第十六章 16

 タツヨシの名は、ピンクサーバーでは最も忌むべき侮蔑の対象として伝えられている。

 彼とPTを組む者はいない。新規ですらも、タツヨシの名と悪行はすぐに知ることになるため、近寄らない。よってタツヨシはここ数年の間、他のプレイヤーと一切PTを組んでいない。組めない。


 このオススメ11というゲームは、ハイエンドコンテンツと呼ばれるPT必須かつ上級者向けの遊びがあり、優秀な装備の大半はそのハイエンドコンテンツでしか取れない。

 そのため、PTを組む事のではないタツヨシは、それらの装備を一切取得することができず、それらの装備に身を包んだプレイヤー達を、悔しさと妬ましさで唇を噛みしめて見ていた。


 そんなタツヨシが今、何人ものプレイヤーと共に行動している。今まで装備できなかった、ハイエンドコンテンツ産の優良装備に身を包んでいる。

 彼に付き従うプレイヤーは、電霊と呼ばれる代物だ。霊魂が生身から半ば切り離されてこの電脳空間に捕らわれた状態で、プレイヤーを動かしている。そしてタツヨシはその電霊を作り出し、操る力を身につけた。


「虚しい……」


 しかしタツヨシの心は満たされたわけではない。コンテンツを連続で遊びまくり、休憩中に電霊達を前にして、ぽつりと呟く。


「こんな……言いなりになって動くだけのお人形さんと一緒に遊んで、何が楽しいってんだよ」


 虚ろな表情の電霊達を見渡した後、力なくうなだれるタツヨシ。

 このオススメ11をプレイしていて、タツヨシにとって一番楽しかった時期は、他のプレイヤーとちゃんと交友関係があった頃だ。普通に野良のPTも組めて、他人と交われた時だ。

 PTとしての機能がいくら果たされようとも、自由意志の無い電霊を従え、何の会話も無く淡々とゲームをブレイするなど、実際はソロと変わらない。


「どうして俺……こんなことになっちゃったんだよ。何でいついつもダメな方にいくんだよ」


 その呟きの答えは、タツヨシ自身よくわかっていた。自業自得。いつも我欲ばかり優先して、他者をないがしろにしてきた結果。


 現在、タツヨシのリアルはニートであるが、礼も言わず挨拶すらロクにしないニャントンとは異なり、わりと社交性のある人間であった。人当たりがよく、他人から見た第一印象は悪くない。

 だがリアルにおいてもネトゲ内においても、すぐに本性が出る。他者を省みるということが全くできない性格。常に自分を優先しないと気が済まない。欲を抑えきれない。我欲が絡むとどんな不義理もできる。人を騙す事も平気でできる。そのうえケチでもある。


 子供の頃から、常に自己本位な性格のおかげで、友人を失ってばかりいた。友人皆で、自転車でもって遠出する際に、タクシーで行こうなどと言い出す。遊びの提案をしあった際、自分の希望が通らないとヘソを曲げて適当に参加する。喧嘩しても自分は絶対に謝らず、相手が謝ってもそれがさも当然という態度を取る。皆でゲームをして負けた際、あれこれ難癖をつけて負けを認めない。


 クラス変えの度に新しい友人はできたが、大抵三ヶ月ももたずに孤立した。

 それでもタツヨシは学習しない。いや、頭ではわかっているけど抑えられない。我慢するということができない。


 成人して就職してからもその性格は、周囲を不快にしまくった。


 ある時、上司がタツヨシの前で泣き出して、叫んだ。『何でお前はそんなに自分のことしか考えられないんだ』と。

 彼は非常に良い上司で、職場で同僚からほぼハブられていたタツヨシの事も、彼一人は見放さなかった。タツヨシもその上司のことを慕っていた。実の親よりもずっと慕っていた。

 その上司が、タツヨシのあまりにも自己中心的な性格に絶望し、タツヨシの前で――部下達もいる前で、声をあげて泣き出したのだ。四十を半ば越えた男性が、である。

 他人の痛みに鈍感なタツヨシも、流石にその出来事にはショックを受けて、会社を辞めて家に引きこもってしまった。自分が他者を――それも唯一尊敬して慕っていた相手を、そこまで追い詰めていたという事実を知り、タツヨシ自身も絶望した。


 その後ネトゲにどっぷりと漬かったタツヨシは、上司との間にあった出来事を経ても、全く成長も変化もすることなく、リアルと同様の事を繰り返し、ネットの中でも総スカンを食らってしまった。

 自分の何が悪いかはわかっている。わかっていながら変えられない。成長も出来ない。自分可愛さのあまり自分優先。それが幼い頃から身に染み付いてしまっている。


「そのおかげで、何もかも失ってきたってのに、何で俺はこんなに馬鹿なんだ」


 名前を変えて鯖移転も考えたが、結局同じことをまた繰り返すかと思うと、それも出来なかった。かといってオススメ11という世界への執着も捨てきれず、延々と一人でプレイを続けている。


「神様、もう一度だけチャンスをくれよ。今度は……今度こそ、もう誰にも嫌われないようにする。自分の欲望を優先させたりしない。他人のことをまず第一に考えて、自分は抑えるから……一人ぼっちはもう……嫌だよ……」


 何も喋らない電霊達の前で、自分でも後で思い出したら死にたくなるような泣き言をこぼすタツヨシであった。


 大きく溜息をつき、タツヨシは昔の知り合い達が何をしているか、何となくサーチする。居場所やらインしているか等を、ほとんど意味も無くチェックする。

 かつてのフレ、かつてのギルドメンバー、かつてのパートナー、中にはリアルで会った異性もいる。リアルで異性と会ったのは、完全に下半身目当てであったが、その目的を成就することは一度もできなかった。


 プレイヤーサーチ途中に、タツヨシがオススメ11内で付き合った異性プレイヤー達の中の一人、マキヒメという人物が、わりとすぐ近くにいることを知った。

 マキヒメはこの鯖で有名な廃人の一人で、名前の通り典型的な姫ちゃんだと噂されている。

 実際の所は、チヤホヤされて取り巻きをはべらせて我侭言うような、そんな姫ちゃんではない。その噂を振りまいているのは、他ならぬタツヨシだ。マキヒメに振られたことを腹いせに、晒しスレでマキヒメの悪口を狂ったようにかきまくったし、今なお粘着し続けて定期的に晒している。


 タツヨシとマキヒメとは一時期いい仲であったが、リアルで会ってそこで一悶着起こしてから、両者の仲は急速にこじれた。その後マキヒメにストーカー行為も働き、注意勧告も受けた程だ。

 他人をサーチするのが癖なタツヨシであるが、特にマキヒメのことをサーチして、どこにいるかばかり探っている。暇な時は近づいて気付かれないように様子を伺うこともある。


(改心するから、マキヒメともやり直したいな。もしマキヒメとやり直すことができたら、きっと改心するし、晒しなんていう悪質な行為だってもうやめられると思うのに)


 極めて手前勝手な理屈を真剣に考えるタツヨシ。だがそれが手前勝手であるということ自体、彼は気付いていない。


(お、いたいた)


 同じ町の中でマキヒメの姿を確認し、だらしなく顔をほころばせるタツヨシ。自分を振った相手で、相手に嫌われていたとしても、その姿を見るだけで嬉しい。にも関わらず、陰で彼女を晒しまくるわけだが。


(大電霊育夫より与えられた力で、どうにかしてマキヒメをモノにできないものかな……。いや、無理か)


 ニャントンは電霊を作る力以外にも能力があるらしいが、タツヨシに与えられた力は、電霊を作り、操る力だけだ。


(電霊を暴漢にしたてあげてマキヒメを襲わせて、それを俺が助けて惚れ直す作戦……。いや、無理があるな)


 タツヨシの脳でも、そんな古典的な作戦が通じるわけがないのはわかる。そもそもタツヨシ自身が電霊使いだと噂されているし、タツヨシもそれを隠そうとしていないのに、そんなことをやってバレないわけがない。


 少し離れた所に電霊達を待機させ、遠巻きにマキヒメを見守るタツヨシ。たったそれだけのことで、甘酸っぱい思い出だけを都合よく蘇らせ、幸福な気分に浸ることができた。


 と、そのマキヒメの前に、別のプレイヤーが現れた。


(あっ、あいつは!?)


 低脳発情猫の少年キャラがマキヒメに話しかけているのを見て、タツヨシは憤る。久しぶりに見るが、その人物もまた有名な廃プレイヤーだ。


(あいつは……数年前に消えた女たらしの屑野郎の廃人、ネナベオージじゃないかっ! 何でよりによってあんな奴とマキヒメが……)


 わなわなと体を振るわせつつ、タツヨシは二人のことを遠巻きに見つめていた。

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