第二十章 17

 早朝。真の様子を見に来て、八重は眉根を寄せた。寒くないようにとオイルヒーターとカーペットをつけてあったにも関わらず、それらが全て消されている。

 そのうえ寛子だけではなく、真の顔にも暴力の痕跡が見受けられた。


(明彦様の仕業か。寛子はともかく、帝にまで暴力を振るうとは)


 暖房器具をつけて、八重は軽く唇を噛む。

 接している時こそ敬意を払っているが、八重は明彦のことを好ましくは思っていない。あのような人物が、今後主として自分達の上に君臨して、それでいいのかとも、正直不安である。


(明彦様の方こそ拘束しておくべきだったかもしれんな。あれは癇癪を起こすと、何をしでかすかわからん)


 そう思ったところで、八重は真がおかしいことに気がついた。


「これは……。陛下、私が見えますか? 声が聞こえますか?」


 虚ろな目つきで、正気すら失っている様子の真に、八重は声をかける。

 返事は返って来ない。目が開いたままなのに、意識は無い。それが何を意味するか、八重は理解した。


 真の顔に手を触れ、その冷たさに驚く。


(薬を飲まされすぎている。しかも一晩この冷える洞窟内で暖も奪われ、体が凍えるように冷たくなっている)


 躊躇う事無く八重は服を脱ぎ、真の着ている着物の前を開き、肌と肌を重ねる。


(綺麗な顔だ)


 間近でしげしげと顔を見つめる。自然と笑みがこぼれる。


(弟と少し似ているかな)


 八重には二つ年下の弟がいたが、人間として生まれてきたので、冷遇されていた。一方で希少な首斬り童女として生まれた八重は厚遇されていたが、この差別的な扱いには納得がいかなかった。

 人と妖の寿命の違いもあり、五年前に弟は寿命で他界している。しかし八重は小さい頃によく遊んだ弟との記憶が、大事な思い出として今もしっかりと残っている。


 百年以上も生きた八重であるが、この村を出たことはほとんどない。テレビやネットを通じて外の世界の情報は知っている。かつて若い頃、外に出て自由に生きたいという気持ちが強くあった時期もあったが、人間ではない自分に、人間の世界へ出ることなどできないと諦めていた。


(この村の外で自由に動けるというだけで、私には途轍もなく幸福なように思えるが、その自由を持つ者は持つ者で、いろいろあるのだろうな)


 そう思いながら、八重は開いたままの真の目をそっと閉ざした。


***


「にぎやかな朝食だ」


 朝食が始まると同時に、有馬が美香達を見渡して微笑みながら言った。いつもは梅尾と有馬、さらに使用人の少女二人である所に、美香とそのクローン三人を加えて、人数が二倍になっている。


「かつて俺達穏健派も、度々弾圧された。今でこそ左京は穏健派と争いをしない構えを取り、不干渉としているが、穏健派達の中には左京への恨みを忘れぬ者も少なくはない。親しい者を殺された者も多いからな」


 食事を取りながら、梅尾が語る。


「わざわざ争いを起こす考えにもついていけんよ。人を奴隷扱いして虐げるのもな。日々のどかに、平和に、楽しく、素朴に生きる。それだけでいいじゃないか」


 爽やかな笑顔で言う有馬。


「他に協力してくれそうな者も多いか!?」

 穏健派の協力を期待し、美香が訊ねる。


「多いというほどではないが、声をかければ多少はいるだろうな。具体的なプランは何か決まったのか?」

「朽縄の二人がいると思しき場所を探る! それと友人がさらわれた! どこにいるのかを知りたい!」


 梅尾に問い返され、美香は答えた。


「穏健派の俺達は入った事が無いが、洞窟がある。その中で好戦派の連中は技を磨いているし、指導者達も普段は洞窟にいる。あそこが怪しいな」

「穏健派は立ち入り禁止だからな。夜は好戦派でも一部の者以外は立ち入り禁止だ。好戦派が言うには、中はかなり複雑に入り組んでいて、左京ら指導者三名以外しか入れないゾーンもあるって話だ」


 梅尾と有馬が続けざまに解説してくれる。


「では早速その場所を教えてくれ!」

「飯食った後でな」


 意気盛んな美香に、笑いながら有馬が告げた。


 食事を終えた美香達は、梅尾と有馬ら連れられる形で、村の中を歩く。

 すれ違う妖怪や人間達に見られはしたが、梅尾と有馬が同行しているせいか、特に騒がれる事もなかった。


「あの人達もみんにゃ穏健派にゃ?」

「人じゃないけどそうだ」


 七号の問いに、微笑みながら答える有馬。


「好戦派はほとんど外に出払っているからな。あと、ここに外部の人間が全く訪れないということもない。超常関係者や、妖怪の隠れ里を専門に回る業者が来ることもあるからな」

「裏通りとはまた違った、この国の裏側の話ですね」


 梅尾の話を聞き、興味深そうに十三号が言った。


「この先だ。悪いが、ここからはちょっと俺達はついていけない。一緒にいる所を好戦派の連中に見られても面倒なんでね」

「了解! そしてサンクス!」


 梅尾が林の中に続く一本道を指し、美香が勢いよく頭を下げて礼を述べる。

 林の中の一本道は、やがて下り坂となったかと思うと、今度は上り坂となった。そして道の先に切り立った岩肌が見え、果たして梅尾の言うとおり、洞窟があった。


「にゃんか怖いにゃ……。ダンジョンにゃ……。きっと中には魔物がいっぱいにゃ」

「七号、くれぐれも力を暴走させるなよ! 狭い場所でお前が能力を暴走させると、こっちもヤバいっ!」


 震える七号に注意する美香。


「行くぞ!」

「二号に連絡しなくていいの?」

「そうだった!」


 入ろうとしたところを十一号に確認をとられ、美香は携帯電話を取りだす。

 ディスプレイを投影すると、着信履歴やメッセージがたっぷりとある。その全てが二号からだ。


「二号!? 今どこにいる!?」

『まだ寝てたのに起こすなよおぉおぉっ! 水車の中でやああぁあぁっと寝付いた所なんじゃあぁぁぁっ!』

『うるせーっ!』


 二号に電話をかけると、不機嫌極まりない怒声が二つ返ってくる。一つは二号のもの。もう一つは聞き覚えのある別人であった。


「その声は樋口さんか!?」

『麗魅さんと呼びな。いや、呼び捨てでのがいいわ。で、今寝たばかりなんだから、急用じゃねーなら報告連絡は手早く頼む。で、人手がいるのなら言ってくれ。いらないならもう少し寝かせてくれ』

「わかった! こちらの状況は二号の携帯にメッセージを送ってあるはずだ! 後で確認してくれ! 今は休んでいてくれ!」


 眠そうな声の麗魅に向かって叫び、美香は電話を切る。


「行くぞ! 指導者達のいる洞窟へ!」


 美香が叫んだ直後、しまおうとした電話が鳴った。相手は純子だ。


***


 朝、村の入り口を訪れた純子と累とみどりの三人は、数人の足斬りと腕斬りの死体を発見した。


「殺されてからそう経ってもいないみたいだねえ」

「美香姉達の仕業かなあ」


 銃殺された六体の死体を見下ろし、純子とみどりが言った。


「美香ちゃん達はもっと早くに着いたでしょー。それにこれは……二号ちゃんの仕業っぽいし」


 粘着質な赤い液体と、そこから這い出た者の痕跡を指す純子。


「こっちの到着を知らせておこう。電話、出れるかなー?」


 美香に電話をかける純子。向こうの状況は、送られてきたメッセージで大体知っている。


「あ、出た。今近くまで来た所だよー。アスファルトの道が途切れている辺り」

『そうか! 今から敵の本拠地へと向かう! 純子達は外で何かしていてくれ!』

「何かって何なの? 人手はいらないの?」


 美香の曖昧すぎる要望に、思わず笑ってしまう純子。


『全員でぞろぞろ来たら潜入としては目立つ故に、別れて来たのであろう! ましてや次の目的地は洞窟の中! 四人パーティーが、七人パーティーになるのもどうかと! パーティー組むなら、四人か六人がゲーム的に定番! 三人や五人というケースもあるが、七人は無い!』

「ネトゲだと七人てのもあるけどねえ。つまり、美香ちゃん達が洞窟の中にいる際、洞窟の外で何か悪い事態が発生しても対処もしくは連絡できる役として、私達が外にいた方がいいってわけだねー」

『その役目を担ってくれると助かる! 二号と麗魅も外にいる! では!』


 電話が切れる。


(真兄の状態がヤバそうだから、なるべく早くと美香姉に頼みたかったけど、あたしと真兄の精神が繋がってることは皆の前で言えないし、すげーもどかしいよぉ~……)


 みどりだけが真の現状を知っている。いや、知っていた。


(拘束されているだけなら、あたしが真兄の体をのっとって、術でどーにかしてもいいけど、今の真兄の、薬うたれて心身共におかしいあのぐちゃぐちゃっぷりじゃあ、それもできないしねえ。もしあの後にまた薬を飲まされたら、真剣に真兄の命が危険だわ)


 現在はもう精神の繋がりも切れているが、一瞬繋がった際に見た真の状態を知るみどりからすると、今真がどうなっているのか、気が気でない。

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