第十六章 ネトゲ廃人になって遊ぼう
第十六章 プロローグ
五つの序章
子供の頃の厚木真紀は、自己主張が乏しく、親の手を煩わせない大人しい子だった。そのうえ四人兄弟の末娘であり、長女と長兄が問題児ということもあって、親の関心があまり真紀に向かなかったのである。
真紀は密かにそれを寂しいと感じていたし、もっと構って欲しいという気持ちが強くあった。しかし口にはできずにいた。
大人しすぎる性質のせいか、小学生時代、真紀には友人ができなかった。
自分以外の皆は楽しそうにしているのに、真紀は楽しくない。一人ぽつんと疎外感を味わいながら、休み時間は無為に時間を過ごす。
つまらない時間を過ごしているという意識はあったし、他の子供達が羨ましいという気持ちも常にあった。
中学にあがった頃、幸いにも友人と呼べるものもできた一方で、クラスでいじめが起こった。いじめられていたのは真紀ではなく、別の生徒だ。
いじめられているクラスメイトを見てほっとしていた。彼女がいなかったら、自分が代わりにいじめられていたのではないかと思ったからである。
そのクラスメイトが自殺した後、いじめていた女子の一人も罪悪感で後追い自殺をした。聞けば彼女も昔いじめられていて、自分がいじめる側になればいじめられないと思って、率先していじめる側に回っていたという。
他のいじめていた子は一転していい子になった。いじめの事実など無かったように、日々を笑って過ごしていた。きっと胸の奥にしまいこみ、出さないように気をつけながら、幸福な人生を送る事を心がけるだろう。
大学にあがった時、彼氏ができた。初めてまともに人と付き合うことが出来たと喜ぶ一方、自分のような冴えない女を選んだことが気になってもいた。もしかしたら自分以外の女性がいて、二股をかけられているのではないかと、悪い妄想を抱きながら付き合っていた。
結局それは真紀の思い込みに過ぎず、その悪い思い込みのせいで、真紀は彼氏相手に常に余所余所しく曖昧な態度を取り続け、疑心暗鬼をぶちまけるような言動を取るまでに至り、四ヶ月ほどで別れた。
その後、別れた彼氏が真紀の悪口をそこかしこで言いまくっていた事を知り、真紀はますます人間不信になっていった。
この世界は途轍もなく醜い。人は皆醜い。自分もその醜い人の一人。そう意識して人を避ける一方で、人にすがりたい、構って欲しいという気持ちも、真紀の中に強くある。
はっきりと言うのであれば、フィクションの中では腐るほどお目にかかる、人間の良い部分を信じたい。実際にそれを御目にかかって感じ取りたいと思っていた。別れた彼氏も最初はそれがあったのに、自分でブチ壊してしまったことを悔いていた。
普通に就職し、そこでも希薄な人間関係しか築けない真紀。人を信じたいのに信じられないという性質をいつまでも引きずるが故の、ひどくつまらない人生。
つまらないまま、人を信じられないまま、真紀は結婚することになった。二十代も後半になり、親にせっつかれての見合い結婚。
結婚は真紀の人生の地獄の幕開けとなり、楽園の発見にも繋がる。
それが八年前の話。
***
鎌倉陽介がこの世で二番目に恨むのは、ある人権派弁護士だ。
いじめ撲滅のため、全国の学校の校舎内に監視カメラとレコーダーを取りつけるという文科省の計画を、プライバシーがどうたら生徒の人権がどーたらと訴え、市民団体まで投入して煽って潰してくれた。
幸いその弁護士は、元いじめられっ子に一家まるごと惨殺されるという、陽介からすれば胸がスカっとする死にっぷりを晒している。しかしこいつがいなければ、自分も苦しむことは無かったとつくづく思う。
陽介は高校になるまでは、普通に過ごしてきた。自分がこうなるなんて、夢にも思わなかった。
「はい、よーすけちぁゃん、口開いてー。犬のうんこ、いっきま~すっ」
「おらっ、開けってんだよ! お前の大好きな糞を食わせてやるんだぞ!」
「ごちそうさま、ありがとうございますって、ちゃんと言えよ。言わなければもう一つ食わすぞ」
不良が二人がかりで陽介を仰向けに倒して押さえ、一人が陽介の口を開けにかかる。陽介は懸命に口を閉ざし、首を振りながら、上に乗って笑っている不良を睨む。
一体何で自分が唐突にイジメに標的になったのか、陽介には理由がさっぱりわからない。別にいじめやすい性質のネクラ気質でも無かったし、普通に過ごしていた。いじめの標的になった時から、友人は離れていった。
「おい、順子ぉ、こっちきて近年撮影しとけよ。鎌倉のうんこグルメの決定的瞬間が撮れるぜ。一生の思い出作ってやろうぜ」
「冗談じゃねーよ。そんなきたねーもん誰が映すか」
「本ト、いつまで経ってもやることガキだねえ。小学校の時から同じことしてるし」
不良らとつるんでいる馬鹿女グループがケラケラと笑う。腹立たしいことに、彼女らはクラスの中でも上位に入る可愛さがある。不良に惹かれる女子がいるのは理解しているが、そういうのは全てブスであればいいのに、陽介は忌々しげに思う。
学校が終われば、陽介には楽しいひと時が待っている。それまでの辛抱だと、陽介は自分に言い聞かせる。
その楽しいひと時のために、そして学校でのいじめにとうとう耐えられなくなり、陽介はいつしか登校するのをやめ、部屋の中に引きこもった。
陽介はネットゲームにハマっていた。オススメ11という名のそのゲームは、もうサービス開始してから何年も経っている、ヴァーチャル・リアリティー型のトリップゲームであり、ファンタジー世界を舞台にしたMMORPGであった。
引きこもってからの陽介は、オススメ11に全身全霊をかけて臨んだ。悪評も高いが、やりがいのあるゲームだと陽介は受け取っている。一つの装備品を取得するのに年単位の時間が必要になる事や、コネが必要になる事もある。
いつしか陽介は、鯖(サーバー)のトッププレイヤーの一人として見なされるようになった。ようするにトップクラスのネトゲ廃人となっていた。
陽介は自分がトップクラスの中の一人である事に固執した。現実よりずっと充実したこの世界を愛してやまなかった。一方で、過去に自分をいじめた連中への恨みも忘れなかった。それはイコール、世の中への恨みにも繋がった。
それが九年前の話。
***
三浦明日香は茅ヶ崎育夫と1DKのアパートに同棲していた。
二人には共通の趣味があった。オススメ11という名のトリップゲームだ。
しかし育夫がドップリとゲームにハマる一方で、明日香は次第にゲームから気持ちが離れていった。
ネットゲームは一つのゲームを延々と続けるために、度重なるバージョンアップによって、新しく遊べるコンテンツや魅力的な新アイテム、時にはイベントが追加されて、プレイヤーのゲームをする気持ちを繋ぎとめる。
しかしオススメ11のバージョンアップ内容は、お世辞にも良いとは言えない代物と、明日香は受けとっていた。
特に毎回うんざりするのはジョブ調整だ。このゲームは他のRPG同様に、戦士だのシーフだの黒魔法使いといった、定番のジョブ選択方式であるが、そのジョブに活躍するほどの出番があるかどうかは、開発側のさじ加減一つである。
特に攻撃が役割のジョブは複数存在し、役割がかぶっているため、調整は困難だ。結局一番DPSの強いアタッカーが選ばれるという結果になる。
一応、アタッカーも近接物理攻撃、遠隔物理攻撃、魔法攻撃といった感じで、役割がそれぞれ異なるものが存在する。しかしこのオススメ11は、考え無しに近接アタッカーばかり何種類も実装されている。そのため、バージョンアップのジョブ調整の度に、近接アタッカーの強弱が変化して、近接アタッカー同士が席の奪い合いをしている、カオスな状態であった。
自分が好きで上げたジョブが、パーティーではお荷物として、他の人と一緒に遊べない、混ぜてもらえない悲痛は、明日香のゲームへの気持ちが離れるのに十分だった。
さらにもう一つ問題があった。育夫は働いていない。ようするにヒモである。一日中ひたすらオススメ11にどっぷりと浸かっている。
ある日、明日香はとうとう限界に至った。
「働いて! さもなきゃ私は出て行く!」
明日香の台詞に、育夫は怒り心頭になってこう喚いた。
「ふざけんな! お前がいなければPLも捗らないぞ!」
PLとはパワーレベリングの略であり、レベルの高いプレイヤーがほとんど実入り無しに、レベルの低いプレイヤーのレベル上げの補助を行う形で、強引かつ手早くレベルを上げる行為である。
育夫の台詞に、明日香は怒り心頭になってこう叫んだ。
「私はあんたの道具じゃない!」
叫ぶだけではなく、育夫のドリームバンドを包丁で刺して破壊を試みた。さらに続けて自分のドリームバンドも破壊する。
それを見た育夫の顔色が変わる。ゲームのデータはサーバー上に保存されているので、ドリームバンドを破壊した所で大した影響は無い。しかし――
「許さねえ……絶対に許さねえぞ。お前は越えちゃいけない一線を越えたぞ」
育夫の自分を見る目に、明らかな殺意の炎が宿っていたのを見てとり、明日香の顔が蒼白になる。
「お前……二時間後にねぐらの兎狩りの予定なのに……どうしてくれるんだよっ。こんな田舎じゃ、ゲームショップだって空いてねーのにぃ!」
育夫の殺意の理由が、ゲーム内で約一日周期の時間沸きのレアな敵を狩りにいけなくなった事だと知り、明日香は別の意味で背中が寒くなった。
「近寄らないでっ」
明日香が包丁を構えるが、おかまいなしに飛びかかる育夫。
育夫の狂気と殺意が本物だと知った明日香は、彼の腹部に包丁を深々と刺した。
「死ねえええっ!」
しかし育夫はそれでも止まらなかった。明日香の頭を両手で掴むと、ヒキニートと思えない膂力でもって、彼女の首をひねり、頚椎を破壊した。怒りと断末魔がもたらした、最期の力であった。
「嗚呼……畜生……死にたくねえぞ」
血でべったりの腹部と、滴り落ちる血を見て、育夫は呻く。
うつ伏せに倒れこみ、育夫は片方の手でショートするドリームバンドを頭にかぶり、もう片方の手で明日香の手を握った。
「死んだら……魂も……オススメ11の中に……。うぐぐ、明日香……お前も連れて行って、こきつかってやるぞ……」
口から血を吐きながら、最期にそう言い残すと、育夫は絶命した。
それが六年前の話。
***
オススメ11というネットゲームは、本日をもって最後のバージョンアップが行われた。
プレイヤーの数の減少により、開発運営が縮小される事が、運営するゲーム会社で決定されたのだ。それによって機材も人材も省かれ、新しいコンテンツやイベントを追加することが、もう無くなった。
オススメ11そのものは、一応サービスが続けられるというが、バージョンアップそのものが無くなったゲームなど、何の変化も無く同じことの繰り返しにしかならない。そこで見切りをつけるプレイヤーも続出した。
ネナベオージという名のプレイヤーも、その卒業組の一人であった。彼は鯖でも有名なトッププレイヤー――つまりトップ廃人の一人であり、また女垂らしとしても悪名高いプレイヤーだった。
彼のお別れ会が開かれたが、集まったのは全て女性キャラだ。もっとも、中のプレイヤーも女性かどうかは定かではない。
「まさかネナベオージがやめちゃうなんて……。正直信じられない」
声をかけたのは、ネナベオージに勝るとも劣らないトッププレイヤー――つまりトップ廃人、マキヒメであった。
「フッ、いつかは終わりが来るものだ。このゲームも実質終了のようなものだし、今が引き時と僕は受け取った」
気取った口調と仕草で、ネナベオージは語る。
「いや、ネナベオージ、リアルで彼氏が出来たから、そっちに時間割きたいからでしょ。ムカつくなー。でもおめでとう」
別の女性プレイヤーが指摘する。
見た目は猫耳美少年であるネナベオージの中身が、実は女性であることは、彼(彼女)の取り巻きであるプレイヤー達のみ、知っていた。
「でもまた気が向いたら、いつでも戻ってきて。私、待ってるから」
熱っぽくも儚げな口調で告げるマキヒメ。
「ああ、そのうちまた会える時も来よう。ここは僕のもう一つの故郷だからな」
マキヒメに合わせてそう言ったネナベオージであったが、本心ではもう戻るつもりはなかった。だが皮肉なことに、彼(彼女)はこの時口にした言葉通り、また戻ってくることになる。
それが五年前の話。
***
川崎辰好はヒキコモリニートで、一日中、オススメ11というヴァーチャルトリップ型のMMORPGをやっていた。
協調性が無く、身勝手な振る舞いばかりしている彼は、鯖(サーバー)中に悪名が広まり、リアルだけではなく、ネットの中でも誰からも相手にされなくなった。
それが四年前の話。
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