第十五章 11
ホテルの入り口を出た瞬間、奴等はホテルめがけて発砲してきやがった。表通りの奴も巻き込んだらどうするつもりだ? 中枢にも警察にも目つけられるだろうに。
目の前に二人。俺は物陰にも隠れることなく、左右に素早く跳びながら、奴等に接近する。
まさかこっちから向かってくるとは予想外だったらしく、しかも一気に距離を詰められて、二人とも動揺して動きが一瞬鈍る。
ここまでの流れは全て俺の計算通り。奴等の動きが鈍ったタイミングを見逃さず、俺は一発ずつ喉へと撃ちこみ、仕留めていった。
「おーい、大島ぁ~」
へらへらと笑いながら、立川が声をかけてきた。
こいつ、何を考えているのか徒手空拳だ。俺を見て、不細工な面を歪めてさらに不細工にして笑ってやがる。傍らにいる奴は銃を構えて俺に向けているというのに。
立川の傍らにいる雑魚が撃ってくる。俺は引き金を引く気配に反応して、余裕をもってかわし、二発撃ちかえす。
雑魚の方は喉を穿たれて倒れたが、立川はいやらしい笑みを張り付かせたまま、今の俺のようにひょいっとわずかに動いただけでかわした。
何だ――?
今、立川を見て、俺は首筋の毛が逆立っている。以前に何度か見た時、こんな感覚は無かったというのに。
戦う時、常に恐怖と警戒はまとわりついている。たとえ多少撃たれた程度では死なない体でも、危機感は常にある。しかしそれが強まることは滅多にない。俺より強い奴に遭遇すること自体が乏しいからだ。
だが今、明らかに恐怖と警戒の濃度が濃くなっている。立川という男に何か異変が起きている。
修行してパワーアップでもしたか? たった一日でか?
違う。心当たりはある。短期間で超強化はできる。かつて俺もそれをした。
俺の予感が当たっていたことは、次の瞬間に証明された。
「ぐごおおおおおおおおぉぉっ!」
立川が獣じみた咆哮をあげる。いや、獣そのものと言っていいかもしれねーな。何しろ目の前で立川の体がふくれあがり、全身に剛毛が生え、その不細工な顔も獣のそれとなって大分マシになった。
「熊男? 妖怪さんですか?」
少し離れた後ろで、緊張感の無い声をあげるほのか。大して驚いている様子もない。
確かに見た目は熊っぽいな。顔つきとか毛とかはな。だが手は違う。つーか掌そのものが無い。30センチはあろうかという、一本の巨大な鉤爪へと変化している。
そして妖怪ですらない。昨日――いや、一昨日会った時の立川は、少なくともただの人間だった。一日の間にそうではなくなったんだ。
「ちげーよ。改造されたんだ」
もちろんそうではない可能性もある。視界にその人物の姿を捉えなければ、断定はしなかっただろう。だが、今は断定できる。
立川の後方――離れた場所にいる、白衣姿の茶髪ショートの少女の姿を見て、俺は確信できた。俺と同じ方法で力を得たと。立川も俺と同様に、マッドサイエンティスト雪岡純子の元で人体実験を施される代償に、力を得たのだと。
なるほどなー。小金井はあの時、俺がマウスだと見て自分の部下も同じように改造させて、それで対抗しようと考えたわけか。奴の去り際の台詞の意味も理解できた。
「うぐがあああぁぁぁぁああぁうぅううわあああぁぁぁぁあぁあぁっ!」
長く尾を引く気色の悪い咆哮をあげると、熊もどき獣人と化した立川が猛スピードでこちらに向かってくる。
こいつ、俺と同じように再生能力が付与されているとかはないか? 再生能力持ちなら相当厄介なことになる。再生能力が機能しないくらいに、削り合いになるからだ。いや、身体能力の差で、こちらが不利になりそうだわ。
立川の喉めがけて二発撃つ俺。ほのかも二発撃ち、一発が頭部に当たった。おそらくもう一発はフェイント用だ。
だが立川は銃弾の衝撃にもほとんどひるまず、俺に攻撃が届く距離まで突っ込んでくると、両腕を上げ、同時に俺めがけて振り下ろす。
アスファルトの地面に鉤爪が突き刺さる。頑丈さもパワーも大したもんだが、今の攻撃はいくらなんでも大振りすぎて、余裕をもってかわすことができた。だが油断はできない。
攻撃直後のタイミングを狙い、ほのかがさらに撃つ。頭に二発当たる。血がしぶいている。再生の気配は無いし、ダメージにはなっているが、しかしこの程度では死なないらしい。
これで再生能力もあったら始末におえなかったな。あるいは、高い防御力と再生能力という組み合わせは無理なのか?
「一点集中しましょう!」
ほのかが鋭い声を発する。俺は頭より喉の方が有効じゃないかと思ったが、議論している暇も無いし、ほのかに従うことにした。
立川の横に回りこみ、即頭部をめがけて二発撃つ俺。ほのかも一発撃つ。
立川の体がぐらりと揺れる。よし、ダメージがちゃんと蓄積して効いてきているようだな。
「う……うがああぁ……ああぁ……」
さらにほのかの銃を二発受けた所で、弱々しい声と共に、立川の巨体が仰向けになって倒れた。
頭部を穴だらけにして夥しい量の血が流れ出している。立川の動きは止まっていた。元の人間の姿には戻らないようだ。
わりとあっさりケリがついたな。まあ、うまくいけばこんなもんか。
しかし……ほのかはかなり修羅場をくぐっているようだな。動きが俺と遜色無いレベルだぞ。おっさん、一体どんな育て方したんだよ。
「おやおや、随分とあっさりケリがついちゃったねえ。これは期待外れだったなー」
白衣の少女が弾んだ声で言い、こちらにゆっくりと近づいてくる。
そいつと初めて会った時、俺は世の中にこんな人間がいるものなのかと、復讐心すら忘れるほど驚いたものだ。何から何まで規格外の人間だった。不老不死の噂通り、外見相応の年齢ではないことも、すぐにわかった。
正直少し怖かった。あまりにも異質な存在と思えて。好奇心の研究欲と引き換えに、命を弄ぶだけの、人の不幸を食い物にするだけの単純な糞野郎ではない。もっと深く、もっと暗い存在のように感じられた。直感していた。
その感覚が今また蘇っている。
「久しぶりだねー、遼二君。全然メンテにも来てくれないし、連絡もくれないからどうしちゃったのかなーって思ってたよ」
真紅の瞳で俺を見据え、裏通りで生ける伝説として語られているマッドサイエンティスト――雪岡純子が声をかけてくる。
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