第十九章 17

 ロッドが果敢にバイパーに向かっていく。


 放たれる拳をかわすバイパー。正直拳闘家の拳が当たっても、大したダメージにはならないだろうが、相手が堂々と肉弾戦を挑んできているのに、手抜きをするのは何となく気が引けた。

 反撃の拳をバイパーが繰り出すが、ロッドは際どい所でかわして、ジャブとストレートを続けてバイパーの顔面に入れる。


(こいつ……何て威力だ)


 生身の人間の拳など食らった所でダメージにはならないと、たかをくくっていたバイパーであったが、想像をはるかに超える衝撃を受け、バイパーはよろめきながら己の油断と慢心を改める。


(吸血鬼ではないようだがな。マウスや妖怪の類でもなさそうだし……)


 真同様、バイパーも相手が人間か否か、大体わかる。しかし吸血鬼などよりよほど速く、威力もあった。


(純粋に……鍛えに鍛えぬいただけか。こいつ、表通りなら簡単に天下取れるんじゃねーか? いや、そっちじゃぬるいから、こっちに来たのか)


 倒れそうになるのを踏みとどまり、さらに攻撃してこようとするロッドに反撃を試みかけたが、バイパーはその行動を途中で止め、後方に跳んだ。

 キャサリンの縄の輪が、バイパーが今までいた空間を横切る。


「おい、ロッドの馬鹿を何とかしろよ」


 ワーナーがキャサリンに向かって、忌々しげに声をかける。バイパーに肉薄しているせいで、小銃で撃つことができなくている。

 一方でキャサリンは、ラリアットでロッドを支援するような形で攻撃が出来る。姉弟の連携もしっかり取れている。ワーナーだけが手持ち無沙汰な状態だった。


「暇なら向こうの手助けしてきなさいよ」


 冷たい声でワーナーに告げるキャサリン。


「ロッド! どけ! 当たっても知らんぞ!」


 業を煮やして、ワーナーが銃を構えて叫ぶ。ワーナーの性格を知るロッドは、流石にバイパーから離れた。


 銃弾の雨がバイパーに降り注ぐ。

 弾が当たっても平気な体ではあるが、弾頭に溶肉液が仕込まれている事や、関節部分などに弾が食らう事を警戒し、バイパーはなるべく避ける。


「ワーナーが頑張ると、今度はあたし達が暇になるんだけどねー」


 キャサリンが呆れがちに呟く。可能性としては低いが、縄に弾を当てられても困る。


「ちょっと、ワーナー。ストップ」


 バイパーの後方に通行人が現れたのを見て、キャサリンが顔色を変えて止めにかかる。酔っ払いのサラリーマン数人組だ。

 テロリスト団体に所属するとはいえ、その構成員全てが、テロで誰を殺しても平気という考えの持ち主でもない。特にキャサリンとロッドは、堅気の人間を傷つけることをひどく嫌がるタチだった。


「ハッ! 知るか!」


 しかしワーナーはキャサリンの制止を笑い飛ばし、グレネードランチャーを発射した。それもバイパーではなく、明らかに後方の通行人達を狙って撃った。

 爆発が起こり、酩酊気分のままサラリーマン達が吹き飛ばされた。


「おいおい……」

 その光景を見て唖然とするバイパー


「ワーナー!」


 怒りの声をあげ、堂々とバイパーに背を見せ、ワーナーの方へと詰め寄るロッド。バイパーも空気を読んで、それを後ろから攻撃するような真似はしない。


「何だ? 何か文句あるのか?」


 一瞬気圧されかけたワーナーだが、自分の方に歩いてくるロッドを睨みつけ、憎々しい顔と口調で言う。


「自分が何したか、わかっているのか?」


 ワーナーの間近まで詰め寄り、ロッドが静かに問う。


「ジャップの命なんか虫と変わらん。いちいち喚くなニグロが」


 その差別用語連発が、ワーナーの最期の台詞となった。ロッドの拳がワーナーの頭蓋骨を砕き、脳の一部が頭の外へと吹き飛んだ。

 その光景を見てバイパーが口笛を吹く。


(改造とかしたわけでもなく、生身であのパワーってのも、とんでもねーな。人間離れしていやがる。道理で痛いわけだぜ)


 先程殴られた場所をさすりながら、バイパーは思う。


「何してるの、あれ?」


 学生メンバーの中では、清次郎だけがその様子を目撃していた。遠く離れた場所では、その様子を義久がカメラに収めている。


「シラけた。俺は帰る」

 ロッドが短く告げ、踵を返す。


「そうね。私も何となくやる気無くした。あっちも分が悪そうじゃない」


 ラリアットと銃を収めて、真と学生メンバーの方を見てキャサリンが言う。


***


 動きの止まっている学生の頭部を容赦なく撃ち抜く真。


 それに反応して、他の学生達は我に返る。


「桃子っ、海チワワが仲間割れしたあげく、戦いをやめてる!」

 清次郎が大声で報告する。


 学生数名が真に向かうが、真は立て続けに射殺していく。

 清次郎の報告を聞き、真が仲間を殺していく有様を見て、さらには負傷者続出、士気低下という現状を把握し、桃子は苦渋の思いで決断した。


「撤退よ! 皆逃げて!」


 今この時点になってようやく桃子は、自分の立てた襲撃作戦が、考え無しの一歩手前程度の代物だと思い知った。


(今逃がしたら厄介だ。少しでも数を減らしておかないと)


 逃げる学生吸血鬼達を、後ろから容赦無く撃つ真。


 きっとまたやってくる。その時は武器を手にしているかもしれないし、戦闘訓練を行ってくるかもしれない。もっとまともな作戦も立ててくるかもしれない。そうなると今より手強くなる。故に戦力は削いでおく。


「うわあぁぁぁっ」


 足を撃たれた女が、泣き顔で悲鳴をあげて転げまわった後、真を見上げる。


「ころさ……」


 命乞いの言葉は、途中で銃声にかき消された。


 真からしてみれば、この手の輩を見逃す価値も意味も無い。見逃してもデメリットしかない。完全に戦意を失くした相手なら、真も攻撃をすることも無いが、この連中はそういうわけではない。どうせまた向かってくる。


(まあ、例え敵でも、もう少し好感持てる奴なら見逃してもいいが、こんな奴等じゃな)


 心の中で唾棄する真。

 傭兵時代は、命乞いをする十歳にも満たない子供の兵士を撃った経験もあるが、あれに比べれば全く心は痛まない。あの子供達は悲惨な環境化に生まれて、戦いたくなくても戦うしかなかった、哀れな存在だ。


(それに比べて、こいつらときたら……)


 ビル前に無数に転がる死体を冷めた目で見渡す真。


「ひとまずおつかれさままま」


 純子がねぎらいの声をかけ、真も銃をしまった。


「みどりちゃんはどこ行ったんだろ? 見学するって言ってたのに」

「さあな」


 純子の言葉を受け、真は心の中でみどりに問いかけて、現在の居場所と目的を確認した。


***


 グリムペニス日本支部ビルに、戦闘の結果はすぐに報告された。


「ポール・ワーナーが死んだそうです」


 報告内容をさらにヴァンダムに報告する勝浦。


「おお、それは朗報だ」


 ヴァンダムが表情を輝かせる。ヴァンダムが人種差別者を忌み嫌っていることは、勝浦も知っている。同様の理由でアンジェリーナ・ハリスも嫌っていた。そもそもヴァンダムのワイフであるケイトが黒人であるし、人種差別主義のレイシストを嫌って当然とも言えるが。


「副頭目のテレンス・ムーアはまともな男だから、あのレイシストの代わりに頭目になれば、海チワワも今よりは良い組織になろう」


 テロもやめさせて、二つの組織の関係を公表したうえで付き合いができるかもしれないと、ヴァンダムは期待する。


「グリムペニスの学生メンバーも、半数が死傷した模様です」

「それもまた朗報だな。全滅せずに何よりだ。生きていればまた、戦闘工作で時間を引き延ばせるというもの」


 苦々しい面持ちでの勝浦の報告に、ヴァンダムは笑顔のままそう言ってのけた。


(最初から全滅させるつもりで送ったのか? こうなることもわかっていたのか? こいつは日本支部の若者達の命を使って、遊んでいるだけなのか?)


 ヴァンダムの台詞を聞き、勝浦は激しい怒りと反感を覚える。

 グリムペニスの日本支部のまだ若い学生達を駒の様に利用し、死地へと追いやるそのやり方に、勝浦は我慢の限界がきている。

 しかし自分の今の地位を失いたくも無いし、ヴァンダムに逆らって自分があの世行きにならないとも限らない。それ故に逆らえずにいたが、一方で身の危険を冒してでも、食い止めたいと考え始めている。迷っている。揺らいでいる。


 勝浦に限った話でない。日本支部の幹部連中もヴァンダムの横暴さには腹に据えかねているようで、勝浦の前で不満を口にしている。彼等の怒りがそのうち爆発しても、全く不思議ではない。


(問題は……もしもそうなった時、幹部の怒りの矛先が、私にも向きかねないことだ。ずっとヴァンダムの言いなりになっていたからな)


 板ばさみ状態になっているが、どちらにもいい顔をするにも限界がある。どちらかに付いた方がよいのではないかと考える。


 勝浦は真面目に環境保護の思想に同調し、グリムペニスの一員となった。それ故に本部の腐敗は嘆かわしく思っているし、それを幹部以外のメンバーには隠し続けている事にも、胸が痛む。多額の寄付金の多くが本部に吸い取られ、大幹部達を肥え太らせている事にも。


(だが腐敗した組織だからといって、逃げていいわけがない。腐敗しているからこそ、誠実に勤める者が必要なんだ)


 勝浦はそう信じ、組織にしがみついていた。自分のような人間だからこそ、できることがあると。自分がいたからこそ、救えることもあるかもしれないと。

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