第十六章 2
電霊は電霊こっくりさんで表示された文章通り、己を三浦明日香と名乗った。
「私のかつての恋人だったプレイヤー茅ヶ崎育夫が、私と同じように電霊となり、この世界にいます。彼はオススメ11のプレイヤーを増やすために、電霊となって得た能力を用いて、恐ろしい行為を働いています」
「電霊になって、超常の力を身につけたってこと?」
「はい。育夫はドリームバンドを通じて、このゲームのプレイヤーの超常の力を引き出すという能力を手に入れました」
明日香の話を聞いて、純子は驚いた。それはかつて純子が行っていた行為だが、他人の超常の力を引き出すことができる能力など、前代未聞だ。
「それはどんな能力であるか、固定されているのー?」
「一つは固定され、もう一つはランダムです。同じ人間に複数の能力を目覚めさせ目事もできます。固定の方が特に問題ですね。生きている生身の人間から霊を引き剥がし、電霊として従えさせるという能力です」
明日香の話に、驚きを越えて興奮すら覚える純子。武者震いのような感覚で、手足がぶるぶると震えている。
「それはすごいねえ。プレイヤーを増やすっていうのは、電霊をこのゲームのプレイヤーにしているってこと? んで、プレイヤーを増やすことで、このゲームを維持するか、また蘇らせようってわけだ」
「はい。育夫の考えに同調した人に能力を与え、彼等がリアルで電霊を量産しているのです」
今度は明日香の方が純子に驚いていた。純子の洞察力に。
「んー……妙だねえ。君は今、プレイヤーではないよね? いや……今現れている君は、プレイヤーキャラではないよね?」
明日香は文字通りの霊体であるようにしか、純子には見えない。
「電霊はゲームそのものには大して干渉できないんじゃない? 少なくともプレイヤーキャラクターを操作はできないような? でも噂では、確かにこの鯖には、電霊プレイヤーが存在しているって話だねえ」
このゲームを起動させてキャラクターを動かすには、ドリームバンドが必要である。つまり生身の肉体が無いと始まらない。電脳空間にのみ現れる電霊が、ゲーム内のキャラを動かすなど、この時点で不可能だ。さらに言うなら、このゲームは月額課金の従量制だ。一体誰が課金してプレイヤーを増やすというのか。
「その辺は私にもわからないのですが、育夫とその協力者達が、電霊を量産してプレイヤーを増やしているのは確かです」
「んー……」
噂になっているのは事実であるし、明日香が嘘をついているようにも思えない。電霊がプレイヤーキャラを動かしているとなると、すでに辞めてしまった既存のプレイヤーに電霊を憑依させて、操っているとも考えられるが、それもあくまで推測の域だ。
「で、その事態を解決してほしいと? 恋人の悪行を止めてほしいと?」
「育夫は元恋人です。私は彼に殺されました。私も彼を殺し、刺し違えた格好になりましたが。で、気がついたら二人ともこの空間に霊として存在していたのです」
「電霊っていうのは一種の地縛霊だからねえ。それにしても二人一緒とか珍しいケースだよ。で、明日香ちゃんは何か超常の力もってるの?」
「いえ、私は何も……。育夫だけが死後、力を所有していました」
それは残念と思い、軽く息を吐く純子。ただの電霊を実験台にするより、特別レアな超常の力を覚醒させた育夫とやらの方こそ、研究材料兼実験台にしたいところであった。
「もし、育夫君が私に敵対行為を働いたら、私ルールで彼を実験台にするよ? それでもいい?」
「はい、構いません、あんな奴」
確認する純子に憎悪を込めて答える明日香。
それを聞いて、純子は憎らしげな笑みを広げる。糞喰陰険小人という、見た目が幼児な種族であるがため、リアルと同じ表情を作ろうとしたにも関わらず、いつもの純子の屈託のない笑みとはかけはなれた代物となってしまっていた。純子自身は気付いていないが。
「じゃあ交渉成立。面白そうだし、のってあげるよ」
「ありがとうございますっ。しかしお気をつけください。育夫とその協力者の力は計り知れないものですから」
「へー、ますます面白そうだねー」
礼を述べる明日香に、純子は笑顔のまま言うと、ログアウトしてリアルへと戻った。
***
現実へと戻った純子は、リビングに真とみどりと累を呼び、事の次第を説明した。蔵は休日で、研究所を空けていた。
「ふわぁぁ、純姉がネトゲ廃人だったとか、意外っつーか、しっくりくるっつーか。でも確かに面白そうじゃん?」
みどりがにかっと歯を見せて笑う。
「その霊の話……信じて乗るのですか?」
「うん、嘘はついていないみたいだし、うまくいけばその育夫君の方も、実験台にできるかもしれないしねえ」
累の問いに、嬉しそうに答える純子。
「トリップゲームはやったことないなあ。正直ちょっと抵抗がある」
と、真。
「適切なプレイ時間を守りさえすれば、体に悪影響が出るようなことは無いから心配しなくていいよー。もちろん睡眠も削ってやるとかなると、話は別だけどね。休憩はそれなりに挟んだ方がいいと思う。自分でも気がつかない領域で、普通のゲーム以上に疲れるからね」
「その気付かない領域で普通以上に疲れるって所が怖いんだが」
「まあリアル基準に動く感じで、無理しない程度にやった方がいいかなー。誰だって一日一回は寝るでしょー?」
いつも徹夜して不規則な生活送っているお前が言っても説得力無い――と思いつつも、真は口にしなかった。
「あたしはやるー。真兄と御先祖様もおいでよぉ~」
「僕もこいつの監視のためにやってみるが、累は来れるのか?」
真が言い、三人の視線が引きこもり美少年へと集中する。
「たまには……そういうのもいいかもしれませんね。僕の対人恐怖症の……克服のためにも、ちょっと頑張ってみます」
照れくさそうに微笑み、累は思い切って宣言する。
「イェアー、御先祖様、よく言った! 偉い!」
「うん、勇気をもって前に進み出ようとするその姿勢は大事だ。何かあっても、僕とみどりでちゃんと支えて守ってやるから、安心していい」
「あの……私は……?」
累に向かって、みどりと真がそれぞれ力強い声をかける。純子は自分が省かれた事に、苦笑いを浮かべていた。
「それじゃあ、四人でオススメ11に電霊の謎を解きに行くってことでいいねー。蔵さんが来たら蔵さんも誘おう。雫野流妖術があれば、霊に対する対処もばっちりだろうしねえ」
「そいつはどうかなー。あたしらの術、バーチャルスペースでもちゃんと作用するかどうかは、わからないぜィ」
純子の言葉に、疑問を挟むみどり。
「んー、どうしてそう思うのー?」
「みどりも昔トリップゲームしたことあるんだよね。物理作用の働く妖術が使えないのはもちろんとして、霊的な作用をもたらす術は物理に縛られない分、仮想世界でも作用しそうなものなのに、感覚的にこれは効果薄いんじゃないかなーと思ったんだわさ。その理由はうまく説明できないけどね~」
「そっかー、でももし遭遇したら、試してみてよ。あ、成仏させちゃ駄目だよー」
「成仏させれば解決するのに、成仏させちゃ駄目ってどういうことよ」
純子の注意の意図を知りながらも、みどりはそう言い返して笑う。どうせ実験台に使おうという腹積もりだろうと。
「じゃ、ドリームバンドを人数分用意して、アカウントの手続きもしよう。オススメ11のゲームの概要もさらっと説明するねー」
かつて自分が入れ込んだネトゲを、真達と一緒にまたプレイするというシチュエーションに、ウキウキしながら解説し始める純子であった。
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