第十五章 15
雪岡と別れ、俺とほのかの二人はカンドービルの中――雪岡研究所の秘密の入り口の前で、中に入ろうとする者をずっとチェックしていた。
中に入って好く奴が現れるのも、そいつが出てくるまでずーっとここで張るのも、非常に退屈で面倒だが、改造されたばかりのマウスが油断している所に、こっちから奇襲するのが一番いい戦法だ。
「思ったのですが、ここにずっといると、私達も見つかりやすくなりますよ? 敵も情報屋を雇っている可能性もありますし。そうでなくても構成員を放って探しに向かわせているかもです」
五分も経過しないうちに、ほのかがこのやり方に疑問を呈してきた。
「カメラを仕掛けておきましょう。そして私の情報組織に頼んで、チェックしてもらいます。雪岡研究所に続く秘密の入り口へ入っていった人物が現れた際、その人物が放たれ小象の構成員かどうかを探ってもらうのです。正直、私の組織の助力を借りたくはなかったのですが、雪岡純子が出てきたとなると、そうも言っていられませんし。その間は、ここに私達が留まらなくてもいいと思います」
俺の承諾を得る前に、ほのかはさっさと小型カメラを仕掛けに行く。
随分と手馴れているなあ、こいつ。流石はおっさんの娘、流石は情報組織の一員てところか。
「警察は裏通りの住人全てを把握しているって話だが、情報組織がそこまで把握できているものなのか? お前の情報組織ってどこだ?」
興味本位で聞いてみる。フリーの情報屋はともかく、情報組織なんてものはそもそもあまり多いものではない。かなり数が限られている。その情報組織とて、組織の構成員は少ないものばかりだと聞く。
「『オーマイレイプ』です」
「はああっ!?」
思わず大声をあげちまった。
「冗談……じゃないのか」
裏通りにおける最高かつ最強の情報組織――どころか、世界最高の情報組織だ。あらゆる国の情報機関を上回る情報収集能力を持ち、実際に国家機関をも相手どって何度も出し抜いたことで、世界のフィクサーの一つとして名を連ねている。この組織が知ろうと思えば、わからないことは無いとまで言われている。
かかる料金は他の情報組織に比べて高めだが、情報料金には幾つかのコースが設けられている。最高金額コースは青天井で、安くてもン千万、場合によっては百億を超えるという話だ。
「まだ新人ではありますし、実績は乏しいです。荒事の経験もそれほどあるわけではありませんから、自分を鍛えるという意味では、今回のことは都合が良いとも解釈できます。そう、これは試練。試練なのです」
自分に酔った口調でほのか。荒事の経験は十分あるように見えるんだが……
しかしこいつ、随分と頭の回転がいいし、行動も決断も早いし、戦闘の場数も踏んでいるようだし、有能だとは思ったが、オーマイレイプの構成員だというなら、それも頷ける。
「噂ではオーマイレイプって、雪岡純子とはあまりいい関係には無いと聞いたがな」
それなのに雪岡純子と関わりをもったあげく、改造手術まで受けて大丈夫なんだろうか。
「新人なので、あまり詳しくはありませんが、抗争するほど深刻に不仲という話は聞いたことがありませんよ。過去に何かゴタゴタはあったようですし、互いになるべく関わりあわないようにはしているようですが」
「なるほど。それより不思議なのは、オーマイレイプほどの大組織なら、組織の力を借りれば、放たれ小象のようなチンケなドラッグ組織なんざ、簡単に消し飛ばせるだろう。何で組織の力を借りないんだ?」
「組織には迷惑かけたくないので、言ってなかったのです。それに、このくらいのことは組織に力を借りずに済ませたいという意地もありましたし、今でもあります。うちの組織の人達も暇ではありませんしね。ようするに、自分の尻は自分で拭け、ということですね」
おっさんの娘だけあって、下品な表現も躊躇いなく口にするなと、思わず笑ってしまう。
「一方で父の組織には迷惑をかけるという側面もあります。だからこそ私も、戦力として勘定していただき、逆に四葉の烏バーにとって助っ人となる形にしてもらうよう、父に頼んだのです」
その話を聞いて俺は複雑な気分になる。ほのかが小金井の狒々爺に目をつけられたのも、四葉の烏バーが放たれ小象と対立していたが故であろうし、ほのかはとばっちりだ。
そのとばっちりのほのかが、俺という戦力を割いて護衛すると同時に、四葉の烏バーの戦力としても組み込まれてしまっている。しかも人体実験で体をいじくられるというおまけまでついた。
つまんない意地張ってないで、属する組織の助力を全面的に求めた方がいいのではないかと思うがな。組織側からしても、そんなんで構成員を失いたいとは考えないだろうし。あるいはオーマイレイプにとっては、ほのかは取るに足らない新人に過ぎないと見なし、ほのかもそれを自覚しているからなのだろうか? 俺から見ると、こいつは結構できる奴なんだが。
***
ほのかがオーマイレイプに連絡した後、俺等二人はカンドービルを出た。カンドービルの出入りをカメラでチェックしつつ、オーマイレイプに見張っていてもらい、放たれ小象の構成員が出てきたら現地に直行し、片付ける算段だ。
ビルに入る前に、放たれ小象の構成員かどうか判別がつけばいいんだがな。流石にそこまでは短期間ではわからないと、ほのかは言っていた。チェックする人数があまりにも膨大になってしまう。故に、雪岡研究所に入る場面を抑えて、そこから判別するやり方にした。
特にやることもないので、あまりビルから遠ざからないようにして、繁華街をウロウロする俺等。まだ朝ということもあり、人通りはまばらだ。
こんな時間帯に、ほのかみたいな明らかな未成年が私服でうろついているとなると、少年課の警官がすっとんでくる可能性もあるので、そいつが一番気がかりなんだがな。裏通りの未成年ともなれば、余計に危ない。
「ふわぁ……またもやデートみたいですね。しかしこの間とは違い、私の気持ちに大分余裕が生じています。新鮮な気分です。夢のようです。憧れの遼二さんとこうして二人で」
うっとりとした表情で語るならともかく、眠そうな表情でごにょごにょとした口調で語るので、俺はリアクションに困る。
「あまり眠れなかったのか?」
「いえ、麻酔が効きすぎて、まだ眠気が変な形で残っているのかもしれません。あるいは改造によって体力の消耗が激しくて、十分な休息が取れていないのかもしれませんね」
「だったら先にそう言えよ。歩き回っているより、そこのベンチで少し休むとしよう」
座るように促す俺。これで少年課のやかましい警官が来ても、ツレの気分が悪いからと言い訳ができるな。
「作戦成功です。遼二さんの優しさを引き出すために、あえて無理をした甲斐がありました。冗談ですよ」
突っこむ前に冗談だと言うほのかだが、実際には本気だったのかもと疑ってしまう。こいつの思考パターンは、計り知れない部分がまだわりとあるし。
「遼二さんも座ってください。隣に。隣にですよ」
ベンチに座らせてその前に立つ俺に、ほのかが強い口調で要求した。
「わざわざ離れて座る彼。きっと照れているんだね。でもそんな照れ屋さんに、少女はますます好感を抱く。少女は一瞬腰を重力から解き放ち、勇気ある大移動を試みる。よっと」
何か呟きながら、ほのかが俺の側にぴったりと寄り添う位置にやってきた。
「お前、俺に惚れた?」
照れ屋扱いされるのが嫌で、大胆なことを口にする俺だった。
俺の方は……ほのかはモロにタイプだし、まあどう見ても美少女だし、最初に会った時から……その……あれだ……
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