第十五章 16

「男性の側からストレートに聞くのはどうかと思います。しかも唐突に。もう少しムードを作ってから、ロマンティックな尋ね方をしてください。というわけで、やり直しを要求します」

「俺がそんなことできる男じゃないとわかってて、からかうのやめろよ」


 余計なこと言わなきゃよかったと、早くも後悔しだす。


「からかい半分本気半分ですよ」

 ほのかが微笑をこぼす。


「お前は俺と正反対に随分と大胆というか、積極的だよな。会ったばかりの俺に……」

「父から話を聞いていてずっと憧れていたと言ったじゃないですか」

「会ってもいない奴に、おっさんから話聞いていただけで憧れるとか、俺にはわかんねーよ」

「ほぼ毎日名を出されてて、写真も見せられて、組織では息子のように可愛がってると言われて、あいつをうちの子にしたいからお前は将来あいつと結婚してほしいとまで言われて、私の生活の中では、遼二さんの名前がデフォルトでした」


 おっさん……一体何考えてんだ……


「お前は男と付き合ったこと無いのかよ」

「いいえ、残念ながらありますよ。幼稚園の頃から小学四年生くらいまで、幼馴染のやっくんといつも一緒でしたし」


 年齢的に考えて、それは男と付き合ったって言えるのか?


「俺は……女と付き合うのが怖い。もう……キツい」


 情けないとは思いつつも、正直な気持ちを口にして、俺はほのかから顔を背けてうなだれた。


「一度ひどい失い方をするとな。言ってもわかってはもらえないだろうが、トラウマになっちまってて……」

「たった一度の敗北に堪えて、逃げる者、避け続ける者、それは臆病者。傷の深さは誰にもわからない。傷の痛みは誰にも伝わらない。でも傷の痛みは乗り越えなくてはならないと、誰もが知っている。傷を埋める方法は誰もが知っている。痛みを噛み千切り、目を背けることなく、向かい合うこと。逃げないこと。避けないこと。戦うこと。逃げるより戦った方が楽なこともあると知れ。痛みと恐怖に背を向けて走る君が、その足を止めて振り返ったその時から、痛みも苦しみも和らぎ、恐怖は消えるであろう」

「いちいち詩にするなよ」


 詩っていうよりも託宣のような印象もあるな、今回のは。


「詩を愛でる心が無い人に、生きている意味があるのですか?」


 無茶苦茶なことを言うほのかに、何故かおかしくて俺は笑みをこぼす。


「人が人であるのは、詩を愛でる心が有るが故です。感じ、考え、形にし、その形を見てまた感じる。これこそが人間というものでしょう。詩を愛でる心を持たなければ、いくら知性があろうと、それは昆虫と変わりありません。人の姿をしていても人とは呼べません」

「じゃあ俺はほのかにとって虫かよ」


 皮肉っぽく言う俺だが、ほのかはにっこりと笑う。


「進化しましょう。人間に。私が導きましょう」

「つまり今は虫ってことじゃねーか」


 ほのかの言う人間に進化するってことは、ほのかのように突然ポエム口ずさむことだし、自分がそんなこと口走っている場面なんて、想像すらしたくないんだが。


「それともう一つ言っておきますが、私だってひどい失い方をしましたよ。今も気に病んでいます。でもその辛い過去に捉われて、ずっと暗い気持ちで過ごし、悪い影響を与えるのもどうかと思うのです」

「俺は正にそれっぽいな。ずっと暗い気持ちを引きずっている」


 俺が言った直後、ほのかが顔色を変えて携帯電話を取り出し、映像を空中に投影する。


「カメラに反応有りだそうです」


 ほのかの言うとおり、二人の男が雪岡研究所へと続く秘密の入り口を開けていた。面構え、足運びからして、どう見てもカタギではない二人組だ。

 このタイミングならまず間違い無いと思うが、万が一にも別口だと不味いから、放たれ小僧の構成員かどうか、調査が必要となる。


「間違いないようです」

 報告内容を空中に投影し、ほのかは言った。


「二人もいるし、改造が終わるのに何時間くらい待つかわからんが、とにかく出てくるのを待つぞ」


 俺の言葉に、ほのかは引き締めた表情で頷いた。


***


 しばらく待ち続けたが、ほのかのように一晩かかるということもなく、午後一時には、二人の男が研究所に通じる入り口から出てきた。

 一人は赤いポロシャツを着た肥満体型の男。もう一人は背広姿でスポーツ刈りにしてグラサンかけた男。いかにも古臭いヤクザ組織のチンピラ然とした格好だ。二人の後ろには雪岡の姿がある。


 雪岡も一緒に出てきたって事は、ひょっとして、俺達が張っている事も見越しているのか? あるいは気がついているのか?

 奴はマウス同士の戦いを見物したいとかぬかしていたしな。


「楽しいお喋りの時間もおしまいですね」

 ベンチから立ち上がるほのか。


「お前この四時間くらいの間にすげー数の詩作ってたな」


 少し遅れて俺も立ち上がる。眠たそうにしていたから、寝かしてやろうとしてベンチに座らせたのに、こいつはずっと喋りっぱなしだった。


 ビルの中から、放たれ小象の改造済みチンピラ二人が姿を現す。


「二対二でバランスが取れています。どちらを狙うか予め決めましょう」

「俺は赤いポロシャツのデブを狙う。お前は背広のスポーツ刈りをやれ」

「巻き添えを出さないよう注意しましょう」


 こんな人目につく場所でドンパチなんてしたくないが、こっちにも事情があるし、仕方が無い。早く決着をつけないと警察がやってきて面倒なことになる。人目につかない場所での抗争なら関知しないことの方が多いが、大通りでドンパチしたら流石にな……


「さっさと始末して、放たれ小象のアジトへ行き、小金井に引導を渡す。放っておいたらどんどん改造人間が増えていくし、ここでずっとチェックするわけにもいかないしな」


 俺達が放たれ小象のアジトへ向かっている際に、雪岡の元に改造希望者が訪れ、改造された奴が四葉の烏バーに、入れ違いで向かうという可能性も、あることにはある。可能性としては低いがな。雪岡の改造が物凄く早く終わればの話だから。

 そもそも雪岡の話だと、まだ他に改造済みマウスが二人、放たれ小象にはいるらしいし。


「さてどうやって奇襲をかけるか」


 ペデストリアンデッキの上から、ビル前を出て駅方面に歩く三人の姿を追う俺とほのか。地の利はこちらにあると言っていいが、問題は仕掛けるタイミングだ。

 うまいこと奴等、ペデストリアンデッキに沿って道を歩いてくれている。ここから仕掛けても構わん気がするな。


「機会を見つけ次第撃つ」


 コンセントを飲み、ジャケットの裏の拳銃を握る俺。機会っつーのは、上からでも撃ちやすい場所に、うまいこと奴等が入ってくれて、なおかつ通行人が邪魔にならないタイミングだ。


「ではそのタイミングに合わせて、飛び降ります。私の能力は近接から中距離程度のもので、遠距離には向いていませんので」


 飛び降りて仕掛けるのなら、先にほのかが行った方がいい気もしたが、ほのかにはほのかの考えもありそうだし、ここはほのかのやりたいようにさせることにする。

 しかしもしかしたら、ほのかも同様の事を考えていて、俺に合わせているのかも……だとしたら間抜けてるがな。


 心地好い緊張に包まれながら、下の道を歩く三人を回廊の上から追う。


 駅に大分接近したその時、うまいこと撃てそうな機会が訪れた。ターゲットとの距離、角度、遮蔽物の無さ、通行人も周囲に途切れて、最高のタイミングだ。


 銃声がこだまする。拳銃で撃つにしてはやや不安な距離であったが、コンセントの力もあって、赤いポロシャツデブの背中を撃ち抜いた。


 ペデストリアンデッキの上を歩いていた通行人達は、俺が街中でもろに銃を撃った場面を目の当たりにしたものだから、おもいっきりビビってる。下の道を歩いている通行人も、銃声と人が倒れる場面を見て、やはり硬直している。


 ほのかが手すりの上に立ち、大きく跳躍する。

 そのまま地面に飛び降りたわけではなかった。当たり前だ。二階以上の高さがあるんだし。近くにあった店舗の二階の窓へと飛び移り、さらに隣の店の入り口屋根(正式名称は知らん。ビニールっぽいあれだ)の上へと降り、そこから一気にグラサンスポーツ刈りへと飛びかかった。


「あんだぁ!?」


 相方が銃撃で倒されて警戒していた所だったので、ほのかの奇襲はほぼ失敗した。ほのかの存在を途中で察知して、グラサンスポーツ刈りはほのかの方を向いて叫ぶ。

 ほらな、先にほのかが行って、そこに俺が銃撃合わせた方がよかったんだよ。


 グラサンスポーツ刈りがほのかめがけて腕を振るう。飛び道具か? 確かに何か投げる動作ではあったが。それらしいものは見えない。


 直後、空中でほのかの腰の下あたりが、真横に切断された。

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