第十七章 2
誰もいない自宅。
数日前までは旦那と姑も住んでいた。しかし今は厚木真紀一人しかいない。
夜、明かりもつけず、暗闇の中で、窓の外に浮かぶ月をぼーっと眺める。
ゲームの中のマキヒメから、リアルに戻る度にうんざりしていた。あの二人――特に姑と顔を合わせるのが嫌で嫌で仕方が無かった。
今はもう二人ともいない。霊魂は肉体から抜き取り、電霊化してオススメ11の中だ。肉体の方はニャントンのホテルで転がっている。
もういないはずなのに、マキヒメはリアルに戻る度に、あの嫌な感覚が戻る。染み付いてしまっている。
いつかこの感覚も無くなってくれるのだろうか。いや、それ以前に親戚が訪ねてきた際、どう言い訳をすればよいのか。電話の応対も困る。
偽装のために、早めに行方不明届けを出しておいた方がいいとも考えたが、それも面倒臭いし気が進まず、結局何もしないままだ。
真っ暗で人気の無い家。6DKのかなり大きめの邸宅。お手伝いさんも雇わず、姑とマキヒメ二人で掃除をしていたが、もう必死に掃除する必要も無い。使ってない部屋に埃がたまろうと、知ったことではない。
大嫌いな姑であったが、彼女がいなくなった途端、自分がとても無精者になった気がして、少しぞっとするマキヒメ。
リビングに行くと、特に嫌な記憶ばかりが呼び起こされる。
姑がテレビを見ながら、ゲームを批判していたのは特に頭にきた。古臭い考えで、「あんなものをやると頭が悪くなる」だのと、根拠も無く口にしていた。垂れ流しのテレビの方が、よほど頭が悪くなるだろうと思ったが、マキヒメは我慢して何も言わないでいた。
一方で姑がゲームを嫌いになる理由もわかっていた。マキヒメも旦那、常にゲームに引きこもっていて、必要最低限以上に姑の相手をしようとしなかったせいだ。
「うちの子がガチャとやらにお金つぎこみまくっててね。毎月のお金は私が管理しているけど、最近しつこくねだってくるのよ」
ある時姑が忌々しげに文句を吐いてきた。
最初はネトゲをしていた旦那だが、コミュニケーション能力が絶望的に無いがため、すぐに辞めて、課金ガチャのソーシャルゲームに熱中するようになったのだ。もし義母が管理しなければ、孫の代まで遊んで暮らせそうなこの家の貯金が傾くくらいにつぎ込むだろうなと、容易に察せられる。
「あなたがしっかり相手をしてあげないから、あの子はそんなわけのわからないゲームにハマるのよ。その責任を感じないの? あなたも少しはあの子を――」
お前がそんなどうしょうもない餓鬼を育てたんだろうと心の中で吐きすて、それ以上はろくに聞いていなかったが、姑の愚痴の途中、旦那が部屋から飛びでてきた。
「ママ! 頼むから金くれよ! 今月限定のイベントキャラだけはどうしても手に入れたいんだよ!」
恥ずかしげも無くおねだりする旦那に、マキヒメは嫌悪感を募らせる。一体どこの世界に、自分の嫁の前で、母親にゲームのガチャ目当てに金をせびる男がいるのかと。
「よくわからないけど、それを手にいれられなかったらどうなるというの?」
「ネットの知り合いに自慢するためだよ! ママや真紀は理解してくれないだろうけど、俺はこれに命かけてるんだ! もし俺が手に入れられなくて、知り合いらが手に入れて俺の前で自慢とかされたら、俺はもう生きていけねーよ!」
よく恥ずかしげも無くそこまで言えるものだと、この時は旦那に対し、呆れを通り越して感心してしまった。
ゲームを理解できない姑のような人間からすれば、きっと自分も同列視されているのだろうとマキヒメは思うが、こんな恥知らずな男とは断じて違うと、心の中でいつも叫んでいたものだ。
姑が旦那の要求をつっぱねると、旦那は家の物に当り散らす。姑はおろおろしながらも、それでも要求を聞き入れない。やがて旦那は部屋に引きこもる。
「何であなた、黙ったままなのよ! 何であの子を何とかしようとしないのよ!」
その後は八つ当たり的にマキヒメに当り散らす。いつものパターンだ。
とんでもなく醜悪なリアル。しかしそれを醜悪とわかっていても、そこから逃げ出すつもりもないマキヒメ。その時点で自業自得のようなものだと、マキヒメは自嘲する。
結局は最低限の家事だけして、姑と旦那の醜さに目を瞑れば、心地良い楽園でもあった。この環境を我慢さえすれば、リアルから逃避できる時間を多く得られる。そのために自分で取捨選択していたに過ぎない。悲劇のヒロインぶる資格など無いと、マキヒメは自覚していた。
ゲームの中に入れば、皆にチヤホヤしてもらえる。仲間達と過ごす楽しい楽しい楽しい時間。今日は何をしようか? どこへ行こうか? 誰と遊ぼうか? どんな会話があるだろう? どんなドラマがあるだろう? 好きな世界で、気のあう仲間と共有する時間。それは楽園以外の何物でもない。
醜い現実。醜い同居人。楽しい世界。素敵な仲間達。この圧倒的な差。いくら現実の方を壊れてしまえばいいと祈ったところで、しかし現実を壊したら、このかりそめの楽園も維持できない。だから我慢していた。
だが、とうとう壊してしまった。二人共文字通りの廃人となり、この家から消えた。今は別の意味でマキヒメのために役立ってくれている
「これからどうなるんだろう……」
窓の外――夜空に浮かぶ半月を眺めながら、マキヒメはポツリと呟く。
何かのアニメだかゲームで、聞いた台詞を思い出す。無限に続くものなど無いと。
それは大好きなオススメ11も然り、マキヒメのリアルも然り。
オススメ11を維持するという目的で、そして日頃の鬱憤を晴らすため、とうとうリアルを壊してしまった。そのことに対し、後悔こそないが、不安はたっぷりとある。
(最近、いろいろ変化があったんだ。オススメ11で……。五年ぶりに大型バージョンアップがあって、イベントもあって、電霊なんていうものが現れて、ネナベオージが復帰して、久しぶりに新しいフレができて、私が電霊使いになってオススメ11を救うことになって……)
ゲームの中の様々な変化の後、マキヒメはとうとう一線を越えた。何度も何度もそう意識する。
自分は間違っていないと信じたい。自分が行ったことが破滅に繋がるような、そんなことにはならないでほしいと祈る。
ふと時計を見る。そろそろいい時間だ。
また出会い系サイトを利用して、異性をたぶらかし、電霊化する。それが自分のリアルでの新しい使命。
(本当にこれでいいの? こんなことしてていいの? これが正しいことなの?)
答えの返ってこない自問。答えが返って来ないと知りつつも、何度も何度も問い続ける。
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