第十五章 33

「いつまでも治療に専念してると思ったー?」


 声をあげた純子を一瞥すると、その右手の手首から先が消失していた。空間を飛び越えて葉山を攻撃したということは、理解できる。


「思ってはいませんし、空間を越えて行われる攻撃は、これでもずっと警戒していたつもりでしたが……迂闊でした。首や頭部や狙わず、手でしたか。まあ蛆虫には本来、手は生えていませんし、特に問題有りません」


 特に慌てた風もなく、口惜しげでもなく、淡々と喋る葉山。


 これで助かるか? 純子が参戦して、俺も再生能力が元に戻って、片手を失った葉山なら、何とかなるか?


 いや、それでもなお危ない。ほのかは治療されたのかもしれないが、シルヴィアを放置しておくわけにもいかないし、四人全員無事に生還する形で勝利するのであれば、時間的余裕は無い。さっさと葉山を倒さないと。


 しかしそれがスムーズにうまくいくとは思えない。意気込みだけでどうにかなる相手でもない。決死の覚悟で臨んでも、危うく死にかけた所だ。

 この葉山という男がどれだけ化け物かは、二度にわたる戦いで嫌と言うほど思い知っている。この後も何をしでかすかわからない。


 どうすればいい? どうすればこいつを手早く始末できる?

 見極めろ。今どうすれば最善の行動であり、こいつを倒せるか。そのヒントがどこかにあるかもしれない。

 見た目に振り回されず、本質を突けという、ほのかのポエムを思い出す。今自分は、何かに振り回されているか? 何か見落としているか? どこかに攻略の糸口が隠されているのを見逃してないか? こいつに何か弱点はあるのではないか? こいつが次に何をしてくるか、予想をつけられないか?


 俺の頭がかつてないほどの速さで高速回転している。生きるために、もう敗北の悔しさを味あわないために、勝つために、失わないために、守るために。どこかにあるであろう、まだ気付いていない勝機を見つけようとしている。

 このイカレた男は次に何をしてくる? それさえわかれば、裏をかける。

 いや、わからなくても、それに賭ければいい。その賭けに勝てば……俺はいつもギャンブルで負けてばかりだけど、この賭けだけには勝たないと。


 そして俺は思い出した。こいつがかつて何をしたか。あの時この蛆虫男がやった、キモい行為。それを考えれば、次にこいつがすることは……

 一つの予想がついた。ヴィジョンが見えた。ほぼ同時に、対抗する手段も思いついた。


「蛆虫ビーム!」


 葉山が叫び、全く俺の予想通りのことをしてくれた。

 切断された腕を倒れた俺に向けて、切断面から血を噴き出して放ってきたのだ。それまでは手の切断面を圧迫して、血を止めていたのだろう。


 俺がそれで一瞬ひるむことを見越していた葉山であろうが、どっこい俺は予想済みだったので、目に血を浴びながらも目を瞑る事無く立ち上がり、全くひるむことなく、ほんのコンマ数秒もの隙を見せることもなく、葉山めがけて突っこんでいく。


 葉山は俺のその行動に意表をつかれたらしく、逆にほんのわずかの間、隙を見せた。完璧だと思ったこの男が、俺の前でようやく見せた決定的な隙。


「死ね」


 おっさんを殺し、今またほのかの命をも奪おうとしたこの男に対し、胸の内に渦巻く深く静かな憎しみと怒りを絞り込み、体の一点に込めた。意識を集中させた。指に力を込めた。

 至近距離から銃弾が吐き出され、己を蛆虫とのたまう男の頭に穴を開け、後頭部から突き抜けた銃弾に導かれるようにして、赤い液体が宙へと飛び散った。


 白目を向き、膝をつき、横向きに崩れ落ちる葉山。


「あーあ、殺しちゃったかあ。生きたままサンプルしようと思ったけど……?」


 純子が後ろで何か言っている。声のトーンが途中で訝るようなそれに変わっている。


「うねうねーっ!」


 どう考えても死んだと思われた葉山が、大声で叫んで勢いよく立ち上がった。


「嘘だろ……」


 呆然として呻く俺。銃を撃つ気力も無かった。いや、実はもう銃倉が空だ。


「ひょっとして……私と同じ?」


 純子が意味不明な言葉を呟いている。


 葉山はすぐには動こうとはしなかった。頭部から大量の血を噴き出し、ふらふらとしている。

 その隙に、俺はリロードを完了する。


 どうして死んでいないかは不明だが、俺はさらに頭、喉、胸に銃弾を打ち込んでやる。胸は防弾繊維で弾かれたが、頭にもう一発、さらに喉にも穴を穿たれた。致命傷がこれで三つだ。


 葉山は吹き飛ぶようにして倒れたが、すぐにまた起き上がると、俺に銃口を向けてきた。


「僕は蝿になるんだあああああっっ!!」


 葉山が叫び、引き金を引こうとした刹那、葉山の体が横に吹っ飛ぶ。

 衝撃によって葉山の銃を持った腕は別方向へと向き、銃弾が俺の足元を穿った。


「蝿みたいに潰れて死ねよ!」


 腹部を押さえて中腰のシルヴィアが、血を吐きながら怒鳴る。横向きにした盾の淵の部分が葉山の体を横から直撃し、そのまま壁へと押し付ける。

 盾を前面から直撃させなかったのは、間近にいた俺を巻き添えにしないようにとの配慮なのだろうが、葉山の体を潰すには至らなかった。それでも葉山の体は、ボロ雑巾のように吹き飛んだ。


「う、う……じ……虫は……しぶといんです……」


 体のあちこちの骨が折れているのがよくわかるが、それでも葉山は立ち上がる。ていうか、喉に一発、頭に二発も致命的な銃創があるのに、何故こいつは生きている?


 考えられるのは純子に改造されたから? いや、それを純子が黙っているはずもない。それどころか純子ははっきりと葉山を敵視していたほどだ。


「純子、こいつは何で生きているんだ?」

 俺が呻くようにして訪ねる。


「誰かにすでに改造されたとか、脳の場所が違うとか、私と同じく体内に脳が複数あるとか、何かしらの術をかけられているとか、何かの魔具か秘宝の力とか、あるいは妖怪とか、いろいろ考えられるけど、妖気の類を感じないから、妖怪や妖術やマジックアイテムの路線じゃ無いねえ。ていうか、私は地球外生命体じゃないかと見てるんだけどね」

「よりによって宇宙人かよっ」


 純子の答えに、シルヴィアは小さく叫びつつ、力尽きて再び崩れ落ちる。純子がシルヴィアに駆け寄り、撃たれた腹部に手を突っこむ。


「人ではないから、気配も感じない。人として認識できない。妖怪や魔物だって、元々はこの星の生き物を改造したものだから、気配くらいは感じられる」

「う……うちゅう……じん? うじゅ……じん……うじ……む……し」


 純子の言葉に反応し、ぼろぼろの体をふらふらと揺らしながら、葉山はぶつぶつと呟き――


「似ているーっ! つまり蛆虫が宇宙人!」


 意味不明なことを叫んだ直後、葉山は猛ダッシュで逃げていこうとする。まだあんなに力が残っているのか……

 背を向けている葉山を俺が撃つが、こっちが撃つタイミングを勘だけで見切ってかわし、そのまま部屋の外へと飛び出ていった。


 俺は追うことが出来なかった。こっちも限界だ。


「あんなの……どうやって倒すんだ」


 神様死ねよ。もし本当にあれが宇宙人だというなら、悪ふざけのシナリオもここまで来るとやりすぎだ。


「シルヴィアちゃんの方は大丈夫。銃弾も突き抜けているし、内蔵にも大した損傷が無かったから、簡単に傷口を縫い合わせることができたよ」


 言いつつ純子はほのかの方へと戻り、その体を抱き上げる。


「ほのかちゃんを急いで研究所に連れて行くよ。傷口は塞いで、一時的に脳を仮死状態にして脳を守ってはいるけど、それでも助かるのは五分五分ってところだよ」

「絶対助けるって言っただろ。何今更五分五分とか言ってやがる」


 俺は純子を睨んだが、責めるのもお門違いだな。こいつはほのかをずっと治療してくれていたし、さらに助けようとしてくれている。


 俺はシルヴィアの方を抱えて、二人して雑居ビルを出る。抱える相手、交換したいなとか、場違いなことを考える。


 結局葉山を仕留め切れなかった。どうやったら殺せるんだよ、あいつは。


「あいつがまた来るかと思うと、ぞっとするな。ていうか、今度はどう対処すりゃいいよ」

 ビルを出た所で、俺が口を開く。


「もう当分は来ないんじゃないかなー」

 純子が意外なことを言う。


「どうしてそう思う?」

「私の勘だけど、ただ失敗したならともかく、敗北を認めて逃走したらしばらくはなりを潜めるタイプなんじゃないかなーと。ていうか、葉山君だってあの様子だと、高い再生能力があるようにも見えなかったし、つまり回復には時間がかかりそうだから、その間に依頼者の方を始末しちゃえば、もう来ないんじゃない? 前金で全額払って、依頼者の安否関係無しに殺すタイプの殺し屋なら話は別だけど、そういうタイプじゃないと思う。以前も私や他の子が狙われたけど、撃退したらそれっきりだったしねえ。依頼者が死んだから、それで途切れたと思うんだよ。それに――」


 そこで純子は考え込むような表情を見せて、少し間を置く。


「んー……中立の立場にある私の口からこれを言うのはフェアじゃないけど、立川さんを捕まえて、契約解除させれば確実だよね」


 そういう手もあるか。しかし肝心の立川はどこなんだって話だ。ここにいるって情報だったのに、葉山や他はいたのだから、隙を見て立川だけ逃げたと考えるのが妥当だろうが。


「そのまま契約していてもらいたいもんだがな。奴を誘き寄せるために……」


 シルヴィアが目を覚まして、笑えない冗談を口にする。


「勘弁してくれ」

「ああ、わかってるよ。俺の我侭にそこまでつき合わせようとも思ってない」


 俺の言葉に、シルヴィアは笑いながら言った。

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