第十九章 20

「ぷっ、はははははっ。これは傑作だ」


 勝浦の目付け役の幹部から送られてきた、純子と勝浦の会話の録音を聴き、ヴァンダムは声

をあげて笑ってしまう。


「役者不足という言葉は、力不足と取り違えられた誤った使い方であるというが、しかしこの組み合わせを見ると、あえてその誤った言葉使いを使ってしまいたくなるではないか。役者として、彼は明らかに釣り合っていない」

『今後どうしますか?』


 勝浦の御目付けと煽動目的に送った幹部が、尋ねてくる。


「ふむ、少し待ちたまえ」

 顎に手を当て、ヴァンダムは思案する。


(雪岡純子は、勝浦を使って何をしようと企んでいるのか? わかるはずはない。予想すら立てられん。あれはいろいろと規格外すぎる)


 当然だが、相手の手札は見えない。そのうえ自分が勝浦を踊らせていることさえ、見抜かれて警戒されてしまって状況だ。こうなると最早、勝浦というカードは切り捨てた方がよいとも考えられる。

 元々期待はしていなかった。せいぜい誘き寄せる要因の一つとして考えていたし、誘き寄せるだけなら、手は他にもある。


 ある意味、確実な一手として期待せずに置いた、うまくいけばいい程度の布石であった勝浦が、純子の思わぬ返しによって、重要さを増してしまったとも言える。さらに言い換えれば、勝浦をこちらの裏切り者の協力者として純子に仕向けたこと自体、余計な行為となってしまったとも言える。


「Let sleeping dogs lie……Too much scheming will be the schemer's downfall」

『え?』


 皮肉げに呟くヴァンダムに、英語のわからない幹部が思わず聞き返す。


「勝浦を造反させて、雪岡と交渉させたのは、失敗だったかもしれないということだよ。薮蛇という奴だ。彼には命がけで、ほんのお遣いをしてもらいたかっただけなのにな」


 自身も雪岡純子を見くびっていたが故に、このような構図になってしまった。

 ヴァンダムとしては、純子を引きずり出して自分と対面させたかった。そのお遣いとして勝浦を利用したかったが、別に失敗してもよかったのだ。失敗したならしたで、別の手を考えればいいとして。

 だが事態は、思わぬ形に発展する可能性を孕んでしまっている。


(最早最善の手は、勝浦の速やかな処分とも言える。彼女がテーブルの下で、すでに役を作り上げたカードを隠して、私と勝負に臨もうとしている可能性があるのだからな。彼女の役は何だ? 私はせいぜいフルハウスと言った所だが、フォーカードか? ストレートフラッシュか? まさかロイヤルストレートフラッシュか? しかしホールドしておけば――勝浦を今処分しておけば、痛手を負うことなく、この勝負はひとまず流せるだろうが)


 そこまで考えた所で、ヴァンダムは自分の考えを打ち消す。


(いや、ポーカーに例えるのは適していないな。これはババ抜きだ。勝浦がジョーカーとなって、私の手元にあるのは、好ましくない)


 ヴァンダムは決断した。


「勝浦は頃合を見て処分してしまおう。それが一番面倒臭くなくていい。私が命じたらすぐ実行できるよう、準備と心構えをよろしくな」

『は、はい……』


 あっさりとした口調で告げたヴァンダムの指示に、幹部は慄きながら返事をする。


(雪岡が勝浦を利用してどんな手を使ってくるつもりであったか、興味が無いわけではないし、それをさらに逆手に取ってカウンターを試みるというという手もあるが、それは不確実すぎてリスクが高い。相手の手もわからないのだし、気付いたらハメられて取り返しがつかないという事にもなりかねない。余計なリスクはとっとと排除し、こちらの予定通りに事を進めるとしよう)


 いつもの自分らしい合理的な考えに満足し、ヴァンダムは電話を切った。


***


 夜。犬飼一のアパートに、客が一人増えた。


「デカブツが二人もいて、凄まじく鬱陶しいなあ」


 客人用に茶を淹れつつ、犬飼が冗談めかして言う。


「犬飼さんも体鍛えたらどうだい? しっかり運動していれば気持ちも引き締まり、また創作意欲が沸くかもしれないぞ」


 あぐらをかいて座っている客人――高田義久が提案する。


「その程度で創作意欲が沸くのなら、俺も苦悩せずに済むが、運動すると書きたくなる根拠は何よ?」

「いやあ、体使えば頭使いたくなるもんじゃないかなーと」


 義久の発想に、犬飼は乾いた笑いを浮かべる。


「バイパー以上の脳筋がいた。しかも元新聞記者だぞ」

「お前の中では俺が最底辺の脳筋だったのかよ。そしてお前こそ、何の根拠で俺を脳筋と見なしていたんだ?」


 犬飼の発言に、壁に寄りかかって長い脚を投げ出して座っているバイパーが、顔をしかめて問う。


「見た目からして。あと戦う時素手ってのもまさしく脳筋」

「ふざけんなよ。脳筋てのは考え無しで全てパワー解決する奴のことだろーが。俺はそんなんじゃねーよ。物書きのくせして、そんな安直な区分けしてんじゃねー」

「安直な方が分かりやすくていいんだがね」


 抗議するバイパーに、犬飼はにやにや笑いながら茶を差し出す。仏頂面で茶碗を受けとるバイパー。


「犬飼さんはいろいろと裏通りに詳しいようだけど、どういう関わりがあるんですかね」


 一応年長者なので、義久は敬語で接した。


「んー、秘密。ま、お前等の敵では無いと思うよ?」


 笑みを張り付かせたまま犬飼ははぐらかす。


「ホルマリン漬け大統領の事とか詳しかったよな。俺はあの組織大嫌いだが、まさか客なのか?」


 バイパーが口にした組織の名に、義久は反射的に顔をしかめる。義久もその組織は大嫌いだ。


「さーね。別に嫌な思い出があるわけじゃないが、あまり人に語れるような面白い話があるわけでもないな。現実には大したドラマなんて無いよ」


 ややアンニュイな口調で言い、犬飼も腰を下ろした。


「バイパー君は? 始末屋というわけでもないようだが」

「何で俺は君づけなんだよ……」


 義久に話を振られ、バイパーはしかめっ面で呼び方に突っこむ。


「一応俺、こう見えてこの中じゃ一番年配だし、お前さんが最年少だぞ」

「そ、そうなの……。これは失礼しました。バイパーさん」


 見た目だとバイパーは自分より年下で、二十代前半くらいにしか見えないが、純子達と同様に不老の存在なのだろうと、義久は理解する。


「敬語とさんづけもやめてくれ。いろいろ気持ち悪い」

 しかめっ面のまま言うバイパー。


「義久二十七歳、俺三十七歳、バイパーは四十七歳だもんな」

「何で一桁が七歳で勝手に統一するんだ。俺はまだ四十代前半だ」


 勝手に決め付ける犬飼に、バイパーが訂正する。


「俺はただの使いっぱしりだよ。ある人物……? のな……」


 人物と口にした所で、少し上ずった疑問系の響きになって、バイパーが答えた。


「なるほど。その人物ってのは?」


 さらに突っこんで尋ねる義久に、呆れるバイパー。


「好奇心旺盛なのはわかるが、詮索しすぎだぜ。好奇心は猫をも殺すって言葉知らないのかよ」

「ごめんごめん。職業柄、どうしてもね」


 片手を顔の前に立てて謝罪しつつ、もう片方の手で頭をかく義久。


(犬飼とウマが合いそうな奴ではあるがな。犬飼も悪い意味で好奇心の塊みたいな奴だし)

 義久を見て、バイバーは思う。


「グリムペニスに会員登録して、中に潜入してみたけど、昨日カンドービルを襲撃して生き残った学生連中は、めげずに戦闘訓練してたよ」

「ほう……」


 本日の仕事内容の報告をする義久に、バイパーは真顔になる。


「昨日は完全に素人だったから何とかなった面もあったな。しかも得物も無しで。数は減ったが、武器を持ち、例え付け焼刃であろうと戦い方の基礎を学べば、厄介な相手になりそうだ」


 しかも海チワワの戦士もいる。昨日はばらばらだったが、ちゃんと連携を取ってきたら、より手強い敵となると、バイパーは見なした。


「あまり日を置かずに、こちらから攻めた方がいいな……。明日は……何となく面倒だし、明後日に行くか」


 グリムペニス日本支部に乗り込むことをバイパーは決意する。


「面白そうだから、俺も行くよ」

「俺も、俺も」

「守ってはやらねーから、どうぞ流れ弾で死んでくれ」


 犬飼と義久が笑顔で挙手するのを見て、バイパーは意地悪い口調で言った。

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