第十六章 5

 オススメ11は現在八つのサーバーが稼動しており、プレイヤーは基本的に同じサーバーで遊び続ける。サーバー移転をするには、リアルマネーを払うことになるので、よほどの事情でもない限り、移転する者はいない。


 ピンク鯖という呼び名のサーバーで遊ぶプレイヤーの多くが、彼の名を知っていた。所謂トッププレイヤー――トップ廃人の一人である。常に最新最高の装備を真っ先に揃え、バージョンアップで新たに追加される、難易度の高い強敵やコンテンツも、すぐさま攻略してきた彼は、注目と羨望と嫉妬の念を受け続けてきた。

 ニャントンという名のそのプレイヤーは、オススメ11の中において、自分が常に最高峰プレイヤーの一人であることに、激しく執着していた。


 たかがネトゲに入れ込んでいる廃人のくせに――と、嘲る者は多くいたが、その嘲る者からして全て、同じネトゲに入れ込んでいる廃人らである。彼等がニャントンをやっかんでいるだけであることは、明白だった。彼等とて本心は、ニャントンが持つ廃装備が羨ましいし、ゲームの中で「すげー」といわれたい願望を誰よりも強くもっている。

 そしてニャントンもその事を見抜いているので、彼はいくら晒されても叩かれても、それらの行為を受ける事を痛痒に感じず、逆に心地好さすら覚えていた。


 ニャントンのリアルネームは鎌倉陽介。学生時代にいじめを受けた反動でネトゲに没頭し、今やもうオススメ11のことしか考えられない状態で、日々を過ごしている。それは運営会社の屑工二がこのゲームに半ば見切りをつけ、大規模なバージョンアップが行われなくなった後もずっと変わらない。

 既存の敵やコンテンツを使いまわしているものの、装備品だけは新たに追加され続けているために、ニャントンの熱が冷めることはない。その姿勢には嫉妬を超えて、感心する者さえ出るようになった。


 そんなニャントンに、ある噂が流れている。


 ニャントンが活動する際、彼の周囲には常に同じプレイヤーが連れ添って動いている。

 有力廃人に取り巻きがいるのは珍しいことではない。おこぼれに預かるために言いなりになるという関係だ。しかしニャントンのその取り巻きは、一目で異様とわかる者達であった。

 全員表情が無い。このヴァーチャルゲームでは、感情表現がストレートに表に出るので、これだけ見ても、実におかしな話だ。

 そしてニャントンの取り巻きは、常に同じメンバーばかりで、常にニャントンの行動に合わせている。多少の入れ替わりはもちろんあるが、それにしてもあまりにいつも行動をともにしすぎていて、それが不気味がられている。


 ある時から、オススメ11のピンク鯖では、こんな噂が流れるようになっていた。この鯖には、電霊がプレイヤーとして活動していると。そしてニャントンのプレイヤーの取り巻きは全て、電霊であると。


 電霊――それは電脳世界の中に霊が迷い込むか取り憑く霊という、都市伝説の一種であるが、実際に電霊にまつわるエピソードは非常に多く、信じる者もかなりいる。


 ニャントンは、昔からの付き合いであるプレイヤー達からこの噂について問われた時、否定せずに堂々と肯定している。自分は電霊を意のままに操り、自分に奉仕させていると。

 あまりに堂々としているため、ニャントンの知り合い達は、嘘なのか本当なのかあるいはニャントンの気が狂ったのか、判断に困るほどであった。

 実際の真実はというと、イエスだ。ニャントンは確かに電霊を使役している。電霊を生み出し、さらには操る力を手に入れている。


 ニャントンが電霊を使役する理由の一つは、自分がこの鯖で最高のプレイヤーでいるためだ。


 現在のオススメ11は、レアアイテムを取るためのゲームと言っても過言ではない。よりレアで強力な装備品を取得することが、トッププレイヤーとしてのステータスの高さに繋がる。

 だがそのためには、より難易度の高いコンテンツや敵に、多人数のPT(パーティー)プレイで挑むことになるし、誰もがそのアイテムを欲しがっている。

 オススメ11というネットゲームは基本的に、一人で何でもかんでもできるわけではなく、どうしても多人数のPTプレイが必要になる事が多い。そのためには相互協力が必要になる。

 PTパーティーを組んで強敵を倒し、その強敵が落としたレアアイテムがメンバー全員に手に入るわけではなく、一つだけであることも多々なので、その一つを巡ってメンバー同士で、ランダムに取り合いをする仕組みになっている。もちろんランダムにせずに、任意のプレイヤーが受け取ることも可能だ。


 そんなゲームで、自分に絶対服従するプレイヤーが何人もいて、自分の欲しいもののためだけに働かせ、自分が欲しいアイテムはまず自分に優先して取得させる事が出来たとしたら、これほど絶対的な優位性は無い。

 また、多人数プレイが人用な際にも人員を集める手間も無ければ、相互協力の必要も無く、さらには自分以外がヘマをして失敗するという事も無い。


 電霊を自由に操り、彼等をプレイヤーキャラクターに憑かせて動かすことができれば、本来一人のプレイヤーにつき一人のキャラクターしか動かせない、このヴァーチャルトリップ型のネットゲームにおいて、計り知れない行動の自由さと、希望品取得の優位性を手に入れることができるのだ。


 電霊を使役するようになって、他者との接触が若干減ったニャントンであるが、それでも常に一人きりでいるのも寂しいので、彼は『ギルド』というものにもちゃんと所属している。ようするにゲーム内の仲良し集団だ。

 ニャントンの所属するギルドは、当然廃人ばかりであり、長年ニャントンとともに行動してきたが、最近はすっかり行動を別にしていた。ニャントンが電霊と共に全て済ましているからだ。しかしギルドに所属していれば、ゲーム内のどんな場所にいても、ギルドメンバー同士で会話ができるようになっている。


「ニャントン、ビッグマウスと会ったって聞いたけど、何のため?」


 メンバーの一人が、ニャントンに話しかけた。彼はニャントンの側にいるわけではない。ゲームの中にいればどこでもギルドメンバーと会話可能な、ギルド専用会話だ。


「会ったんじゃない。これから会うんだよ。例のイベント――謎の超巨大生物マラソンに関してな」


 そう答えるニャントン。彼の操るキャラは、低脳発情猫という猫耳猫尻尾がついている種族の女性であるが、口調は常に男のそれだ。男性プレイヤーの中には、女性キャラクターを使う際には、女性の振りをする者もいるし、またその逆もあるが、ニャントンはそのようなことはしなかった。


『ドウモ。こちらからテルさせてもらたネ』


 明らかに日本人ではないイントネーションで、ニャントンにだけ聴こえる声がかかった。


「どこにいる? 向かう」


 ニャントンも、相手にのみ聴こえるテルという会話仕様を用いて答える。


『エット、糞喰陰険小人之森国の――』


 相手の告げた場所へと向かうニャントン。同じ場所にいなくてもテルで会話できるが、あまり親しくない者同士で大事な話をするとあれば、直に会うのが礼儀というものだろう。

 ニャントンと会ったのは、無個性八方美人人間という、容姿は普通の人間と全く変わらない種族の女性だった。


「ワザワザ来てもらって悪いデスネ」


 彼女のプレイヤー名はビッグマウス。中の人は日本に帰化した元インド人だという。


 彼女もまた鯖の有力廃人の一人であり、有名人であった。しかし彼女が有名なのは、廃人であるという理由だけではない。彼女は復帰組新規組支援組織というものを率いるリーダーであるのだ。

 復帰組新規組支援組織は文字通り、このオススメ11から遠ざかっていたプレイヤーや、あるいは新規プレイヤーを手助けするための、ボランティア活動を行っているギルドである。

 衰退の著しいこのゲームにおいて、そうした活動を起こしているビッグマウスに対しては、尊大なニャントンですらも一目置いていた。


「いや、話があるのはこっちだしな。時間が惜しいからさっさと済ませたい。謎の超巨大生物マラソンをする際、あんたが率いる復帰組新規組支援組織はどうするんだ? やっぱり管理組合の言いなりになるのか?」

「それはモチロンそうヨ。争いごとはゴメンだしネ」


 ビッグマウスの答えに、即答するビッグマウス。


「俺としては、管理組合に安易に与さないで欲しいんだがなあ。あんたの組織が奴等の言いなりになるとあれば、ますます奴等が調子づく」

「デモ、新規や復帰組の人達に、不快感味あわせたくナイヨ。管理組合に目つけラレレバ、悪いこと起きそうネ」


 難色を示すニャントンと、困った風に言うビッグマウス。


「わかった。その確認だけ取れればいい。呼び出して済まなかった」

「イエイエ」


 諦めて折れるニャントン。彼が一目置くビッグマウスが、彼が敵視する管理組合という集団と協調するのかどうか、その確認がしたかっただけであった。極めて手短ではあったが、ニャントンにとっては大事な話だ。


(謎の超巨大生物マラソン――管理組合に邪魔されてなるものか)


 五年ぶりのバージョンアップで開催されるイベントを、ニャントンは楽しみにしていた。どんなイベントになるかはわからないが、そこで自分の存在感を徹底的にアピールしまくってやろうと心に決めていた。

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