第十八章 7

「貴女がどんな人だか見て知りたかった。できれば貴女と話がしたかった。話も通じなさそうな異常者も想像していたけど、そうでないみたい。むしろイメージと全然違う。ニュースでは八つ裂き魔女性論も出てたけど、本当に女だったんだな」


 咲に言われ、睦月ははっとする。紺太郎との戦いによって、服が溶かされて、服の前方部分が大きく露出している。

 慌てて針金虫を用いて、溶けていない部分をつなぎ合わせる。拙い応急処置ではあるが、胸が出て見えている状態に比べればマシだ。


「何、今の……。それがマッドサイエンティストに改造された結果?」


 針金虫の存在を目の当たりにして、咲が訝る。


「そうだけど……復讐せずに話をしたいって……」


 睦月はやや混乱していた。そして警戒もしていた。目の前の少女からも、強い憎悪を感じ取っていたからだ。今の所殺意は無さそうだが、油断している所を不意打ちされないとも限らない。


「名前くらい知ってないと会話しにくいな。私は武村咲」

「睦月」

「睦月。私は姉さんを八つ裂き魔に殺された」


 睦月を睨み、咲は語りだす。睦月は微かに手を震わせながら、咲の話に耳を傾ける。


「両親が事故で亡くなって、私は事故で記憶も無くなったから、私にとっては凄く大事な姉だった。私の親代わりでもあったし、人生の教師とも思っていたし、尊敬してた。凄く優しくていい人だった。いつも明るくてさ、誰からも愛される人で、誰にでも慈愛を振りまくような人だった。言い方帰れば馬鹿みたいなお人好しだった。それで損ばかりしてたし。どうしてそんな姉さんが殺されなくちゃいけなかったんだろ。なあ、どうしてだ? 大事な家族が、ばらばらになって私の前に転がっていたのを見た時、どんな気持ちになっていたか、少しは想像できる?」


 咲の言葉は終始静かであった。興奮している様子は全く無い。抑えたトーンで淡々と語っていた。だからこそ余計に、睦月の胸に響く。


「私の姉さんを殺した人は、何で人を殺していたんだろうかとか、罪の意識も無くのうのうと過ごしているのかとか、私はいつもいつも考えていた。自分の人生の何%かくらいは、その考えに費やされていたと思う。で、八つ裂き魔が捕まったら、話がしたいとも思っていた。どんな人間か確認したかった。どうすればそんなことをする人が出きるのか、何で人を殺し続けていたのかとか、聞き――」

「うわああああああああっっっ!!」


 咲が喋っている最中、突然睦月は頭を抱え大声をあげて泣き喚いた。


「うわああああ~んっ! うわあああああっ!」


 ちょっと驚いた咲であったが、すぐにまた冷めた面持ちになって、膝をつき、額も地面について丸くなって、頭を抱えたままわんわん泣き続ける睦月のことを見下ろす。

 この時点で、睦月が自分のした事を悔いているという事だけは、咲にも理解できた。それだけで、少しは救われた気がした。もっと冷酷非道な殺人鬼ではないかと考えていたからだ。


 しかし新たな疑問も沸いてくる。こんなに大声で泣いて悔いて苦しむのなら、どうしてあんな残酷な連続殺人など行ったのかと。


(姉さん……あの時の姉さんも、こんな感じで泣いてたっけ)


 さらに言えば、姉の華と、泣き喚く睦月が重なって見えた。


「もう一度言うけど、私は話がしたかった。どんな人なのか興味があったし、突然殺人をやめたって事も気になってた」


 睦月が泣き止んでから、咲は声をかける。


「君も……俺に生まれてくれば、理解できるよ……」

 掠れ声で睦月が言った。


「じゃあ聞かせてよ。どうして殺したのか。その理由があるなら、私は聞く権利がある」

「わかった」


 それから睦月は、うずくまったままこれまでの経緯を語った。生まれ育った環境。自分が一人の少女から派生した別人格であること。監禁されていた家から外に出て、雪岡研究所で改造し、裏通りの組織で拾われたこと。殺人を続けていた理由。殺人を辞めた理由まで話した。


「沙耶を生み、育てていた人も死んだらしい」


 それは百合から聞いたことだ。そして睦月は、百合の件にだけは触れなかった。知れば咲に危険が及ぶかもしれないと危ぶみ、伝えなかった。


「正直、少しだけ気が晴れた。少しだけな」


 咲が口にした台詞に、睦月は驚いたように、咲を見上げる。


「罪悪感があって苦しんでいる、そういう人だった事に、安心した。もっとひどい人間じゃないかとも思っていたしね。もちろん、それで貴女を許せるわけじゃない」


 最後の言葉が、睦月の心に突き刺さる。


「姉さんの性格だと、自分を殺した貴女のことも許してしまいそう。私は……許せない気持ちと許したい気持ちがある。でも今は、許せない気持ちの方がずっと強い」

「だよね。あっさり許せたらどうかしてる」


 睦月がようやく立ち上がる。


「姉さんをディスるのやめて」

「いや、そんなつもりはないけど……」


 自分を睨む咲に、たじろぐ睦月。


「ところで、どうして俺の居場所を知ったの?」


 百合に聞いたわけではなさそうな気がした。逆に言えば、百合に聞いたのであったら危険だ。百合に狙われる可能性がある。


「花占いとでも言っておこうかな」


 咲が答える。変な誤魔化し方だと思う一方で、百合がそもそも花の名前だと気付き、はっとする睦月。

 やはりこれは聞いた方がいいと思い、睦月は切り出した。


「雨岸百合って女を知ってる? 俺は今、そいつの元で暮らしているけど、同時にそいつに殺されかけている。凄く危険な女だ。さっき俺と戦ってた子も、百合にけしかけられたんだよ。関わり合いにはならない方がいい」

「知っている。私もけしかけられた。雪岡研究所へ行けとも言われた。断ったけどね」

「あはっ、それはよかった」


 安堵の笑みをこぼす。


「今日は……私も混乱しているし、帰る。でも、これで終わりじゃない」


 咲がまた淡々とした口ぶりに戻って告げる。


「頭を整理してから、また話がしたい」

「うん、わかったよ。でも、できれば今は俺に近づかない方がいいねえ。百合がけしかけた復讐者に狙われている身だし、巻き添えを食うかもしれない」

「多分それは平気」


 最後にそう言い残し、咲は百合に背を向けた。


「何が平気なんだろう」


 睦月が訝るが、咲は何も言わず、その場を立ち去った。


***


「夢にまで見た外。夢にまで見た体!」


 赤城毅はようやく胴と手足をつけてもらい、安楽市繁華街を闊歩しつつ、むせび泣いていた。


「とうとう俺は、解き放たれたんだっ!」


 毅の首から下は、いかにも旧世紀のロボットという感じの、ひょろひょろの剥き出しの機械の胴体と手足がついていた。コードすら剥き出しである。そして右手には買い物かごがぶら下げられている。


「やっと外を歩けるようになったんだ。ここからだ。俺はここから必ずのしあがってやる。そのためには何でもするぞ」


 新しい体を授かった毅は、純子より買い物を言いつけられ、スーパーマーケットへと向かう最中だった。通行人達は毅の姿に、奇異の視線を向けている。

 スーパーの中に入ると、おばちゃんや従業員達がさらに驚いていた。屋外と屋内では、異質な存在との遭遇に対するインパクトがまた違う。


「そうだ。いいことを思いついた」


 買い物を済ました所で、携帯電話を取り出し、ホログラフィディスプレイを空中に投影する。


「『あの雪岡純子が、もう一人の殺人人形を生み出した。その名も雪岡純子の殺人人形マークⅡ』と……」


 裏通りのゴシップ掲示板に書き込み、なおかつ自分の写真も撮って掲載する。


「これでいい。雪岡純子にも、俺がビッグになるための協力をしてもらうぞ」


 行動力だけは人一倍の赤木毅は、これまで辛酸を舐めていた分、のし上がるための努力を惜しまない所存であった。


***


(雪岡純子の殺人人形マークⅡ?)


 ほぼ同時刻、裏通りのゴシップ掲示板になされた新しい書き込みを見て、犬飼は眉をひそめる。


(すごく弱そうだけど、こんなのがあの雪岡純子の新しい側近なのか?)


 犬飼はその時、喫茶店である人物と待ち合わせをしていた。その人物からは事前に携帯電話にメールで連絡もされており、もうすぐここに着く頃だと言う。

 そしてメールには、重要情報も書かれていた。『八つ裂き魔と会って会話をした』と。


「大胆なことをするな、咲。話の通じない狂人だったらどうするつもりだったんだか」


 呟きながら窓から店の外を見ると、知り合いの少女がこちらに向かってくるのが見えた。

 その少女の足が止まる。


(誰だ? あれは)


 不審がる犬飼。少女の足が止まった理由は、彼女の前に、一人の女性が立ち塞がったからだ。

 その女性は、白いソフト帽を被り、白い長手袋をはめ、刺繍が編みこまれた白いワンピースを着て、白い日傘を差した、全身白ずくめという服装であった。

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