


 自分で優秀と言っていることに、例え冗談にしても一抹の不安を覚える蔵。


「えっとね、怜奈ちゃん。まず私のマウスで組織された踊れバクテリアっていうテロ集団の掃討を依頼――」

「はーいはいはい、駄目です。そんな危険な組織を相手にするより、最初はもっと簡単な仕事をすることから始めた方がいいと思いまーすっ」


 純子の言葉を遮り、速攻でダメ出しする怜奈。


「そもそも、このメンバー三名、それぞれどんな人物で、どれだけ働けるかも、わからないですからねー。純子さんの依頼は、ワンクッションおいてからにしましょう。別の簡単そうな仕事をして、それぞれの性質と力を計りましょー」


 いきなりさも当然といった感じに仕切りだす怜奈。頼もしく感じる一方で、自分のペースに全て引き込むタイプじゃないかと、蔵はまたしても不安になった。


「んー、じゃあとりあえず怜奈ちゃんに任せるよ。蔵さん、来夢君、頑張ってねー」

「はーいはいはい、お任せあれー」


 純子が何故か早口で言い、電話でタクシーを呼び出す。怜奈が再び敬礼する。


 気のせいか、純子が面倒臭くなってそそくさと逃げ帰ったかのように、蔵の目には映った。怜奈のことが、苦手なのではないかと。

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