第二十章 29

 何の妨害も入らず、ひたすら祈り続ける妖怪達の脇をすり抜けて、美香と十一号は祭壇へと向かう。みどりと十三号も少し遅れてそれに続く。

 祭壇の周りに立てられた四本の柱の下にたどりつく美香。それにくくりつけられた裸の幼児を見上げる。柱は高く、幼児は手を伸ばした程度では届かない位置にいる。

 子供達は蒼白な顔で目を閉じ、意識は無いようだった。声をかけても反応しない。


(妙だ! 先程の銃撃には反応していたのに、何で今は反応しない!?)


 奇妙に思う美香。


「私が肩車をする! 十一号は縄を解け!」

「わかった」


 柱の後ろへと回り、美香が十一号の股の間に入り、そのまま持ち上げる。

 子供を縛っている足の縄はほどいた十一号が、胴体と手を縛る縄までは手が届かない。


「あと少しで届かない」

「私の肩でも頭でも踏んで上がれ! 躊躇うことではない!」

「うん」


 報告する十一号に、怒ったように命ずる美香。遠慮しがちに頷き、十一号が美香の上にさらに上ろうとした、その時であった。


「オリジナルっ! 十一号っ! 大変ですっ!」

 十三号がただごとならぬ声を発した。


「どうした!?」

「子供の口から白いのがっ!? 綿? とろろ? 前の御主人様のくっさいくっさいおペニペニ汁? いえ、何だかわかりません!」


 十三号のそれこそ何だかわからない報告を聞き、美香と十一号が拘束を解こうとした子の前へと回って、子供の顔を見て驚いた。口から大量に、粘液とも煙ともつかぬ白い塊を吐き出し続けている。

 口から白いものを吐いているのはその子だけではない。他の三人の子も同様だ。一斉に吐き出した。


「エクトプラズムを吐いてるっ。罠だわ、こりゃ」


 みどりが鋭い声を発する。何がどう罠なのかはその場の誰にもわからないが、とにかく危険という事だけは伝わり、一同、警戒の度合いを強める。


「どうなってるんだ!?」

「取りあえず距離取ろうぜ。もうこの子達は助からないよォ」


 みどりが非情な言葉を口にして、広間の入り口へと戻りだす。わけがわからないまま従う美香と十一号と十三号の三人。


「おい、あれはどうなってるんだ」


 麗魅が祭壇の方を指し、広間入り口へと逃げてきた四人が、今までいた場所を振り返る。

 祭壇の――特に磔にされていた子供達の近くにいた妖怪達が次々と、子供達と同様に口から白いものを吹いて倒れた。どういう仕掛けかは美香達には計り知れない。


「何よ、あれは」

 十一号がおぞましげな声を発する。


「呪術のトラップが発動したとでも思っておけばいいわ。しっかし、やってくれるねえ。あの子達は儀式の生贄なんかじゃなくて、あたしらが助けにいくのを見越して、呪いをかけていただけなのよ。上っ等ッ」

「ひどい……」

「下衆がっ!」


 みどりの解説を聞き、怒りと悲しみで顔を歪める十三号。美香も歯噛みしている。


「全ての犠牲は、帝の再臨のために――」

 祭壇の方から声が響く。


「あいつ……」


 麗魅が呻く。麗魅によって後頭部を撃ち抜かれた左京が、ゆっくりと立ち上がり、頭からわずかに血を流しながら、広間入り口にいる五人の方を向いた。


「左京か!? お前はっ……! 自分の欲望をかなえるために、どれだけ犠牲を出す気だ!」


 まだ左京が生きているという驚きよりも、先に怒りの方がこみあげる美香であった。


「いくらでも。数に限りは無いだろう? 犠牲の数は多ければ多いほど良い。多いほど確実性は増す。そして私にとってはあらゆる犠牲を払い、捧げる価値がある。わかってもらおうとは思わないし、私は地獄に堕ちても仕方がないとも思っている。だがそれでも……望む。私はもう一度……もう一度、あの方を……」


 悪びれることなく、切実な口調でもって、己の願いと想いを口にする左京。


「こいつ……迂闊だったわ」


 みどりが自分のみ理解している言葉を呟くと、短く呪文を唱える。

 まばゆく鮮やかな緑色の炎が渦巻き、左京を包む。


「ふえぇ~……やっぱり駄目か」

 みどりが眉根を寄せる。


 炎に包まれても、左京の服すら燃えていない。物理的な炎ではなく、肉体から離れた霊体に作用する浄化の炎なので、当然といえば当然だが、雫野の術の知識が無い他の四人の目には、炎にまかれても平然としている左京という光景に見える。


「お前は雫野の妖術師だったのか。だが無駄だ。雫野の無敵と謳われる封霊の術も、その忌まわしき浄化の炎も、剥き出しの霊体にしか通じない。霊魂が物質の中に宿っていれば、その術は効果を発揮しない」


 淡々と語る左京。


「何が何だか、さっぱりわからんが、どういうことだ!?」

 美香がみどりの方を向いて問う。


「ふわぁ……つまりこいつは……麗魅姉に撃たれた時からなのか、その前からなのか知らないけど、ゴーストが取り憑いて動いているゾンビってわけだよぉ~。雫野は霊を浄化する術に関して最高峰と言われてるけど、死体の中に霊が潜っている限り、その術も無理ってこと。ま、当たり前だけどね。もし物質の中に宿っている霊魂も冥界に送れるなら、生きた人間だって問答無用で殺せるわ」


 さらに言うなら、物質に宿った霊を浄化可能なら、オススメ11の中にいた電霊育夫とて、稼動しているサーバーに浄化の炎を浴びせれば、それであっさり決着をつける事ができたと、みどりは思う。


「いくら望みが……願いが強かろうと、それで他人の命をないがしろにしていいわけがない!」


 左京に対して最も怒りを露わにしたのは、十一号だった。


「そうだな。その通りだ。お前の言う通りだ」


 左京は十一号を見て、嘲りも冷たさも無く、悟りきった口調で静かに認める。


「わかっていても、止められない。途方もなく長い年月をかけて、今まで積み上げてきたものを崩したくない。あと少しなんだ。あとたったの数時間で、私の望みはかなう。待ち焦がれていた獣之帝が、私の前に現れる」


 うっとりと陶酔した口調で喋る左京を見て、みどりは小さく息を吐く。


(あたしがその気になれば、こいつの必死の努力なんて馬鹿らしくなるほど、あっさりと獣之帝を蘇らせることができるんだけどね)


 みどりには、獣之帝の転生である真の魂の奥底にある扉を開き、前世の姿も能力を取り戻すことができる。とはいえ、それをやってしまうと、真の体に途轍もない負担をかけてしまうし、基本的にそれは真とみどりの間だけの、来たる時に備えた秘密事項でもある。


***


「押して駄目なら引いてみろって言うでしょー? 運命の特異点は、獣之帝の復活のために運命が収束するように作用しているんだから、その流れに逆らわなければ、何も悪い事は起こらないし、むしろ守られる可能性だってある。とっとと帝のクローンに、真君の魂を入れて復活させて、一回復活させたらさっさと真君の魂をぶっこ抜いて回収。それで運命の特異点の効果も切れるんじゃないかなあ?」

「思いつきレベルとしか……思えません……」


 梅尾と有馬の家では、純子と累が論争を続けていた。

 真も言いたいことはあったが、珍しく純子と意見が一致したうえに、純子が自分の言いたいことをほとんど言ってくれているので、黙っておく。


「運命操作術とて、絶対ではないでしょう……。僕達の動き次第で……運命に干渉は可能なはずです……」

「その理屈は確かだけどさ。運命の特異点の発動のために、積み上げた代償の量や時間が凄いから、とてもじゃないけど残された時間では、覆らないと思う」

「明日に復活と言ったのが……嘘の可能性もあります……よ?」

「嘘をつけば運命操作術に作用する言霊の力が減衰するし、明日に復活予定っていうのも嘘なら、隕石振ってきたり、動物が寄ってきたり、八重ちゃんが都合良く逃げたり、シルヴィアちゃん達がこっちに来られなかったり、そういうのも全部おかしいことになるよ?」


 純子と累、どちらも引かないが、純子の方がやや押しているように真には聞こえた。


「第一、美香ちゃん達の目的は、十一号ちゃんのお願いで、朽縄の行方不明の人達の捜索と真実の解明なんだから、ほぼそれは達成されてるよね? 私達は興味本位のおまけでついてきたけどさー」

「麗魅の目的は……足斬り腕斬りの首魁を暗殺し、獣之帝の復活の阻止……ですが……」

「まあ、復活させちゃうのは仕方無いってことで、麗魅ちゃんにも諦めてもらおう。私達もその方向性で動けば、麗魅ちゃんだって諦めずにはいられないだろうし」

「強引すぎですよ……。まあ、そうしたければそれでもいいですよ」


 これ以上議論しても無駄だと思い、累は投げやりに言って溜息をつく。


「みどり達を呼び戻して、その方針でいってみよう」

 と、真。


「復活させた獣之帝は、真さんの魂を抜いたらまた死んじゃうにゃ?」

 七号が尋ねた。


「クローンに宿っている朽縄の魂があるから、死にはしないだろう。奴等の言う復活の定義ってのは、魂を明彦の体に入れれば、獣之帝の力も取り戻すってことを指しているんだろう」


 話の流れからすると、そういうことになると真は推測する。


「ていうか、何でクローンに魂ぶちこめば力が蘇るの? クローンだけじゃ力が無い道理もわからないけど。その理屈、私にもよくわかんない。腕斬りと足斬りの思い込みなだけじゃないの?」


 今度は二号が疑問を口にする。


「クローンの体と、記憶の無い魂、この二つが組み合わさって、何らかの反応が合っても不思議ではない――程度の希望的観測だねえ。根拠なんて有ってないようなものじゃない? ある意味、実験だよ。ただ、左京って人は占いで、それが可能だという結果を導きだしている。そのうえで運命操作や呪術を組み込んで、確実性を高めているんだろうね」


 純子も推測で喋る。


「まさに願掛けですね。それはそうと……この方針に、麗魅や美香達が、承服するでしょうか……?」

「絶対オリジナルは反対するにゃあ……」


 累の言葉に、七号が苦笑いを浮かべて言った。


「反対すると思うけど、一応連絡はしておかないとねえ」


 そう言って純子が携帯電話を取り出し、美香へとかけた。

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