第十六章 9

 純子達はビッグマウスと共に、ようやく町の外へと出た。


「兎とか羊とか鳥とかいるな」

 町の外の平原を歩きながら、真が言う。


「アレは立派なモンスターね。ノンアクティヴだから襲ってはこないケドネ」

 と、ビッグマウス。


「モンスターというより、動物にしか見えないけど。戦っていいのか?」

「別にイイケド、もうお遣いクエストでレベル上げすぎちゃったミタイだし、ここら辺の敵じゃ、真の方がずっと強いカラ、経験値入らないヨ」

「戦闘がどんな感覚かだけ知りたい」


 そんなわけで真が抜刀し、近くにいる羊に殴りかかる。ゲームとはいえ、襲ってこない草食動物を殴りに行くのはやや抵抗を感じる。

 斬撃の確かな手応えと共に、斬ったエフェクトが一瞬出たかと思うと、羊はメエーと哀しげな声をあげ、一発で死んだ


「確かにこれじゃわからないな」


 溜息をつき、真は倒れた羊を見下ろす。辛そうな顔で横たわり、ひくひくと痙攣している羊がやけに生々しくリアルだ。


「何か可哀想じゃね? ゲームとはいえ、『グリムペニス』とかこれ見たらすごく怒りそうよ」


 動物保護と環境保護を掲げる団体の名を口にだし、苦笑するみどり。


「最初は私も結構抵抗感じたけど、まあすぐ慣れるよ」

「慣れたいとも思わないが」


 純子の言葉に対し、真がぽつりと呟く。


「ちゃんと戦闘できるエリアに行くカラ、少し辛抱ヨ」


 ビッグマウスに促され、五人は移動を再開する。


 歩きながら、純子とビッグマウスの二人がかりで、このゲーム独自の要素――『調和』『闘争』『孤高』というパラメーターも説明してもらった。これは純子が引退した後、最後の大型バージョンアップで実装された新要素とのことである。


 まず調和。調和の数字が低いと、仲間からの回復魔法や支援魔法の効果が減り、高いと通常より上がる。強制絆システムと呼ばれる要素であり、悪いことをすると、他のプレイヤーから減点評価を受けてどんどん下がる。例えばPTでの振舞いの悪さやPKなど。また、このパラメーターの数字が、低い人は信用もされなくなる

 次に闘争。対人戦要素。突発的なプレイヤーキル (PK)、試合形式のプレイヤー対プレイヤー (PvP)などといった対人戦において、様々な有利要素がつく。対人戦で勝利すると上がる。負けた場合は、上がるか下がるか変わらないかが、ランダムで決まる。そのためにわざと負ける人はいないが、負けても必ずしも失うわけではない。能力自体は上昇せず、PKやPvPにおける制限、利便性、報酬に影響。レベルの低い相手をPKすると一気に下がる。

 最後の孤高。調和とは逆にパラメーターであり、様々なソロ活動を行うことで、自己強化、自己回復が強くなる。調和と異なり、ソロでの利便性や報酬の良さなども優位になる。


「孤高以外は、プレイヤー関係の要素って感じかなあ」

 と、純子が感想を口にする。


「謎の超巨大生物マラソンでも、その要素は関係してくるのかな?」

「ソレはわからないネ。そのイベントがどういうものか、名前だけで、全く情報でてナイヨ」

「まあ、付け焼刃で上げられるパラメーターじゃないようだし、復帰組もいるから、それを絡めてくるとは思えないけど」

「フォーラム戦士に、上から目線の廃人層がいて、その要素入れろとフォーラムでウルサイネ。たとえイベントだろうと、復帰組みと現役組で差別シロ言うネ」

「相変わらず自分のことしか考えてない人達だねえ」

「ニャントンはソレに反対してるけどネ。オススメ11というゲームそのもののことを考えて、復帰組も平等に楽しめるようにしろと主張してて、その辺は好感もてるヨ」


 純子とビッグマウスの熟練プレイヤー二人だけで、会話に華を咲かせる。残り三人は、何のことかわからぬまま、話を聞いている。


「トコロで真は戦士するノ? 前衛アタッカーが良いノ?」


 ビッグマウスはその意識があったようで、途中で会話を中断し、真の方へと話を振る。


「何か問題あるのか?」

「好きなのスルがいいワヨ。デモ前衛――近接アタッカーはいろいろ厳しいゲームなノヨ」

 言葉を濁すビッグマウス。


「フォーラム戦士とかいう、気の触れた連中が主張していたあれか。適材適所なんじゃないか? ジョブは変えられるようだから、戦士が駄目な局面は、別のを出すとか」

「そう割り切るコトできるのナラ、構わないノヨネ。できない人も結構イルから、心配して確認したかったノ」


 真の言葉を聞いて、ビッグマウスは安心したようであった。


「盾役(タンク)とかやりがいがあって面白いよー」

 純子が真の方を見て言う。


「盾役は責任重大で大変でもアルネ。野良だと心無い人ガ、失敗して敗北した際に、盾役のセイだと罵倒するコトもアルのヨ。要注意ネ」


 付け加えるビッグマウス。好きなのをやれと言いつつ、ネガ発言も多いように、新規三人組には感じられた。


「このゲームは盾、アタッカー、回復、支援の四種類ですか?」

 ゲームそのものをあまりしたことのない累が問う。しかし多少はちゃんと独自に調べていた。


「大体そうだねえ。支援ジョブは回復ジョブとちょっとかぶっているし、支援と言っても、プレイヤーを強化するのが得意なバッファーと、敵を弱体するのが得意なデバッファーとで、また別れるし。アタッカーには近接物理、遠隔物理、魔法の三種類があるけどね。魔法アタッカーの黒魔法使いは、物理攻撃の通りにくい敵に有効で、範囲攻撃や瞬間的なダメージが強いけど、攻撃にMPが必要で、MP切れると何もできないから、継続的な戦闘はやや苦手だったりするけど」


 より深く突っこんで解説する純子だが、事前に口で説明されるより、実際に何度もプレイしていくうちに、自然とわかっていくものなんだろうなと、累は思った。


 その後五人は、低レベル向けのダンジョンにて、ひたすら暴走するNPCを護衛するという、いささか厄介なコンテンツに臨むこととなった。


「今から呼び出すNPC、暴走してアクティヴの敵に絡まれまくるカラ、絡んだ敵を片っ端から殺すか、絡まれる前に殺すかシテ、NPCを守りきるノヨ」


 そう言うなり、ビッグマウスが糞喰陰険小人のNPCを呼び出した。


『うんこっこー! あっちに伝説のうんこがあるーっ! 俺はそれを食いにいくーっ!』


 呼び出されたNPCが気色悪いことを叫び、勝手に進みだす。

 五人が後を追い、次々と絡んでくる敵と戦っているうちに、NPCはどんどん先に進み、新たに敵に絡まれと、大忙しの内容であったが、新人三人はうまいこと動いて、これを見事クリアーした。


「初めてなのに手際良くて驚いたワー。三人共、順応力スゴイヨ」

 褒め称えるビッグマウス。


「えっと……ちょっと純子や朱美達と離れて行動していいですか?」

 累が申し訳なさそうに言う。


「どうも……いつまでも経験者に手を引っ張られ続けるというのが、自由にできないのが、その……」

「言いたいことはわかるけど、まさか累君の口からその発言が出るとは思わなかったよー」


 意外そうに累を見つつも、感心気味に微笑む純子。


「へーい、あたしも御先祖様と同意見だよォ~。あたしも御先祖様についていっていい? それとも御先祖様、一人がいい?」

「いえ……一人になりたいわけではないですし、一緒に来てくれるのは構いません」


 ちらちらと真の方を見ながら累。しかし真はそれを知りつつ、そっぽを向いたまま。


「それじゃ私もココイラでお暇シマスヨー。何かあったらうちのギルドに頼るとイイネ。ああ、マキヒメもうちでがんばってくれてイルね。彼女は自分の遊びばかり夢中ナ廃人言われてるケド、そんなこと全然ナイヨ」

「知ってるよー。マキヒメちゃんともよく遊んだし」


 古い友人の名を出され、懐かしそうに微笑む純子だった。

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