第二十章 27
大正の世、妖の王として君臨した獣之帝なる大妖怪は、人の手によって討たれた。
その際に、帝に仕える数多くの妖怪達もその大半が討伐されるに至った。
獣之帝が討伐される前は、足斬り童子と腕斬り童子は複数いた。それが人間達との戦いの果てに、左京と青葉だけになってしまった。
偉大なる主を失った二人は、人目のつかぬ山中をひたすら歩く。歩いて逃げる。どこに行くかもろくに考えてはいない。ただ、ひたすら歩く。何ヶ月も歩く。あてどなく歩く。
無様な敗走。喪失感、屈辱、絶望、怒り、様々な感情が二人に去来する。
「もう終わりだ」
山の中を歩いている途中、不意に青葉が足を止めて呟いた。青葉はその時、激しい虚脱感に包まれ、無気力になっていた。
「仇を討つ意欲は消えたのか?」
尻餅をついて、気の抜けた顔で天を仰ぐ青葉を見つめ、左京が問う。
「何のために歩いている? 何のために逃げている? 仲間達を皆殺され、陛下を討ち取られ、我等は何のために今こうしておめおめと生きている!」
叫ぶなり、青葉はおいおいと声をあげて泣き崩れた。
「情けなや」
その青葉に向かって、侮蔑丸出しの表情で、蔑みの言葉を投げかける。
「私は諦めぬ。青葉よ、お主はもう一度獣之帝と巡り会いたいとは思わぬのか?」
「何を……」
正気と思えぬ左京の言葉に、青葉は啞然とした。
「いずれ輪廻と共に幾度でも帝の魂はこの世に生まれ落ちよう。その魂を見つけだせばよい。そして……」
左京は懐から一本の赤い角を取り出した。獣之帝の角であった。
「陛下の体を蘇らせ、魂を入れる。死したる者でも蘇る理屈よ。魂も、体も同じであれば、それは獣之帝に相違無い。力と記憶は失っていようとな」
左京の話はとても実現不可能な絵空事と感じた青葉であったが、それにしても、魅力的な話でもある。
「我等の帝と……もう一度……」
青葉がぽつりと呟く。
「会いたいであろう。私もだ。何としてでも、幾百年かけようと、私はもう一度会いたい。その願いさえかなえばよい。そのためだけに、この命は捧げよう」
左京が珍しく熱と力をこめた声で語る。
「青葉、お主はどうする?」
左京が問い、青葉は涙と鼻水をぬぐう。
「付き合おう。ただ生き永らえるよりは、夢物語を追って生きている方がよほどよい」
そう言って青葉は立ち上がり、左京を見下ろして笑ってみせた。
***
再び洞窟前に訪れる、美香、十三号、十一号、麗魅、みどりの五人。すでに夜になっていた。左京達が定めた獣之帝の復活予定日まで、時間は差し迫っている。
また入る前に、みどりが精神分裂体を洞窟内に飛ばして、中の様子を探る。
「普通なら一度襲撃されてるんだし、敵の親玉は別の場所に移動していそうなもんだけどね~」
複数の精神分裂体を操作しながら、待っている四人に向かって話しかけみどり。
「って、いたよ……。ていうか、相当な数いるわ。奥の広間みたいな所で儀式の最中だわさ。首魁の左京もいる」
儀式の様子を見て、みどりは顔をしかめた。
「よし! 案内してくれ!」
みどりの報告を受け、美香が促す。
「道中に見張りや巡回はいるか? 途中で遭遇しても面倒だ」
麗魅が尋ねる。
「道中で遭遇するこたー多分無いよ。全員広間で儀式やってるし。早く行こう」
「急がねばならぬ理由があるのか!?」
急かすみどりに美香が問う。
「イェア、何か生贄も用意されてるみたいなんだよね。多分村人だろうけど。幼稚園児くらいの男の子と女の子がそれぞれ二人ずつ、素っ裸で木の柱にくくりつけられてるの。早く行って助けた方がいいと思うぜィ」
「先にそれを言え! 行くぞ!」
「おい、待てよ」
中に入ろうとしたみどりと美香を麗魅が呼び止めた。
「美香、焦りなさんな。人質救出なんてもんも組み込むつもりなら、ある程度予め分担役決めておいた方がよくねーか?」
「そうだな! ナイスフォロー!」
麗魅の意見に、美香は一同を見回す。
「十一号が救出担当! 私と麗魅で交戦! 十三号は支援しつつ、人質に手が出されそうになったら、そちらを攻撃! みどりは……」
みどりの力はあまりにも未知数なので、どのような役割をすれば良いか、いまいち判断がつかない。
「イエア、遊軍てことで~」
にかっと歯を見せて笑うみどり。
「よし! それでいい! では今度こそ行くぞ!」
美香が宣言して、一向が洞窟に入ろうとしたその時、全員の足が止まった。
爆発音にも似た凄まじい轟音が背後から響いたからだ。
「な、何だっ?」
麗魅が振り返るが、何も変化は見受けられない。音そのものは大きかったが、かなり離れた場所から響いたようにも感じられる。
みどりが携帯電話を取り出し、純子にかける。
「純姉、今の音、聞いた?」
『そりゃまあ……現場だったし』
「現場?」
『家に……隕石が降ってきた……』
「ふわぁ~?」
呆然とした様子で答える純子に、みどりも呆気に取られてしまった。
***
トンネルをくぐって村の中に入った青葉は確かに見た。小さな炎の玉が空より降りそそぎ、村に落下し、その直後に凄まじい音がしたのを。
「今のは何だ……」
左京に連絡しようかとも悩んだが、やめておく。
「これも左京の術の作用かもしれん。だが……そうでない可能性もあるが」
とりあえず火の玉が落ちた辺りへと向かい、様子を伺うことにした。
***
有馬と梅尾の家に残っていた面々は、最初何が起こったのかわからなかった。
耳をつんざく爆発音。そして爆発。
怪我人は奇跡的に一人もいなかったが、壁の一面が半壊し、家の中が丸見えの状態になっている。屋根にも穴が開いている。
「うう……一体何が……」
尻餅をつき、壊れた壁の方を見て呻く有馬。壁の下の方では、煙が立ち込めている。
「隕石だよ、これ……」
煙の中を覗き、地面深くにめりこんでいるものを見て、純子が報告する。
「隕石なんて落ちて、よく無事だったな」
「本当に隕石にゃ……? 衝突の爆発で皆死なないかにゃ?」
梅尾と七号が訝しげに言う。
「別に隕石落ちたからって、必ずしも大爆発してクレーターできるわけじゃないよ。大きさにもよるし。これは小さい隕石だったみたい。この程度の隕石なら、たまに地球に降ってくることはあるけど……流石に側で隕石降ってきたなんてのは、初めて見たよー」
「レアすぎる……体験です」
純子や累でさえ、驚愕を禁じえなかった。
音を聞きつけ、村の者が集まってくる。
「壁壊れてるから丸見えにゃあ……」
外の妖怪や人間を見て、七号が言った。
「これも……運命操作術の作用ですか……?」
「だと思うねえ。私達が獣之帝の魂を持つ真君を隠しているから、真君を表にひっぱり出すための作用じゃないかな」
累と純子が言ったその時、壊れた壁の外で起こったもう一つの異変を、全員目撃した。
小さい様々なものが、地を駆け、または空を飛び、家に向かってくる。いや、小さいものだけではない。
「あれは……イタチ? いや、テンかな。それにハクビシンもいる」
家の近くまで向かってきて、壁の外でうろちょろしている無数の動物を見て、純子がその名を口にする。
「鼠もいるよ」
と、二号。
「夜なのに鳥だ。沢山飛んでるぞ」
梅尾が唸る。鳥がどんどん自分達の家に向かって飛んでくる。
「うわっ」
「何だっ?」
梅尾と有馬が声をあげた。鳥が一斉に壁の穴から家の中に入ってきたのだ。
入ってきたのは鳥だけではない。鼠、猫、ハクビシン、犬、コウモリ、テン、イタチ、鼠、ムササビ、猪、鹿、さらには熊まで乱入してくる。
「くまーっ!」
二号が叫ぶ。最後の熊には流石に一同仰天した。
「東京にも……熊いるのにゃ……」
間近に迫ったツキノワグマを見て、震える七号。
累が躊躇いなく熊に触り、その毛を撫でる。熊に敵意がなく、さらには熊の目的がわかっていることと、今ここで決して争いごとを起こさないということを、累だけが知っていた。
「安楽市の北の方――昔、青梅とか奥多摩って言われてた辺りでは、ツキノワグマの目撃情報、結構あったけどね。高尾山でも見かけたって報告あったような」
純子が解説した。
動物達は家の中に上がりこむと、ある一点に集結していた。
「何であの子に?」
動物達を見て梅尾が訝る。
乱入してきた動物達は全て、寝ている真の周囲を取り囲んでいた。
「信じられませんが……これは信じるしかない……。復活の予兆です」
累が告げる。
「獣之帝はその名の通り、獣達を……従える妖でした。この動物達はたまたま近くにいて……帝の復活を感じ取り……集まったに相違……ありません」
「ふむふむ、同じ遺伝子を持つ体の方ではなくて、魂の方に惹かれたのかー」
真を取り囲んで見つめる動物達という光景を目の当たりにし、面白そうに純子が微笑んだ。
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