第十六章 6
引き続き純子達は、町の外に冒険に出かけることもなく、町の中でお遣いマラソンをしながら経験値を貯めていた。
特定のアイテムをもってこいと言われるクエストは、純子がネナベオージのキャラから金を引き出して、金で人数分買って渡して消化した。
「つまらないなー。いつまでこれ続けるんだよ。効率悪くてもいいから、少しは外で敵と戦いたいよ」
真がもろに不満そうな表情で、不服を訴える。
(おおおおおっ、可愛い……)
リアルと違い、表情豊かになっている真を見て、にまにまする純子。リアルではいつも無表情であるものの、感情面は人一倍豊かなので、それらがストレートに反映する設定のこの仮想世界では、表情の変化が著しい。
「何ニヤニヤしてるんだ、気持ち悪いな」
「いやいや、別に~」
そんな純子を見て嫌そうな顔になる真を見て、ますます胸をときめかす純子。
(昔、この子が表情を取り戻すように頑張るって話もあったけど、それも宙に浮いたままになっちゃってるねえ。この世界では表情出まくりってことは、感情を外に出すまいとする強迫観念が、表情筋に作用しているのかな? そう考えると催眠治療か何かでもどうにかなりそうだし、催眠治療で駄目なら、表情筋自体が、使わなさ過ぎて鈍くなってる可能性もあるから、鍛える訓練もいるかも。あるいはいっそ手術でもいいかな。機会があったらこの話をもちかけよう)
今この話をしても、真の方が自分の感情表現の改善云々の件を完全にどこかにやってしまっているので、応じない気がする。
「この町だけではお使いクエストマラソンも回数の限界があるから、他の町にも行かないとね。で、他の町には歩いて行かないと駄目なんだ。一度他の町に行きさえすれば、後はワープでいいみたいだけどね」
かつて純子がプレイしていた際には、町同士で自由にワープはできない仕様であった。
「他の町に行っても……まだこれ……やるんですか?」
累がげんなりした表情になる。
「いやー、最初だけの辛抱だから。ある程度レベル上がったら、あとは実際に敵と戦って稼いだ方がよくなから」
真と累が明らかにつまらなさそうにしているのを見て、純子も困る。みどりは完全にもう割り切っているようで、済ました顔をしている。
(真君や累君はこうしたゲーム向かないのかなあ。みどりちゃんは向いている感あるかも)
まだ判断するには早いが、何となくそう思う純子。
「へーい、純姉、あれは何の集会? 何か皆して必死な形相してるけど」
お遣いマラソン途中、町中の広間で大勢のプレイヤーが集まって、皆一様に険悪な顔で口々に喚いているのを指すみどり。
「あー……あれは……あまり関わりあいにならない方がいい集団かなあ」
純子にしては珍しく、声のトーンを落として、露骨に避けようとする構えをとる。
「純姉にそう言われるとあたし、すっごく興味がわいちゃうんですけどぉ~?」
「フォーラム戦士の集会だよ。あるいはデモに向かうところなのかなー」
「フォーラム戦士?」
みどりが尋ねた直後、四人が集団の方を見ているのに気付いて、通りすがりのプレイヤーが声をかけてきた。
「む、君達は揃って新規の人かい? あんな連中と関わらない方がいい。まあ新規だと、彼等が何を言っているのか、理解もできないと思うけど」
通りがかりの人にまでそんな風に注意されるとは、余程剣呑な集団なのかと、ますます興味を覚えるみどり、真、累の三名。
「そんなろくでもない集団なのか?」
「まあ彼等の話を聞いていればわかると思う」
真に尋ねられ、純子は諦めたように息を吐き、促す。集団に近づく四人。
「というわけでっ、我々近接アタッカーの居場所はどこにもありませんっ」
「強敵相手だと近づくだけで、盾役以外は敵の攻撃一発で昇天だからな。そうでなくても回復の手間が増えるから、白魔法使い等の後衛には超嫌われる」
「ひどいよね。ボクチンの必殺剣より、弓だの魔法だのの方が強くて役立つという風潮、どう考えても狂ってる」
「そーだそーだ。ファンタジーの主役は剣であるべきだおーっ」
「同感にゃー。遠隔攻撃が主流とか、盾役が敵の攻撃受け止めて頑張るとか、どう見てもファンタジーっぽくないにゃー。剣を持ったアタッカーが敵相手に無双しか認めないにゃー。もちろん攻撃もかわしまくりで」
「そもそも敵が強すぎるから悪いんですよっ」
あれやれこれやと必死に主張する彼等の言い分を聞いて、真、累、みどりも、何を訴えているか、大体把握した。
「ようするに、特定のジョブが役立たずだから居場所が欲しいと、訴えているのか」
と、真。
「そういうことだねー。適材適所だと私は思うけどね」
声を潜めて、かつ表現も抑えたつもりで、純子は言う。
「つまりこれって決起集会みたいなもん?」
みどりが尋ねる。
「そんな感じかな」
早く離れたいと思いつつ、純子が答えたその時――
「お前らまだ言ってるのかよ、いい加減にしろよっ」
数名の後衛風のいでたちのプレイヤーが現れ、先に騒いでいた集団につっかかった。
「お前等は雑魚多数出てくるバトルでは連戦できるだろ」
「そーだよ、盾役いらずの弱めのボス敵相手とかなら、それこそ近接アタッカーのほうが有効だし、出番無いわけではないのに、何言ってやがる」
「そもそもどこでも貴方達近接アタッカーが一番有効なら、盾役も遠隔攻撃も不要になるでしょ。お互い有利不利はあるじゃないですか」
現れた集団が意見をぶつけると、先に騒いでいた集団の顔が怒りに歪む。
「なんだとーっ! 廃コンテンツでいつも役立ってるからって偉そうに!」
「ボクチン達だって、格上の強敵相手にズババーンって格好よく決めたいんだーっ! ボクチン! ボクチン!」
「そーだそーだっ、ボクチンの伝説の突きすらーっしゅが弓や魔法に劣るなんておかしいもん! ボクチン! ボクチン! ボクチン!」
「やりたくもないジョブで参加は疲れたにゃー。全ての敵相手に無双オレツエーしてモテモテになりたいだけにゃー。それを何でわかってくれないにゃー」
一斉に猛反発する先にいた集団。
「後からやってきた連中の方に分があるというか、一理ある気がする」
真が言った。加えて、最初にいた集団は共感できる部分もあるが、身勝手極まりない主張としか思えないことも口にしている。
ついでに言うと最初にいた集団は、皆どこか顔つきが幼く見える。どんなにイケメンフェイスであろうとも、目が白痴的にとろんとしていたり、口元がだらしなく半開きであったり、表情にしまりがない。内面の人間性も、このゲームではリアルより如実に反映してしまうようだ。
「そうなんだけど、近接アタッカーしたがる人の方が多いのも事実だし、声が大きいんだよね。だから後から現れた人達も、その声の大きい要求が通りやすいんじゃないかと、必死なんだよ」
純子がフォロー気味に解説する。純子は近接アタッカーのジョブを多数持っているし、盾や魔法アタッカーや遠隔アタッカーもこなすので、どちらの気持ちも理解できる。
「で、フォーラム戦士ってどういうこと?」
質問するみどり。
「ある時を境に、このゲームに公式フォーラムってのができてねー。人目について、記録にも残る場所で、開発に不満や要望を訴えたり、皆でゲームについて語ったりする場所。ようするに公式掲示板みたいなものかな。そうしたら一部の声の大きい人達がここぞとばかりに、自分の理想とするゲームを主張しまくったり、クレーマー気質な人達が文句ばかりぶつけたり、自分のジョブだけ活躍できれば他はどうでもいいという人が大暴れしたりと、もう散々な有様になってさー」
「それがこいつらか」
侮蔑まるだしの表情で、激しく言い合う集団を見る真。
「うん。で、フォーラムだけでなく、こうしてゲームの中でも政治活動っぽく集団化して、集会したりデモしたりしているんで、揶揄を込めてフォーラムで戦うフォーラム戦士って呼び名がついたんだよ」
純子が避け、通りすがりの人にまで警告された理由が、わかった気がする三人であった。
「幾つもの派閥に分かれているし、全く異なるテーマということで複数の派閥に所属することもあるし、昨日の味方が明日は敵になることもあるんだ。それとね、主張云々以前に、フォーラムの存在やフォーラム戦士全てを敵視する勢力もあるんだよ。プレイヤーがいちいち開発に要求なんかせずに、与えられたゲームを文句なんて言わずにやればいいっていう考えね」
「それはまたそれで極端よね」
微苦笑を浮かべるみどり。
「コノ鯖の最強廃人の一人デあるニャントンは、マサにその考えネ」
不意に声がかかる。どこかで聞いた喋り方だと真は思った。
「お帰りナサイ、純子。テイウカ何なのヨ、その姿は。しかも真や累までいるシ」
声の方を向くと見たことも無い女性がいた。種族は人間だ。
「ひょっとして朱美さん?」
累が尋ねると、女性がにっこりと笑って頷く。
朱美は、純子のマウスの一人であり、強力な回復能力を持っているため、真も何度か世話になっている。元はインド人で水商売をしていたが、今は結婚して専業主婦となり、日本国籍も取得して、小田原朱美という名に改名もしている。
「ここでの名前はビッグマウスと言うネ。新規プレイヤーや、復帰組の手助けをしてイルのヨ。ようこそ、オススメ11に」
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