第十八章 エピローグ
新しい家に引っ越したそのすぐ翌日、睦月は雪岡研究所を訪れた。
咲は精神制御有機装置を体内に移植してもらった後、正常に機能しているかどうかテストするという名目で、数日間は研究所に滞在するよう、純子に言われているらしい。
「データ収集も兼ねているみたいだ。まあ、助けてもらっている立場だから文句は言えないけど、ずーっと学校さぼりっぱなしな状態になってるのが頭痛いよ」
与えられた客室にて、睦月と向かい合って座り、咲は言う。
「自分で招いた不始末だけどね。貴女を取り巻く復讐劇に首を突っこんで……おかしな世界をいっぱい垣間見てさ。正直、私にはついていけない世界。この先はもう関わらないようにするさ」
「あはっ、それがいいよ」
睦月にとっては、咲が否定する裏通りこそが居場所であるが、否定されるのも仕方無いとわりきっている。そもそも睦月も最早、表通りで生きていける性分ではない。
「でも気が変わって復讐しにきたくなったら、またいつでも俺の所に遊びに来ていいよう」
「冗談でもそういうこと言うのやめろ」
睦月の軽口に、咲は伏し目がちになって言う。
「悪かった」
素直に謝る睦月。
「私は貴女の気持ち、わかっちゃった。いや、貴女と同じになった。殺したい気持ちを抑えきれずに貴女を殺そうとして、獣みたいになった。心が真っ黒に染まる感覚を味わった。もう、貴女を非難する資格は無い」
「そっか……」
咲の考え方に同意するわけではないが、睦月は適当に相槌をうっておいた。
「まだ今の私は、貴女を許す気になれない。でも……」
喋りながら咲は顔を上げ、小さく微笑む。
「いつかは許せる時が来るような、そんな気もしている。いや、そうじゃない。そうなるといいっていう気持ちがある。最近変な妄想ばかりするよ……。一度私も貴女も死んで、全て御破算にして、生まれ変わって私と姉さんと睦月が家族になって、それでやり直せたらとかさ」
(君に許してもらうことが、申し訳ないような気分でもあるよ)
咲の話聞きながら、そう思った睦月であるが、口には出さなかった。
(いつでもいいから、塵大植物公園に一緒に行って――)
一方で咲の方も、そう言いかけて、思いとどまっていた。まだそこまで言うには、自分の気持ちの整理がついてはいない。
***
「ちょっといいか?」
咲のいる客室を出た所で、真が声をかけてきた。
「あはっ、何かなあ」
真が無言で歩き出して研究所の外へと向かうので、睦月もそれに従う。
「修理完了!」
研究所の入り口にて、満面に笑みを広げた毅が現れる。
「さて、俺は誰と戦えばいい!? 何でも言いつけてくれ!」
「いや、もういいから……」
自信満々に胸を叩く毅の横をすり抜けていく真と睦月。
「どこ行く気?」
カンドービルを出た所で、睦月が声をかける。
「どこでもいい。研究所の中だと、あいつがいつ現れるかわからないからな」
「あははっ」
歩きながら答えた真の答えがおかしくて、睦月は笑う。純子に聞かれたくない話をするということも理解した。
「とりあえず、雨岸がお前に差し向けた復讐者は全て退けたという事で、いいんだな?」
「うん。この件はこれで終わりだねえ」
溜息混じりに答える睦月。
「復讐者の大半を返り討ちかあ。殺されてやるわけにもいかないけど、何か凄く重いなあ」
「お前はどうなんだ? 僕への復讐心は無いのか?」
「あはっ、無いよ」
真に問われ、睦月は昨日の百合と亜希子との会話を思い出して微笑む。
「ていうかね、考える時間はいっぱいあったから、ある程度気持ち整理したけど、あいつらが俺に復讐なんて望むはずないし、正直俺もしたくない。くだらない敵討ちなんかしたら、それこそあいつらへの侮辱だと思う」
百合の出した宿題を見て、復讐が馬鹿馬鹿しいと思ったなど、全くの嘘だ。本当の理由はこっちだ。
「あいつらは……掃き溜めバカンスの皆は、俺にとって誇りなんだ。それを汚したくない。真、あいつらと戦って、皆殺しにした君ならわかるだろ。あいつら、強かっただろ? あいつら、泣き言も恨み言も無く、綺麗に散っていっただろ?」
「ああ……強かったし、楽しかったよ」
一瞬だが真が微笑を浮かべたのを見て、睦月はどきっとした。
「お前の組織のアジトでの別れ際の会話、覚えてるか? 僕がお前を逃がそうとして、何で仲間を殺したんだと喚いて、僕が楽しかったと答えたのを」
「うん」
「あの言葉は嘘じゃない。楽しかったから殺りあったんだ。僕が何度も死の恐怖を覚えて、アドレナリンだかエンドルフィンだかが出まくって、強烈な思い出として頭に焼きつく相手だったから、そのまま何となく引っ張られて、殺し続けた」
「あははっ、あいつらへの最高の供養の言葉だよ、それ」
冗談ではなく、本気でそう思う睦月。真ほどの相手に認められれば、それは名誉であるとすら感じる。
「で、用件だが、お前は谷口陸の一件で、僕に情報を流してくれたし、今後もああいう形でこっそり僕に協力してほしい」
真の要求に、睦月の顔から笑みが消える。
「難しいよ? 今回の復讐劇で、君は俺を助ける形で一緒に行動しちゃっただろ? 百合はきっと俺のことを警戒している。あれが無ければ――それと、俺が君に復讐心を燃やしているっていう姿勢をもっと露骨に見せていれば、百合のお膝元にいて、こっそり君に味方するのも容易いんだけどねえ」
昨日百合に向かって、真に対して復讐するつもりは無いと口にしてしまった事もある。
「まあ百合もわけのわからないことしているけどねえ。亜希子を純子の元に送って、君や純子と仲良くさせるとかさあ。亜希子は亜希子で百合に反感抱いているし、亜希子の方がよほど君に協力してくれそうだよ。その分、百合の警戒も強そうだけどねえ」
「僕はお前に協力を求めているんだ。お前の方が信じられるし頼れると見なしてな」
真のその台詞に反応し、睦月の中で沙耶の意識がまた目覚める。
「警戒されていると言っても、情報を流すくらいどうとでもできるだろう。もちろん偽情報を掴まされる可能性もあるが、そこまで気にしても仕方無い。僕もお前から得た情報は、それを織り込んだうえで判断するから、お前はただ、何かあったらお前の判断で知らせてくれればいいだけだ。あるいは僕が求めた時にな」
「わかった。いいよ。でも……」
睦月は次の言葉を切り出すのに、一瞬躊躇した。
「タダで手を貸すわけじゃないからねぇ。ちゃんと条件つきだ。事が全て終わったら俺の頼みも聞いてもらうよ」
笑いながら誤魔化そうとしたが、どうしても躊躇いがちの口調になってしまう睦月。
「今言えよ。出来ることと出来ないことがある」
「あはっ、出来ないことは頼まないさ。まあ楽しみにしていなよ」
「いや、今言え」
真に押し切られ、睦月は笑みを消し、真剣な眼差しになる。
「俺が消えて、沙耶が現れたら、沙耶のことを大事にしてあげてほしい。沙耶は君に心底惚れてる」
「……わかった」
やや間を置いて、真は了承した。
「あはっ、いいのお? 安請け合いしちゃってさあ」
「安請け合いしたつもりはないぞ。いろいろ考える所がある」
返答までの間に、真の頭は高速回転していた。
(そもそもその沙耶ってのは、本当に実在するのか? 本当に二重人格なのか? その辺が凄く疑問だ。あるいは逆に、沙耶という女がずっと睦月という男を演じているだけなんじゃないか?)
掃き溜めバカンスとの抗争の時から、その疑問は真の中にある。
「沙耶は自分のしていることに罪悪感が無いのか?」
その辺に触れてみようと思い、真は尋ねてみる。
「無かったはずだよ。あれは沙耶の望みだ」
沙耶の殺意を、憎しみを、恨みを晴らすために、睦月は生贄を捧げ続けてきた。そう思い込んでいた。
「お前はどうだ?」
「正直言うと、心が痛かった。でも沙耶のためだと思って……」
「沙耶、睦月、どっちが本物のお前なんだ? いや、もうお前にもわからないんじゃないのか?」
その言葉は、睦月にとっては思いもよらぬ代物であった。
「何言ってるのさ。沙耶が本当の俺に――」
「どちらがどちらに罪を被せているんだ? それすらもうわからないんじゃないか? お前が犯した殺人の罪は、沙耶が望んだからだと、沙耶のせいにしているのか? 沙耶は自分が殺すことを望んだが、実行したのは睦月だからと、睦月のせいにしているのか? 僕には互いに逃げるために使っているように見える」
真の指摘に、睦月はショックのあまり完全に言葉を失い、立ち尽くしてしまう。自然と真も足を止める。
「お前は罪を受け止めて背負おうとはしない。お前が救われるためには、罪をちゃんと意識して背負うことじゃないのか? お前自身、罪悪感を抱いているのに、そこから目を背けている。償う意識を持った方がいいと、僕は思うけどな」
「君は……」
「言いたいことはわかる。最後まで僕の話を聞け」
口を開こうとした睦月の言葉を強引に遮る真。
「お前の境遇は仕方無い。だから僕はお前を責める気も無い。ハナから僕に責める資格なんて無い。いや、正直お前がどんな罪を犯していようと、知ったことじゃない。お前が僕の役に立てば、僕はそれでいいんだからな。僕は正義の味方でもないし、愚にもつかないくだらんモラルでお前の過去をどうこうも言わない」
「あは……結構言ってるような気がするけど……」
「でも肝心のお前はどうだ? お前の中にある罪悪感の問題なんだよ。生まれた境遇が悪かったからと言い訳にして、何とも思っていないわけでもない。かといって、全部自分が悪かったと罪を背負うわけでも償うわけでもない。どっちつかずで宙ぶらりんな状態に見えるよ」
真の言葉に押し黙り、うつむく睦月。
「罪は罪として認めて背負い、苦しめばいい。法の裁き以外で償う方法もある」
どんな方法が――と言いかけて、言えなかった。そこまで聞くのは情けない気がして。
「それと、さっきの話だけどさ。お前が消えて沙耶が現れたら、僕の恋人にでもしろってことか?」
「あ、ああ……できればね」
確認する真に、睦月が頷く。さっきの言葉が、それ以外のどういう意味があるんだと、睦月は思う。
直後、真が睦月に顔を寄せ、唇を重ねた。
堂々とキスをする――見た目は男同士。しかも人通りの多い繁華街で、これは目立つ。通り過ぎる人が皆、真と睦月の方を見ている。
「お前はお前だよ。沙耶であり睦月である。お前は一人だ。だから付き合うなら今からでも全然構わないぞ。その代わり僕が望んだ時は――性欲処理のために抱かせてもらう事が条件だ。拒否したら、女を買うことになる」
唇を離し、目を白黒させている睦月に、真は顔を寄せたまま無表情を崩す事無く、淀みない口調で告げる。
睦月はしばらく立ちすくみ、泣きそうな顔で真を見上げていたが、やがて睦月の方から真を押しのけるようにして離れ、早歩きでその場を離れていく。
(うっひゃあ……真兄……強引すぎだわさ……)
「効果はあったと思うが」
頭の中で呆れきったトーンで声をかけてくるみどりに、睦月の背を見ながら、真は肉声に出して言った。
(なあ~に~が効果だよっ。杏姉もそうだったけど、真兄が女たらしこんで利用するのって、別の女のためじゃんか。ああ、あたしもそうだけどさァ。あたしは承知しているからいいとして、女から見りゃ、真兄って最低最悪の下衆野郎だぜ?)
(性欲処理のためにも利用するし、相手にもちゃんと満足させるつもりだぞ。少なくとも杏の時はそうしていたし、杏への想いが嘘じゃないことは、僕の心の奥底まで見たお前なら知っていることだろ?)
頭の中で悪びれることなく言い放つ真に、みどりは言葉を失くし、これ以上触れるのをやめておいた。
第十八章 復讐者達を蹴散らして遊ぼう 終
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