第十六章 10
純子と真の二人と別れた累とみどりは、町の中にある噴水広間の木製の椅子に並んで腰かけ、目の前にディスプレイを出し、オススメ11初心者向けサイトを流し読みしていた。
「イェア、御先祖様、突然思い切ったことしたじゃんよ」
累と同様にディスプレイを出して初心者向けサイトを見て、みどりがニヤニヤしながら声をかける。
「いつまでも進歩が無いままで……いたくはありませんしね。皆に軽蔑されたくもないですし。この仮想世界を……足がかりにしてみるのもいいかなと、ふと……思い至ったんです」
己の心境を語り、はにかむ累。
「僕はこうして……リアルと同じ顔にしてしまいましたが、多くのプレイヤーはリアルと異なる顔のキャラクターを……作っているようですし、フィルターがかかった世界というか……仮面舞踏会のようなものですよね。だから……多少は抵抗が無くすみそうかなと……思いました。それに、ここの人達は……ゲームという共通の目的のために、同じ方向性を向いているので、その中に混じっているという……意識を持つと、安心もできますし」
いつになく饒舌な累の語り草を聞き、みどりは納得した。
「その矯正のためには、純姉や真兄とべったりでも駄目だしねえ。野良の活動に参加するとかしないとさァ」
「そ……そうですね……」
みどりに言われ、累は鼻白む。真にはついてきてほしかったという本心と、少し怖い気持ちがある。
「ふわぁ~。さっきのウザい護衛みたいに、新規や初心者がベテランと混じって遊べるコンテンツが、わりと用意されているみたいだよぉ~。で、匿名掲示板のオススメ11新規者スレッド見た限り、既存プレイヤーの多くは、新規プレイヤーに対しては凄く親切みたいだわさ」
つまり御先祖様みたいなのに対して、ちゃんと接待してくれる――とは、口にださずにおいたみどりであった。
「御先祖様のリハビリになるよう、見ず知らずの他人と混じる遊びは……と。お、これなんかどうよ。調和アップの相互扶助もできる、初級冒険者用ダンジョン探索。このコンテンツ開始すると、さっきの護衛みたいに、ベテランもレベルが一時的に下がって、レベル20で統一されるって」
「やりましょう。三人から六人用ですが、他の人も……参加しますかね?」
みどりの提案したコンテンツは、最低でも三人いないと実行不可能という代物だった。
「今、ゲーム内の募集掲示板見ているけど、参加者募集は無いのよ。だからあたしらで登録して募集待機モードにしておいて、それを見て後から入ってくる人を待とう。んじゃ、登録するぜィ」
もう一つ、ゲームのメニュー画面のディスプレイも顔前に浮かべて、みどりがディプレスイを指で弾いていく。
募集はすぐに埋まった。
「早いですね」
「うん。募集する人は少ないけど、募集待ちって人は多いのかもぉ~。おっと、これで現地に飛ぶことができるみたいね」
「このゲーム……基本的に行った事の無い場所には、ワープできないみたいですが、ここは特別なのでしょうか?」
ちょっとだけ焦る累。パーティー人数が埋まったにも関わらず、行った事が無いからワープできませんでした等、そういう事態になっていたらと思うと、リアルの体に嫌な汗がにじみ出る。
「インスタンスダンジョンみたいだよぉ~。遊ぶ際に個人やパーティー単位で、新しいダンジョンがゲーム内に作られて、その中で遊ぶって感じ。ようするにMMOの中でMOするようなものだよね」
MMOが数百人から数千人単位で、同じサーバー内で同時にプレイするネットゲームなのに対し、数人単位の少人数でもって同じ空間内で遊ぶネットゲームをMOと呼ぶ。MassivelyMultiplayerOnlineから、Massively(大規模)の字を取っただけだ。
これから遊ぶインスタンスダンジョンへと転移する前に、パーティーの作成が行われた。
「よろしく~」
「よろ」
「初めまして。新規の方なんですね。よろしくお願いします」
「こんにちはー、よろしくー。私も新規です」
その場には累とみどりしかいないにも関わらず、パーティー内会話用の音声で、次々と挨拶の声が流れる。
「し、新規です。お、お手柔らかに……」
震え声でどもりながらも、ちゃんと挨拶する累。
「ツレが対人恐怖症で、その克服のためにネトゲ始めたんで、優しく扱ってくだせーや」
「ぶっ」
ストレートに身の上を暴露するみどりに、累は吹いた。
「そうなんだー。大変だねー」
「でも協力してくれる友達がいるってのはいいことだ」
「ゲームを通じてリアルコミュ力上げましょうっ」
「ネトゲで対人恐怖症治せるとか素敵じゃん?」
返ってきたのは温かい反応ばかりだったので、累はほっとする。
「じゃあダンジョン入ろうか。やり方わかるよね~?」
「イェア、わかりまーす」
顔も見えない先輩に促され、作成されたインスタンスダンジョンの中へとワープする、みどりと累。
そこに待ち構えていた一人を見て、みどりと累は――いや、他の三名も仰天していた。
一応人間種族であるが、身長2メートル以上、横幅もたっぷりある巨漢。それでいて金髪ポニーテルという髪型で、全身ショッキングピンクの服装で統一している。
「おや、可愛い子達ですね」
ピンクの巨漢は新規だと名乗った声の人物だった。みどりと累を見下ろし、にっこりと愛想のいい笑みを広げる。
「本当可愛いね。そこまで可愛い顔作るの苦労したでしょー」
褐色肌の低脳発情猫のプレイヤーが、みどりと累に向かって言った。
「いや、二人ともリアルフェイスそのままですよー」
「マジでー?」
「二人ともすげー可愛いのに。ていうか、本当なら人前であまり言わない方がいいよ」
にかっと歯を見せて言うみどりに、驚いてみせるパーティーメンバー。彼等は半信半疑という感じでもあるように、みどりには見えた。
「私もこの姿はリアルそのままですよ。リアルでもこんな格好してます」
「ええええええっ!?」
「マジでー!?」
「本当ならすげーな。目立つでしょ」
ピンクの巨漢の告白には、みどりと累以上に皆本気で驚き、かつ疑ってもいた。インパクトは向こうの勝ちだなと、みどりは心底思う。
「一応調和ポイント上げが最大の目的だから、その目的に沿う形で動いてね。そんなに難しいことでもないから」
「らじゃっ」
「は、はい」
「わかりました」
先輩プレイヤーに念押しされて、新規三人組がそれぞれ返事をする。
「あれ? 今調和ポイント上がった?」
みどりが訝しげな顔になる。
「チャットでの確認と返事で、一回はポイント入るんだよ」
先輩が教えてくれる。
「予習不足だったよ。でもそれだけでもいいんだね」
「このゲーム、たまにすごい人がいて、ろくに挨拶も返事もしなかたり、何言っても『おまかせ』としか言わない人もいるからね~。このコンテンツしようとする人は、比較的会話してくれる人が多い傾向だけど」
苦笑気味に、ゲームの実情を語る先輩。
「調和、闘争、孤高の三つは、放置しとくと自然に下がっていくから、定期的に稼ぐ必要あるしね。上限も物凄く高いし、上限に近づくほど下がる速度が速いから大変だよ」
「ふえぇ~、そうやってゲームに縛りつけておく仕組みかあ……」
こうしたシステムを、みどりは他のゲームでも見たことがあるが、あまり好きではない。課金ゲームにわりとありがちな、半ば義務付けられているかのような仕組みで、日々のプレイを促している事に、抵抗を覚えるのだ。
その後六人はチャットを交えながら、ダンジョンの奥へと向かい、時折戦闘をしたり仕掛けを解いたりしつつ、経験値や調和ポイントを上げ、やがてクリアした。
累もできる限り会話に加わろうとして頑張っていたが、みどりの目から見て、あまりナチュラルではないように見受けられた。
「背伸びしている感が否めないのは事実です……」
パーティーを解散し、元の場所に戻った所で、気疲れした面持ちで累は言った。
「慣れだよ、慣れ。積み重ねていけば、それが自然になるって。ていうか御先祖様だって、それはわかってるでしょ~? 最初から対人恐怖症だったわけじゃないんだしさァ」
「ええ。理屈ではなく感情面でおかしくなっているのですから、その感情を抑えるには、体験を繰り返し――」
累の言葉は途中で止まった。
ゆるんでいたみどりの表情も、引き締まる。異質な霊気を感じ取ったからだ。
「これが電霊ですか?」
累が訝る。二人の前で、一人の女性の霊が姿を現した。怨念やら敵意のようなものは感じられない。
「ふわぁぁ……感覚としては地縛霊っぽいよ」
対峙しただけで、みどりは霊の性質を見抜く。
「あなた達、雪岡純子さんとお知り合いですか? メールを送ったのは私です」
女性の霊が問いかける。魂の残り香で、自分達が純子の知り合いだとわかったのであろうと、みどりと累は察する。
「私、三浦明日香と言います。雪岡さんに依頼した電霊です」
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