第二十章 26

「村の出入り口は数百名の妖怪で固められているとなれば、強行突破するか!? それとも山の中の道無き道を逃げるか!?」


 美香が一同に問う。


「山の中入っていっても、こっちが逃げたら、その封鎖している奴等も追ってくるだろ」

「強行突破できないこともないけど、こちらの犠牲も避けられないと思うんだよねえ」


 麗魅と純子がそれぞれ言う。


「純姉、放射能使うのは? こっちは全員オーバーライフか、放射線耐性持ちだしさあ」

 みどりが意見する。


「へ? あたしにもそんなのあるの?」

 驚いて問う麗魅。


「麗魅ちゃんも私が改造したんだし、もちろんあるよー」

 と、純子。


「なははは……核戦争が起こっても放射能の中で生き残れちゃうわけかー。つーか放射能出るようなもん、持ち歩いてるわけ?」


 ついこの間、グリムペニスの学生メンバーが雪岡研究所に突入した際、純子が放射線で撃退したという話を思い出し、麗魅が怖そうに尋ねた。


「私自身が放射能――放射線出す能力が有るんだよ。手で触れた原子や分子や電子を操る力があるしねえ。敵の数が多いんなら相当量の放射線出す必要があるし、そうするとホットスポットが残って無関係な人にも被害が出る可能性もあるし、何よりこの間放射線使ったばかりなのにまた使うと、また怒られそうだし、それは打つ手が無くなった時の最終手段かなあ」


 呑気な口調で喋る純子。


「へーい、純姉の話はともかくとして、敵は真兄狙いなんだから、その辺を意識して上手く立ち回れないかな?」


 みどりが言った。


「真兄の魂を明彦とかいうのに入れたら、獣之帝が復活。それは運命操作術か何かの効果を期待して、明日に行う予定。この条件を考慮して切り崩せない? 明日一日真兄を見つからない所に隠しておくとかさ」

「運命の特異点が発動するなら、隠しても見つかる! 運命が無理矢理作用して発見される! 例えば真を井戸の底に沈めて隠すなどしたら、地震が起こって井戸水が噴き上がって真も噴き上がって、真発見とかな!」


 みどりの意見に対し、美香が運命の特異点が如何なる物か解説する。


「愉快な例えだな」

 麗魅が笑う。


「じゃあ打つ手なしじゃね? 何をしたところでその運命とやらに抗えないわけだ」

「いいや! 私の運命操作術の知識が正しければ、抗う力次第では回避も可能! ただし術をかける者の労力を上回る必要があるが!」


 みどりの言葉を受け、美香が解説する。


「それよりこちらにも疑問がある! 真の魂をあの明彦の中に移すなどできるのか!? それで前世の力が取り戻せるのか!?」

「霊魂を移すのは……可能でしょう。しかし……前世の力を取り戻すというのは……無理があるかと」


 美香の問いに対し、累が答えた。


(あたしには可能だけど、体がもたないんだよね~。結局前世の力を行使するには、前世と同じくらいに力を引き上げる修行が必要なんだし。あたしだって転生して引き継いでいるのは主に、技と知識なんだから)


 みどり自身も、妖術や武術の類を記憶しているものの、武術に耐えうる体力や筋力まで、赤ん坊の頃からセットでついてくるわけでもないし、妖術を扱うためのイメージトレーニングも転生するたびにやりなおしている。後者は記憶がそのままついてくる事と、幼い頃の吸収力の良い脳構造のおかげで、さほど労は無いが。


「洞窟から引き上げずに、あのまま最終決戦してりゃよかったな」

「あたし、ずっとそう思ってた。でも皆が黙ってたから私も黙ってた。皆馬鹿なんじゃね?」


 麗魅と二号がそれぞれ言う。


「村からも脱出できないとは思わなかったからだ!」

 二号を睨んで美香が叫ぶ。


「私も実は洞窟の中でケリつけた方がいいと思ってたにゃ……。けど……どうせ私の能力は洞窟内では邪魔者扱いだし……。放置プレイっぽいし、外の方に出たかったから何も言わなかったにゃ……」


 七号までもが、二号と麗魅に同意する発言をする。


「七号、そういう考え方はよくありませんよ。自分本位です」

 やんわりと注意する十三号。


「話がこじれてきたぜ。もうさ、美香、あんたが方針を決めなよ。この件を先行しているのはあんただ。美香がリーダーでいい。それで文句言う奴はいないと思うからさ。まあ、明らかにおかしい決定したら反対するのは当然としてな」


 麗魅が美香の方を見て、人懐っこい笑みを浮かべてみせる。


「ありがとう! でもすぐにはいい手が思い浮かばん! 思案の時間をくれ!」

 礼を言い、顎に手をあて思案する美香。


「へーい、美香姉。あんまり気負うなよ~。これだけ豪華なメンツ揃ってるんだからさあ。宇宙泥戦艦タイタニックに乗った気持ちでいるがいいさ」

「超沈むにゃ。でもオリジナルにピッタリにゃ……」


 七号がみどりに突っ込みつつも同意する。


「宇宙泥戦艦タイタニックだろうと、目的地まで辿り着かせるつもりで臨む! よし決めた!」

「早い……これはきっと大した考え無しの、ろくでもない案だ。あたしにはわかるんだ……」


 へらへら笑いながら二号が茶化す。


「うるさいぞ二号! 純子と累と二号は留守番かつ、真のお守り! 他は再び洞窟行きだ! 洞窟チームは敵の将である左京を討ちに行くのが目的だ!」


 方針を述べると、美香は十一号を見る。


「明彦は戦闘力こそ無さそうだが、私達の敵というポジションだ! まだ保護をしたいか!?」

「敵よ。真相はわかったし、あれは私の主の仇」


 冷めた面持ちで十一号は告げた。


「ツクナミカクローンズの中で、何であたしだけ留守番なんでげしょ。ま、わかってんだけどね。皆あたしのことが嫌いなんだ。だからハブくんだ。うへへ、うへ、うへへへ」


 卑屈な口調で言い、不気味な笑い声をもらす二号。


「そうじゃなくて、二号ちゃんの能力が守備向きだから、この家の守護を任されたんだと思うよー」

「純子の言うとおりだ! 二号! ひねくれた捉え方をするな!」


 純子がフォローし、美香が一喝する。


「ふん、その理屈はわからんこともないけど、それじゃあ、洞窟の戦闘に適してないって言ってた七号は、どうして洞窟組なのか、説明しておくんなまし」


 挑みかかるような視線を美香にぶつける二号。


「うっかりしてただけだ! 七号も残ってもらおう!」

「うっかりかーいっ」

「二号と残るにゃあ……?」


 突っこむ二号と、露骨に嫌そうな顔をして横目で二号をちらちらと見る七号。


「純子! すまんが、この二人をうまいこと操縦してくれ!」

「癖のある子は嫌いじゃないし、任せてー」


 面倒になって、後は純子に振る美香だった。


「クセがあるんかーいっ」

「あるだろ! 自覚しろ! 無理に修正しなくてもいいが、せめて自覚しろ!」


 今度は純子に突っこむ二号に、美香が憮然とした顔で叫ぶ。


「美香ちゃんの班はさ、できれば今日中に決着をつけるつもりでいてねー。運命操作術の何たるかを知っている美香ちゃんなら、この意味もわかると思うけど」

「八重の話や、タイミング良く村の入り口が封鎖されて私達が脱出困難になった件を聞く限り、運命の特異点は正常に働いている! あれは上級運命操作術! 時間が迫れば迫るほど、抗うのは至難!」


 純子が忠告し、美香は承知している旨を伝える。左京が用いている『運命の特異点』という上級運命操作術は、全ての事象が一つの目的の達成へと収束されていくという代物で、運命操作術の最高奥義とも言われている。


「上級運命操作術の使い手って……過ぎたる命を持つ者でも……ステップ2以上の実力と格の持ち主ですよ」

「いや、オーバーライフでなくても、時間と準備次第で、上級運命操作術は使えるでしょ。今回もそれっぽいしさ。百六十年以上もかけて、術のための下ごしらえをしたわけだから」


 懐疑的に言う累と、それに対してやんわりと反論する純子。


「それとね、上級運命操作術は美香ちゃんだって一応使えるよ。それは瞬時発動とか、思いのままに使えるとかじゃなくて、やっぱり入念な準備が必要なんだよ」

「つまり、オリジナルの上級運命操作術で対抗することはできないの?」


 十一号が尋ねる。


「その気になれば運命の特異点も使えるが、準備段階にかけた労力の違いがあるから、私が今使っても意味はない。他の術を用いた場合……絶対不可能だとは言わん。私の切り札ではあるが……。ただ、私はこれまで一度しか上級運命操作術を用いたことがない。しかもそれは他者ではなく自分に使ったものだ。『理想像』という運命操作術だがな」


 声のトーンを抑え、言いにくそうに答える美香。


「どんな術なの?」

 運命操作術には詳しくないみどりが尋ねる。


「あまり言いたくないが、簡単に言えば、自分を望む形へと変えるというものだ。努力すれば努力が実る方向へと運命が後押ししまくってくれる。カリスマ化することも可能だし、物理的に不老化もできる。超常の領域にまで踏み込む点では、運命の特異点よりさらに強力な術と言える。自分自身にしか及ばぬし、相当な思い込みパワーが必要だがな」

「つまりオリジナルは、その術で成功したチートアイドルだったにゃ?」

「私の努力もあってのことだ! 努力が無ければ運命の後押しも無い! これは運命の特異点も同様だ!」


 七号の言葉に、ムッとして怒鳴る美香。


「まあ最初はその術のおかげで、人気が取れたのは間違いないが、運命操作術も私の実力の一つだ。いや、そんな話はどうでもいい! 話を戻せ!」


 怒鳴りつつ、美香は純子を見た。何となく救いを求めるような視線を感じる純子。


「じゃあ話を戻すけど、敵の運命操作が明日という日に目的が設定されているのなら、明日になると運命の流れを止めるのは限りなく不可能になると思う。つまり、明日になれば獣之帝の復活は止められない。何かいろんな運命の作用が働いて、それがかなってしまうってことね。もしかしたら前日も含めて、もう止められない可能性もあるんだけど」

「その獣之帝ってのは、復活させられるとよほどヤバいものなの? 累が一度やっつけてるんだろ?」


 純子の話の区切りを見計らって、麗魅が口を挟んだ。


「復活させる事自体が、僕にはとても……信じられませんが。極めて危険な……存在です。倒せたのが不思議なくらい……でしたから。仮に完全な形で帝が復活したら……僕とみどりと純子以外……戦力外通告ですね……。美香と十三号が支援オンリーでどうにか……というくらいでしょうか。僕の見解としては、復活させた方が……面白そうだとは思います」


 累が私見を交えて話す。


「話を聞いている限り、獣之帝を一度復活させたうえで、実験台にするのもいいねー」

「オッケー! やはり復活は食い止めた方がいいということだ!」


 純子が余計な欲を出してきたので、美香は無理矢理話をまとめた。

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