第十五章 12

「こいつを改造したのはお前か? 俺と敵対している組織だとわかっていてやったのか?」


 すぐ側の立川の亡骸を一瞥し、雪岡に問う俺。


「もちろん。実験台になって、改造することを望んだのは彼等だしねえ。断る理由もないよー。それに君に施した改造チェックもしてみたかったし、渡りに船だよねえ」

「彼等ということは、放たれ小象の人達を複数改造したわけですね?」


 ほのかがやってきて質問した。


「んー、そうだよー。君は遼二君の彼女?」

「護衛対象だ」

「そうなる予感はかなりある間柄です。98.63%くらいの確率でそうなります」


 雪岡の問いに対し、ほぼ同時に答える俺とほのか。


「何言ってるんだ? お前」

「遼二さんはそんな予感はしませんか?」


 真顔で問い返すほのか。


「ねーよ。まあそんなことより……何人くらい改造した?」

「今のところ立川さんを含めて三人だけど、もっと増えるんじゃない? 放たれ小象に希望者が増えればねー」

「希望者じゃなくて、ボスに脅されて半強制じゃないのか?」

「そういう子もいたよ? そういう子はお断りしておいたけどねー。でも組織での出世目当てに、自分から改造望む子も、現時点で三人いたって話かな」


 つまり現時点ではあと二人。そのうえまだ増えるかもしれないってことか。厄介なことになったもんだ……


「ただの抗争ならそれでもいい。だがそれだけじゃない。こいつを狙っているんだ。放たれ小象の狒々爺が、こいつをさらって性欲処理の道具にしようとしている。お前はそれの協力をしているってわけだな。随分と下品じゃないか、雪岡純子。その事実を裏通り中に広めてやることにするよ。それでもいいな?」

「いや……それはちょっと……」


 俺の脅迫に、雪岡はあっさりとたじろいでいた。結構正直なリアクションする奴なんだな。


「遼二さん、彼女を困らせてはいけませんよ。この方は中立なのです」

「どこが中立だ」


 ほのかが余計な助け舟を出してきた。お前を守るために言ってるのによー……


「しかしいくら私と遼二さんが強いと言っても、雪岡純子さんの改造人間が次から次へと襲いかかってくるような状況は、ハードだと思います。よって、やることは一つですね」


 雪岡を見るほのか。まさか……


「雪岡さん、私も改造してください。彼等に対抗できるような力をください」

「おい……」

「このまま放たれ小象にマウスが増えていけば、いくら遼二さんと私でも、抗いきれないでしょう。いえ、私を改造したところで、怪しいですよ? 数は向こうの方が上なのですから」


 ほのかの言う通りではある。しかしだからといって……いやいや、それ以前にこいつ、いくらなんでも割り切りが早すぎだろう。


「じゃあ四葉の烏バーの連中から有志を募る。お前が実験台になって、失敗して死んだら元も子も無い」

「私は自分だけ安全な領域にいるつもりは毛頭ありません。そういうのは許せないタチですから。放たれ小象に雪岡さんに改造された怪人が増えれば、こちらも有志を募る以外無いでしょうが、それはまた父と相談してからの話です」


 きっぱりと言うほのか。こいつって何でこんなに合理的で、同時に頑固なんだ……? おっさんと実によく似ているが、今の状況では笑えない。


「いいねえ、そういう展開。抗争する組織同士で、次から次に実験台志願が増えてくれるとか、私としては本当に嬉しいよー」


 マジで嬉しそうな笑顔でそんなことをほざく雪岡。忌々しい……


「つーか、お前は何でここにいる?」

「そりゃあ、見物だよ。私の作ったマウス同士が戦うとか、側で見られるものなら見たいしねえ」


 殺し合いを見物か……つくづくふざけた奴だこと。


「そんなわけで雪岡さん、今から私を雪岡研究所に連れて行って、悪の女幹部ほのかクイーンに改造してください」

「いやいやいや、何で悪の女幹部とか、そこまで決めているんだよ」


 雪岡に顔を寄せて申し出るほのかに、突っこむ俺。


「ほのかクイーンのデザインは、私がしてもいいですよね? 必殺技も今から考えますから、ちゃんと沿ったものでお願いしますよ。いかにも悪の女幹部らしいおどろおどろしいものがいいですね」

「んー……君はどっちかっていうヒロイン路線がいいかと……」


 雪岡の笑みも引きつっている。いや、どんどん強引に話を進めるノリノリなほのかに、引いているようだ。まあ俺も引いているわけだが……


「嫌です。私は露出度多めな悪の女幹部がいいです。セクシー路線で攻めたいのです」


 おかしなボーズを取りながら主張するほのか。何の影響受けたら、そんな方向性を望むようになるんだ? どう考えてもほのかに似合わない路線だし。


「どこの幹部だよ……」

 と、俺が呻いたその時――


「なっ!?」

「えっ」


 驚きの声をあげる俺とほのか。死んだと思われていた立川が弾かれたように跳ね起き、一目散に逃げていった。

 あまりに唐突な出来事で、俺もほのかも反応できなかった。


「擬態かよ……。しかし不味いな。今の会話も全て聞かれたぞ」

「ええ、私が悪の女幹部へと転生することが、敵に事前に知られてしまいましたね」


 神妙な面持ちで言うほのか。くどいやっちゃ……


「放たれ小象も一層警戒するでしょうし、なるべく強い力をくださいね? 雪岡さん」

「純子でいいよ。強い力はそれだけ危険性も強まるんだけど、それでもいいのかなー?」


 自分を見上げて要求するほのかに、雪岡は笑顔で確認する。


「愚問です。私達は今すでにとても危険な状況にあるのです。デンジャラスシチュエーションです。もう一度言います。デンジャラスシチュエーションです。他ならぬ雪岡純子さん、あなたのおかげで。もう一度言います。純子さんのせいです。ですから、危険の上乗せをしてでも対抗しないと、結局命を落とすことになるでしょう。ですから、お願いします」


 こいつの決断の早さも計算の速さもすげーとは思う。しかし……


「おっさんの許可も無く、そんなことしていいのか? そしてお前はそれで本当に後悔しないのか? 少しくらいは迷って悩んで考えた方が可愛げがあるぜ?」

「まー、何て失礼な。決断早い女子が可愛げ無いって、どういう価値観ですか。どういう理屈ですか」


 俺は気遣ったつもりだったのに、ほのかには伝わっていないようだった。


「でも遼二さんの気遣いは嬉しいですし、心配させてしまって申し訳なくも思います」


 訂正。一応伝わっていたか。何となくほっとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る