第十九章 19
カンドービル襲撃翌日のグリムペニス日本支部。学生メンバー達が集まるいつもの会議室。
二十人いたメンバーは、十一人に減っていた。皆沈鬱な面持ちであるが、それでも彼等はビルへと足を運んだ。平日であるにも関わらず、大学をサボって朝からビルにいた。
「もう駄目なんじゃないか?」
メンバーの一人がぼやく。
「駄目だと思うなら何でここに来た?」
善太が静かに問う。
「まだ諦めきれないからだろ、俺達全員。これだけぼこぼこにされても、それでもなお負けたくないから、勝ちたいからだろ」
ぼやいたメンバーが口を開く前に、善太が答えを自ら言う。
「状況はさらに苦しくなったけど、それでもここから勝つためにどうしたらいい? 何かいい案はある?」
桃子がメンバーを見渡して問うが、誰も口を開かない。
二十人がかりでもかなわずに撤退し、半数になった今、どうしろというのか。見当もつかない。
「基本からやりなおすことね」
入り口の方から声がかかり、一同の視線が入り口へと向けられる。
カウガール姿の太ましい白人女性と、スタイルのいい黒人男性の二人組が、いつの間にか室内に入っていた。
「ごめんなさいね。私達がもっと協力して、連携を取り合う形であれば、無駄な犠牲も抑えられたかもしれないのに」
流暢な日本語でキャサリンが話しだす。
「私はキャサリン・クリスタル・こっちは弟のロッド・クリスタルよ。私しか日本語は話せないの。ごめんなさいね」
「謝るってことは、それができない事情があったってことですか?」
清次郎が尋ねる。
「ボスがろくでなしの非モテでね。性格悪くてモテないもんだから、それをひがんでますますおかしくなって、周囲から嫌われまくる悪循環だったのよ」
溜息混じりに、全く答えになっていない答えを返すキャサリンに、一同、唖然とするか憮然とするかどちらかという反応。
「今そういう冗談聞きたい気分じゃないんだけど」
「ごめんなさい。そんなボスだったから、貴方達と協力して戦うという発想も無くって、やりたい放題やって最後はお陀仏よ」
「そっちの人が殺してなかった?」
清次郎が物怖じせず問う。そのうえ二人共戦闘放棄していた場面も、ばっちりと目撃した。
「ごめんなさい。弟は短気でね。でもまあ、殺されても仕方がないことしたし言ったしで、あれはもうどうしょうも無かったのよ」
謝り続けるキャサリンだが、あまり謝意は感じられない。一同苛立ちを覚えるが、ここで彼等と喧嘩をするのが不味いのもわかっている。
「これからは一緒に戦ってくれるってことですよね?」
「もちろんよ。そのつもりがあるから来たのよ。ただ、敵は雪岡だけではないし、貴方達がいまいち使い物にならないことも証明されたし、今のままではキツいわね」
「化け物になってもまだ不足かよ。相手は……俺達以上に化け物だったけどさ」
「そもそも何で皆して素手だったのよ。その時点で誰も疑問覚えなかったの?」
「……」
呆れ気味に問うキャサリンに、全員押し黙る。
「みっちり鍛え直さないとね。いくら身体能力が向上しても、あんな素人丸出しの動きしてりゃ、そりゃ勝てるわけもないわよ。そして海チワワからもさらに増援を願いましょう。作戦もしっかり考えないと。ああ、ちなみに私は今独り身だから」
独り身だから何なんだよと全員思ったが、誰も口にはしない。
「悩んでいる暇があったら、やれることをやれるだけやって臨め。俺達がとことん付き合ってやる」
静かだが力強い口調でロッドが言う。しかし英語なので、理解した学生はほとんどいない。
「私達姉弟のトレーニングに付き合うつもりがあるなら、この部屋の椅子と机をさっさとかたしなさい。早速今から始めるわよ」
キャサリンの言葉に、桃子と清次郎が真っ先に反応して動き出した。少し遅れて善太が、そして他のメンバーが、闘志をみなぎらせた顔で部屋の片付けを始める。椅子と机を隅に追いやり、運動できるスペースを作るために。
「いい顔してるじゃない。この子達」
隣にいるロッドに、キャサリンが英語で語りかける。
「その顔が実戦までもてばいいけどな」
ロッドが無表情に言い、上着を脱いで部屋の中へと進んでいった。
***
雪岡研究所。リビングで純子、真、蔵、みどりの四人が、百年近く前の怪獣映画を観ている。否、観ているのは純子とみどりの二人で、蔵はネットを閲覧し、真はラノベを読んでいた。
そこに電話がかかる。相手は非通知だ。
「もしもーし、こちら雪岡研究所の雪岡純子」
『もしもし……。はじめまして。私、グリムペニスの日本支部支部長を務めるフレデリック・勝浦と申します』
躊躇いがちに名乗る相手に、純子はこの人物が何で自分に電話をかけてきたか、何パターンか推測する。
『今現在、グリムペニス日本支部は貴女と敵対している間柄ですが、それはグリムペニス会長のコルネリス・ヴァンダムの指示があるからです。日本支部としては本意ではありません。我々は平和的な活動を願っていますし、現在の状況を憂慮しています』
推測の一つがあっさりと当たり、純子は電話の内容よりも、怪獣映画の方に集中する事にした。
『多くの罪無き学生がヴァンダムに煽動され、死地へと追いやられ、もう我々には耐えられない。あの男は命を道具としか認識していない。人の死も痛みも何とも思っていない。つまり……貴女にヴァンダムを倒していただきたい! そのための協力は惜しみません! 自分だけではなく、幹部の多くが同調しています!』
「で――?」
冷めた表情で、相手の言い分をさらに促す純子。
(珍しく不機嫌そうだな。まあ、理由はわかるが)
横目で純子を一瞥し、真は思う。電話の音声は真とみどりの耳にも届いていた。
敵にどんな事情があろうと、純子が裏切りの類に対して、概ね冷徹か残酷な対応を取る事
を真は知っている。ただしそれも気まぐれであり、事情次第では純子が協力的になるケースもあるが、今回は明らかにそれが無いように見えた。
『ヴァンダムが単独で行動している時をこちらで知らせます。その際に――』
「それだけ? それじゃあ罠の可能性もあるじゃなーい。あるいは貴方が本当に上司を裏切るつもりでも、ヴァンダムさんはそれすら見破って、私を罠にかけようとしている可能性だってあるよ? たったそれだけの情報に従って、私がほいほいと乗るのー?」
純子の指摘に、勝浦は絶句していた。有りえないと反射的に口にしようとして、言えなかった。確かにあのヴァンダムという人物を考えれば、有りえないとも言い切れないからだ。そしてそこまで用心深い純子に対しても、戦慄に近い感情を抱いていた。
「身内で――しかもボスに位置する人物を、本気で排除したいと望むのならさー、自分は安全圏にいて、情報だけ教えてそれで危険なことは他人任せとか、いくらなんでも虫が良いと思わなーい? 私、そういうのあまり好きじゃないんだよねえ。たとえそれが役に立つ情報だろうと、私にとっては別に喉から手が出るほど欲しいものではないしさあ」
思いもよらなかった純子の反応に、勝浦は戸惑い、言葉を失う。
それで自分にメリットになる場合は、純子とて協力する場合もある。あるいは相手の好みや話の流れによっては、損得抜きで全面的に助ける事もある。しかし勝浦の話は、純子にとって何のメリットも無いうえに、純子がお気に召すケースでも無かった。
「裏切るなら――そうまでして殺したいなら、貴方も危ない橋をしっかりと渡って、協力者同士として仕留めにかかってよ。んー、そうだねえ、しばらくしたら私のプランを伝えるから、勝浦さんは全てそれに従って動いてね。あ、今はまだ言わないよー? 勝浦さんが罠を仕掛けようとしているのなら、今言っても台無しになっちゃうしさ」
「筋が通ってるな」
読書中の真が呟く。
純子が真を一瞥する。ふと、真の手にしている本が視界に入る。『人間爆弾になった俺は青春を取り戻せるのか?』というタイトルのライトノベルだ。
『で、できることとできないことがあるが……』
「んー? 勝浦さん、ひょっとして自分の立場わかってない? もうさあ、勝浦さんが私にこの話をもってきた時点で、勝浦さんは私の命令に従うしかないんだよ? この会話は録音してあるし、勝浦さんが私の言うこと聞かないってんなら、この会話をネット上に流して、ヴァンダムさんの耳にも入れてもらう運びになるしねー」
楽しげな口調で告げる純子に、勝浦、三度目の絶句。
「ああ、訂正するよ。別に私の命令に従う立場を取らなくてもいいよー。裏切りかけたけど、やっぱり考え直したって、素直にヴァンダムさんに謝る道だってあるからね。あるいは全てを投げ出して逃げるって手もあるよ? ぱっと思いつく選択肢はその三つかなあ」
どれもこれもろくでもない選択。実質上、純子に従う以外に道は無い。
『ど、どうか私にもできることに留めていただきたい』
苦渋に満ちた声で懇願する勝浦。
「もちろんそのつもりだよー。私もそこまで意地悪はしないよ。せいぜい、かなりぎりぎりで命を危険に晒すけど、頑張れば死なないかもしれない程度のことしか、お願いするつもりはないからさー。安心していいよー」
「うっひゃあ、純姉、相変わらずえげつね~」
にこにこ笑いながら言う純子の言葉を聞き、みどりもにやにや笑っている
「純子に交渉を持ちかけたのが運のつきか。今こうして生きている私は、運がいい方かな」
かつて純子相手に取引を行い、散々な目にあったことを思い出す蔵。
「まあ、あまりひどい要求すれば、勝浦さんが私を裏切る可能性だって出てくるから、程々にはしておくよ。楽しみにしててねー」
そう告げると、純子は勝浦の返事を待たずに電話を切った。
「私としては、例え悪い上司であろうと、裏切り行為を働く者などに、力を貸す必要は無いと思えるな」
かつて一組織の首領を務め、部下に裏切られた過去を持つ蔵が渋い顔で言った。
「事情次第だよー。ま、今の勝浦さんが、グリムペニスも辞めて、自らの命も顧みずに、本気でヴァンダムさんを止めたくて、それでできることをやりつくして、考えつくして、どうしても自分の力だけでは足りないとか、そこまでいって私に電話をかけてきたなら、私の応対も違ってたけどねえ」
蔵に向かって純子が言う。そうではないことは、すぐに見抜いた。
「蔵さんは嫌な思い出があるから、どうしても部下の裏切りとなると、嫌な気分になっちゃうんだろうけどさあ」
「そうだな。そのせいで少々狭量になっていた」
見た目だけは自分の半分も生きていないが、実際には二十五倍は生きている少女に諭され、今年四十歳になる苦労人人生男は、照れくさそうに苦笑いをこぼした。
***
電話を切られ、勝浦はうなだれる。
勝浦の周りには幹部達もいて、今の会話は聞いていた。
「交渉決裂したわけではありませんよ」
幹部の一人が慰める。
「逆に駒にすると脅しをかけてきたんだぞ。ある意味交渉決裂よりタチが悪い」
別の幹部が憮然とした顔で言う。
「しかし彼女の言い分ももっともだ」
勝浦が力なく言った。確かに純子の指摘通り、自分は安全圏にいて他力本願であった。それで十分だと信じていたのに、甘かった。こんなことになるとは、全く予想外だった。
「予想外のひどい事態にはなったが、完全に非協力的というわけでもないし、私も腹を据えて臨む。皆も協力してくれ」
『はいっ』
勝浦の呼びかけに、幹部達は戸惑いを押し殺しつつも、力強く返事をする。
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