第二十章 30

 この場で左京に最も怒りを覚えている十一号は、今にも左京に飛びかかろうという雰囲気だった。


(しかし相手は術師! まだどんな手を隠しているかわからん! 迂闊に接近戦を挑むのは不味い!)


 美香は左京を警戒するよりも、十一号が怒りに任せて突っこんでいかないかと、はらはらしていた。


「貴方の望みはかなえさせない。自分の願いのために、他人の命を踏みにじるような、そんな人達の思い通りにはさせない」


 十一号が宣言し、祭壇にいる左京にゆっくりと向かっていく。

 その動きを見て美香はほっとする。ダッシュで突っこまないということは、頭に血が上って勢い任せに攻撃しようというわけではないし、左京のいる場所に辿り着くまでにも時間的な猶予がある。その間に銃で攻撃して、左京の意識をこちらに分散できる。


 美香が左京を撃つが、左京は避けもしない。頭部にさらに二発食らっても、悠然と佇んでいる。


 左京の間近まで迫った十一号の蹴りが、左京の胸部にクリーンヒットする。吹き飛ぶ左京だが、全く痛痒を感じさせない顔と動作で、起き上がる。


 子供の生贄以外の罠は見受けられない。それどころか術で反撃する気配さえ見せない左京。


(余裕を見せているのは、運命の特異点を過信しているが故かねえ? 獣之帝の復活のための術を行うために、自身がここで滅ぼされるわけがないと、たかくくっていやがるのかなあ)


 されるがままの左京を見て、みどりが思う。


「ゾンビ相手ならもっと火力がいるな」


 麗魅が言い、みどりに視線を向けた。妖術でどうにかできないかと促している。


「あたしが今術を使うと、十一号姉が巻き添えになっちゃうのよね。十一号姉、戻ってよ」


 みどりに声をかけられ、渋々後退する十一号であったが、その直後、左京の小さい体が大きく跳躍し、天井に張り付いた。


「悪因悪果大怨礼!」


 みどりが突き出した片手から、黒い光としか形容できないものが、天井にいる左京に向かって放たれる。

 当たると確信していたみどりであったが、左京の周囲が黒い直方体の壁で覆われ、黒い光が受け止められ、弾かれた。


「備えがあって助かったが、一発でお釈迦か……」


 呟く左京の手に、数珠が握られている。その数珠が一斉に砕け散り、消失する。


「みどりの術よりあいつの術のが上ってことか?」

「いんや。何か強力な魔道具で防がれちゃったみたいだけど、それも今……って」


 麗魅に問われ、解説している最中に左京の姿が消える。


「逃がさねーよ」


 みどりが呟き、精神分裂体を天井へと投射させた。精神分裂体はみどり以外には見えない。


「テレポート?」

 十三号が怪訝な声をあげる。


「亜空間に逃げたんだわさ。無駄な足掻きだけどねー」


 みどりが解説した直後、美香の携帯電話が鳴った。


「もしもし!? 純子か! 何……? はあっ!?」

 電話を取り、純子から告げられたその内容に美香は驚く


「正気か!? ふざけるな!」

「どうしたんだ?」


 激昂する美香に、麗魅が尋ねる。洞窟に潜入ということを考えて、音量は予め小さめにしておいたので、純子の声は美香にしか聞こえなかった。


「獣之帝をいっそ復活させてしまおうという純子の提案だ! しかも真もそれに同意しているらしい!」

「は?」


 呆れと怒りを混ぜた顔で告げた美香の言葉に、麗魅も美香と似たような、少し険悪な表情になる。


「一瞬復活させることで相手の望みをかなえれば、それで左京の仕掛けた全ての呪術も運命操作も解除されるのではないかという目論見だそうだ! 真の魂を明彦の体に入れて、獣之帝を一瞬復活させたら、すぐにまた真の魂を引き上げると!」

「そんな器用なことができるのかよ」

「知らん!」


 不審そうに尋ねる麗魅に、美香は苛立ち紛れに吐き捨てた。


「一応、あたしと御先祖様が出来ると思うけどぉ~」

 と、みどり。


「確証は何も無い危険な賭けだと、あたしゃ思うけどねえ。純姉だけならともかく、真兄も同意してるんじゃあ……」


 しかも発案者は真の方であったことをみどりは知っているが、当然ここでは口にしない。


「正直純子の案だろうと何だろうと、従い難いんだけど。あんな人達の思い通りにさせるのも気に食わないし、その結果、取り返しのつかないことになるかもしれないし」


 憤慨を露わにする十一号。


「同感だ! 皆はどうだ!?」

「オリジナルや十一号と同じ意見です」

「あたしもそんなもん承服できないよ。あっちは皆賛成してるの?」


 美香に問われ、十三号と麗魅が答えた。


「どうなんだ!? 純子!」

 美香が携帯電話のボリュームを上げ、純子に答えるよう促す。


『累君と七号ちゃんは反対してるよー』

 純子が電話越しに、麗魅に向かって言う。


「それならさ、累と七号をこっちに寄越してくれよ。それでこっちはこっちで防ぐ方向で動くわ」

『累君取られると、真君の魂救助ができなくなるんだけどなあ……』

「だいじょーぶ。御先祖様とあたしをトレードしようぜィ」


 気乗りしない顔でみどりが申し出る。


「ほー、みどりは純子や真に賛成かい」

 みどりの方を向いて、意地悪くにやにやと笑う麗魅。


「そんなわけねーっス。心情的にはあたしも反対だわさ。でも霊魂操る術はあたしの方が長けているから適材適所だし、放ってもおけないもん」

「しかしみどりと累が協力を拒否すれば、真と純子の企みもおじゃんではないか!?」


 美香に問い詰められ、みどりは難しい顔をする。


「あのさ、美香姉、あの二人の性格わかってないのぉ~? 真兄と純姉は何のかんの言って似てる所があって、二人共、我を通すためなら、本っ当滅茶苦茶やるタチだよォ~? 御先祖様とあたしが反対しても、勝手に抜き差しならない所までやって、強引に協力させるるに決まってるんだよね」

「ぐっ……!」


 みどりに諭され、美香に苦虫を噛み潰したような顔になる。


「なるほどなー。だから向こうの抑えも一応必要なわけか」

「わかった! 仕方無い!」


 渋々納得する麗魅と、忌々しそうに了承する美香。


「ところで二号は!?」

『こっちについた方が面白そうだから、こっちに残るってさー』

『うひひひ、そういうわけでげす』

「後で泣いて謝るまで折檻だ!」


 返ってきた二つの答えに、美香がそう吐き捨てて、電話を切る。


「なはは、ここに来て仲間割れ展開になるとはね」

 苦笑する麗魅。


「んじゃー、悪いけどあたしはあっち行ってくらあ。代わりに御先祖様をコキ使っておいて」

「応!」


 みどりが片手を上げ、広間を出て行った。


「この場はどうするの? 儀式みたいなものがまだ続いているけど」


 十一号が広間を見渡しながら問う。依然として、妖怪達が一心不乱に祈っているままだ。


「こいつらの祈りもパワーになるやもしれんっ! ふんじばって別の場所へと移動させておくぞ!」

「結構数いるから時間かかって手間じゃないか? それより左京や明彦を探した方がよくね?」


 美香が促すが、麗魅が異を挟んだ。


「それもそうだな! 行こう!」


 美香が麗魅に同意し、広間から四人が出ようとしたその時――


「へーい、忘れてた」

 みどりが戻ってきて声をかける。


「一応行く前に左京の場所だけ探っておくからさ、移動するならそれからがいいよぉ~。この村を今から闇雲に歩いて探すってのも大変でしょー」

「ありがたい!」


 みどりは左京が逃げる前、精神分裂体を投射して追跡させている。亜空間を越えて、今どこにいるかも全てわかる。


「洞窟の外に出た所だ。で……道なりに北に向かってるかな。村の入り口の方だね。後は美香姉に電話で知らせるよ」

「頼む!」


 それから洞窟の外までの移動は、みどりも共にしつつ、洞窟を出た所でみどりは梅尾と有馬の家へ、美香達は左京を追って村の入り口方面へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る