第二十章 16
就寝直前に、足斬り童子の指導者である左京は、村の入り口でまた侵入者が現れ、侵入を阻もうとした腕斬りと足斬りがほぼ壊滅したという報告を受けた。
「二度も村への侵入を許すとはな」
左京からの報告を聞いた八重が、珍しく呆れたように言う。
「敵の人数も、最初に侵入した者達のその後も把握できていないとは、いささか無様。青葉の方に戦力を割きすぎたのではないか?」
「問題無い。運命には抗えぬ――とはいえ、我々が手を抜きすぎたり失態を繰り返したりすれば、その運気も逃す」
正座をした左京が、意見する八重を見上げて言う。
「侵入者の消息が途絶えたのは、穏健派の手引きも考えられまいか? 彼奴等にしてみれば、好戦派に仇なす者が村に侵入したとあれば、協力しない手はない」
「十分に考えられる。証拠を掴んでくびり殺してやりたいところよ」
さらに追求する八重に、左京は怒りを滲ませる。
左京は自分の思い通りにならない穏健派達を激しく嫌っている。全ての腕斬り足斬りは、獣之帝の復活とその後の奉仕に尽力すべきというのが左京の考えであり、それに従わぬ腕斬り足斬りなど、何のために年月をかけて増やしたかわからないというのが、左京の考えだ。
「儀式の日を早めることは?」
「できぬ。私が占いで導き出した最良の日時でなければならぬ。急いては運命の特異点を狂わしかねん」
八重の言葉に、首を横に振る左京。
「青葉を呼び戻すことは? あれは今日も外で多大な成果をあげたようだが」
さらに問う八重だが、左京はなおも首を横に振る。
「銀嵐館が本格的に参戦してきたにも関わらず、青葉はまるでひるむことなく押している。それを早々に呼び戻すなど、愚の骨頂。少なくとも明日の夜までは、侵入者は我々で対処せねば」
正直、この隠れ里がこんなに早く発見されるとは、思っていなかった左京である。さらった真がGPSで特定されないよう、携帯電話等、身につけていた電子機器の類も破壊しておいたというのに。
「青葉がチェックされていたのかもしれんな。人工衛星から監視されているのかもしれない。だとすると、青葉が帝を連れてここに一度戻ってきたのが失敗であったかもしれん」
八重が言う。
「そうは言うが、誰かが必ず帝の魂を持つ者を連れてこなくてはならなかった。その結果で場所が知れるのは致し方ない。不可抗力と言ってもよい」
と、左京。
「今の所、明彦様も協力的ではあるな」
これ以上この話をしても仕方が無いとして、話題を変える八重。
「我々しか頼りはいないのだから、大人しくはしているであろうさ」
左京の声に侮蔑の響きが宿る。
「あの者は我々をも恨んでいる。全てを憎んでいる。怒っている。そうなるように育てたのだから当然ではある」
そこまで口にしてから、左京は顔をしかめた。
「しかし――獣之帝は、純粋にして荘厳。神々しさすらあった。咆哮一つで人も妖も全て怯え、震えながら膝を屈するほどの代物であった。明彦様は、どろどろとしていて陰気だ。しかも癇癪持ちときた」
それは左京の大きな杞憂の一つとなっていた。人間に対して怒りを抱くようにした結果、明らかに失敗している要素である。余計なことをしてしまったのでないかと、左京は今更ながら、半ば後悔していた。
「全てが順調かつ思い通りになどならぬ事は、承知している。だが、取り返しのつかぬ失敗は避けたいものよ。知らぬうちにその取り返しのつかぬ失敗をしているのではないかと、不安ではある」
左京にとって、その取り返しのつかぬ失敗として最も不安な要素が、明彦の存在だ。
「己の所業が完璧だと思い上がるよりは、常に不安でいる方がよかろう」
八重が微笑と共に告げたその言葉に、左京もつられるようにして微笑む。
「まあ……例え大願が果たせなくとも、我等の行いは決して無駄にはならぬよ。何か形を残せるはずだ」
八重が言った。
「何かとは?」
八重の言葉を訝る左京。
「何か、だ。人が何か行動を起こせば、その行動が大きければ大きいほど、何か大事なものを残せるというものではないか?」
自分より年下であり、この村しか世界を知らぬくせに、知った事を言うと、左京は八重を見つつ思う。とはいえ、八重も百年以上生きているのだが。
「我等は人ではないが」
「適した言葉が思い浮かばなかった。まあ……形(なり)は人では無いが、頭の中身は妖も人も大して変わらぬよ。少なくとも足斬りや腕斬りはな。イーコのように、思考回路も人とは大きく異なる妖もいるが。私は、帝の復活などどうでもいい。ただ、左京や青葉――帝の復活を夢見る足斬りと腕斬りの願いをかなえてやりたい。それだけだ」
そう言い残すと、八重は会釈し、左京の部屋から出て行った。
(長い付き合いだが、あの娘の考えていることはいまいちわからん)
声に出さずに呟くと、左京は明かりを消し、布団の中へと入った。
***
「うぐ~……眠い。暗い。寒い」
村の中をしばらく散策した麗魅と二号であるが、めぼしい情報は得られず、そのうち二号が弱音を吐き出した。
「野宿しかねーかな。お前の本体はどうしてるんだ?」
「オリジナルって言えー。ヤダー、野宿ヤダー。乙女が野宿とか有りえんっ。つーかトイレとかどースんスか? 乙女に野糞でもさせる気っスか?」
指先携帯電話から空中に投影したディスプレイに、メッセージを打ちながらぼやく二号。
「返信こねー。電話かけてもでねー」
「そりゃもう夜中だしな。どっかで寝てるんだろ。こっちは調査続行しとくか」
「何の調査よー? さっきからうつろいてるだけですしおすし」
「敵の本拠地がどこかくらいは掴んでおいた方がいい。多分、立派な建物だ」
「すげー安直。あんたそれでも本当に裏通りでも有名な始末屋なの?」
「口悪いなあ。お前こそ本当にあの月那美香のクローンかよ」
「あんな奇人のクローンにしては、まともすぎるほどまともと自負しておりますでげすよ。ぐへへへ」
「なははは、とてもそうには見えねーなー」
目を細めて笑いあう二人。
その後も夜の村を歩く二人。
「電柱はあるけど電灯はほとんどねーし、道は舗装されてねーしで、ここまですげード田舎ってのもそう無いんじゃねーか」
真っ暗な村の中を見回しながら、麗魅が言う。
「ふひっ。あたしは生まれて一年も経ってないんで、そんな同意求められてもどう返していいかわかんないわ。知識も適当に詰め込まれたしねえ」
「そっか。悪い」
二号が返した答えに、麗魅は明るい声で謝罪する。
「謝らなくていいよ。いや、それ以前に謝られるのもどーかと思うわ。何か、自分が正常な人間ではないと、いちいち意識するのが嫌になるっス。でもそれは正常な人間とやらと比べての話。あたしは他のクローン共と暮らすようになって、自分が一人じゃないと意識できるようになって、同じ比較対象ができて、かなーり救われた感じ?」
「なははは、美香に感謝だな」
笑いながら言う麗魅に、二号もまたつられて微笑む。会って間もないが、気さくで人懐っこくて、安心できる人物だと感じる。
「うん、本当は感謝しなくちゃいけねーんでしょーけど、オリジナルはいつも偉そうに威張りちらしてるから、感謝する気も薄れるわ」
「子分だか姉妹だかが出来た感覚で嬉しいんじゃねーの? あたしにはよくわからんけど」
「麗魅は姉妹とかおらんの?」
「覚えときな。家族にいい思い出の無い奴が、裏通りには多いんだぜ? あたしもそうさ。でもダチはそれなりにいるし、それでいい」
少し真剣な口調になる麗魅に、二号は息を呑む。
「ふへえ、今度はこっちがすまねえっス」
「わかりゃいい」
謝る二号に向かって笑いかける麗魅だが、暗くて顔などよく見えない。
さらにしばらく歩き続ける二人。
「普通の家ばかりじゃねーか……。いかにも本拠地くさいデカい建物とか、全然見当たらないな」
「ふぬぬぬ。滝の裏の洞窟とかはー? 滝があればその裏には洞窟が定番」
「お前一歳未満なのに、そんなことは知ってるのな。でもそもそも滝なんて無いんじゃね?」
「うっがーっ、もう疲れたーっ、もう駄目だーっ、限界でげすーっ」
とうとう二号がギブアップした。
「あの水車小屋は中に人いないと思うし、あの中で休もうぜ」
麗魅も折れて、二人は近くにある水車小屋へと入っていった。鍵はかかっていない。この隔絶された村では、泥棒などいないのだろうなと麗魅は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます