第十四章 14

 日が傾きかけた頃、義久、真、みどり、美香の四名は、ホルマリン漬け大統領のクローン販売の顧客、三木谷稔が住むマンションへと、タクシーで向かった。都心なので、それなりに距離がある。


 パチンコグループを仕切る三木谷コンツェルンの取締役という、表通りでも地位のある人間が、クローンアイドル大量に買い取ってハーレムを作っている証拠を映像に収めれば、相当なインパクトがあろう。

 できれば本人にインタビューもしてみたいと、義久は考える。応じてくれなくても構わない。マイクを突きつけてうろたえる反応が撮れれば、それで十分絵になるからだ。もっとも、本人が自宅にいればの話ではあるが。


(一応日曜だけどな。夜を狙って入ればよかっかたな。何なら忍び込んで中で待っていてもいいか)

 と、そこまで考えて、義久は自分の思考にギョッとする。


(俺、もうすっかり、犯罪者の考え方になっちゃってるなー。裏通りに堕ちて大して時間も経ってないし、知らないことだらけのルーキーだっていうのに、法律は平気で無視して目的遂行を考えられるようになるなんて……)


「どうかしましたか? 何かおかしなことでもありましたかな?」


 クローン製造工場に送ってもらった際と同じ初老のタクシードライバーが、助手席の義久のにやけ顔を見て、自信も微笑みをこぼして声をかける。


「いやー、自分がおかしくてね。おかしくなっていくというか」

「ふえぇ、自分で自分のことおかしいと感じて、自分は個性的だ~と変な優越に浸ってるとか?」

「いや、そういうんじゃなくてだな……」


 みどりにからかわれ、義久は気の利いた言葉は何か無いかと考えたが、何も思いつかなかった。


 一行が目的地に到着した頃には、空が橙色に染まっていた。


「今更だけど、別邸に囲っている可能性もあるんじゃないか?」

 真が言う。


「あばばばば、それはないっしょ~。クローンの芸能人を大金はたいて買って性欲処理しようって奴なんだからさぁ。そりゃ毎晩自宅でやりまくりだってばよォ~」


 みどりが笑いながら真の言葉を否定する。


「最近の子は本当にはしたなくて、お兄さんは悲しいよ」


 どう見ても小学生くらいのみどりの台詞に対し、義久が微苦笑を浮かべて言った。


「本人も一緒にいれば、パパラッチ的には話題性抜群なんだけどねえ」

「これだからマスゴミは!」


 義久の言葉に、美香がむっとした顔で吐き捨てる。


「言っておくけど俺元社会部だぜ? 芸能部なんてもっとひどいんだ。女性芸能人の会見で『おらっ、さっさと涙出せ!』とか小声で言ってるんだ。それもこれもいい絵を撮りたいという執念の賜物なんだよ」

「理解しがたい! 認められん! 下衆の極み!」

「しかしその絵を求めているのは、美香ちゃんの商売相手でもある大衆なんだがね。俺達が糞にたかる蝿なら、大衆は糞に沸く蛆虫みたいなもんだ」

「ぐっ……」


 つっかかってくる美香に、義久はちょっと意地悪してみたくなって、皮肉げな口調で語る。


「あばばば、いい例えするじゃん、よっしー」

「どこがいいのかさっぱりわからん!」


 おかしそうに笑うみどりに向かって、美香が怒鳴る。


「僕もその例えはおかしいと思う。大衆が糞にたかる蝿で、マスゴミは糞を見つけてきて蝿に与える、糞探しで糞運びじゃないか?」

「真兄、その例えは的確かもしれないけど、センス無いよぉ~……。糞探しと糞運びに該当する何か良い例えが無いとさァ」


 無表情かつ真面目に持論を語る真に、みどりが笑みを消して突っこんだ。


「さて、マンションの中にはどうやって入ったものかな」


 目の前にそびえ立つ高層高級マンションを見上げ、義久が言う。


「へーい、みどりにお任せあれ。ちょっとそのまま待っててね」


 そう言うみどりであったが、言ったまま何もしようとはしない。何を待てというのだろうと、義久は訝る。


 しばらくして、作業着姿のおじさんがやってきた。白髪が混じって禿かけていて、おじいさんと言った方がよいかもしれない。エントランスの管理室から出てきたので、マンションの管理人だ。

 管理人はマンションの入り口を中から開けると、義久達の前へやってくる。


(不審者と思われているのか? まさかな。子供連れの時点でそうは思われないだろう。でも、まっすぐこっちにやってくるし、話しかけられたらどう対処したもんかねえ)


 義久が逡巡していると、管理人のおじさんはみどりに向かって手を差し出す。みどりも手を出すと、管理人はみどりの手に鍵を落とし、そのままマンションの中へと戻っていく。


「おし、入るよぉ~」

「いやいやいや、何よ何よ? 今のは」


 義久達ことなど全く気に留めてない様子で管理室へと戻っていく管理人と、歩き出すみどりを交互に見比べて、みどりの後を追いながら尋ねる義久。


「どしたのよ、あの人。職務放棄かよ。袖の下かよ。ヤバいクスリでもうったのかよ。あるいは催眠術?」

「いつ薬をうつタイミングがあったというのか!」

「袖の下のタイミングもないし、職務放棄どうこうだけ軸が違うだろ」


 義久に向かって、美香と真が続けざまに突っ込みを入れる。


「催眠術だと思えばいいぜィ。実際には違うけど」


 みどりが言いながらマンション入り口の鍵穴に、管理人からもらった鍵をさしこみ、扉を開けた。中に入っていく四人。


「これはよっしーが持っておくよろし。スペアキーだけど、これでまたここに用が出来た場合は、一人でも来れるでしょ」


 みどりが義久に鍵を投げてよこす。


「監視カメラに映っているのはどうするんだ?」

 義久が問う。


「ノープロブレム! 気にしなければノープロブレム! 冗談ではなく本当にそうだ!」

「映っていたからどうだという話だな。疚しいことをしにいくわけでもないし。犯罪行為はするわけだけど、警察に訴えられるはずがないからな」


 義久に向かって、美香と真が続けざまに答える。


 エレベーターに乗り、最上階の三木谷宅へと着く四人。

 ドアを開けるには指紋認証と虹彩認証も必要であったが、管理室からもらったスペアキーは、緊急用という用途も兼ね備えていたので、鍵穴に鍵をさしこむだけでドアはあっさり開いた。


「人の気配がある。いるな」


 真が呟く。義久には全くわからない。少なくとも、玄関とその近くの部屋に明かりはついていない。

 廊下が左右に分かれていたので、まず右へと向かった。幾つかのドアを開くも、中に人はいない。


「部屋いっぱいだな。しかも広いし。無駄に豪華な内装だし」


 やっかみも込めて、小声で呟く義久。

 入り口まで戻り、入り口から向かって左の廊下を進むと、扉の向こうから灯りが漏れているのを確認した。


「血の臭いだ」

 真が唐突にそんなことを呟き、義久はどきっとする。


(ついでに言うと、部屋の中から物凄くダークな波動を感じるよ。怒りと脅えと悲痛……)


 声に出さずに呟くみどり。


 真の不穏な言葉に少し慄きながらも、義久はカメラを回しながら、こっそりと扉を開き、カメラ越しに中を覗く。

 カメラを通して飛び込んできた室内の光景に、義久は息を呑んだ。


 何十畳あるかわからない広いリビング。奥にはカウンターバーも備わり、さらには何人寝られるかわからないほどの、巨大なベッドまである。そのベッドの近くに、かなりの数の女の子達が、様々な格好で並んで立っている。

 ナース、婦人警官、スチュワーデス、セーラー服、メイドと、様々な衣装で身を包んだ彼女達は、いずれもテレビやグラビアで見たことのある顔ばかりだ。クローンアイドル達である。皆一様に、不安げな顔や、悲痛に満ちた表情で、ある一点に視線を向けていた。

 彼女らの視線の先にカメラを移動させると、腹も胸も足も顔も脂肪まみれの全裸の肥満老人が憤怒の形相で、頭を抱えてうずくまる下着姿の少女の顔を、拳で何度も打ち据えていた。


(ひどいな……爺のへなちょこぱんちだけど、それでも血が出てる)


 床に飛び散る血を見て、義久は顔をしかめる。


(おい……殴られてるのって……)


 不意に殴られていた少女が顔を上げ、義久はばっちりと彼女の顔を見てしまった。

 背後にいる美香を意識する義久。今、扉の隙間から部屋の中を覗いているのは自分だけだが、この構図を彼女が見るのは時間の問題ではないかと考える。


(うっひゃあ……こいつはヤバいよ。美香姉には見せられないよ)


 精神分裂体を投射して部屋の中を覗いていたみどりも、義久と同じことを考え、引きつった笑みを浮かべていた。


(見せられないっつっても、すぐ側に美香姉いるし、バレるのも時間の問題だけど)


 今後の展開を考えると笑えないのだが、どうしても笑ってしまう。おかしいわけではないが、この状況は笑うしかない。


(なるべくカメラ回して粘って、美香ちゃんには見せないようにしないと……)


 そう思った義久であったが、すぐに義久の努力を打ち砕く出来事が起こった。


「この下手糞め! いつまで経っても歌もおしゃぶりもうまくならねえ! おまけにオリジナルと同じ喋り方もできねえとか! とんだ不良品だ! どうしてちゃんとオリジナルに似せた調教がされてないんだ!」


 肥満老人――三木谷稔が立ち上がり、うずくまる少女に向かってがなりたてる。


「ごめンナさい。御主人様。ミカ、こレでも頑張っていマスし、これかラも御主人様に気に入らレルよう、頑張りますカラ、捨てナイデください」


 少女が顔を上げ、片言の日本語のようなおかしなイントネーションの喋り方でもって、三木谷に泣きながら懇願する。鼻血が噴出し、口の端からも少しだが出血している。こめかみには痣が出来ていた。おそらくこれより前に殴られて出来たものだろう。


(やべー……流石にこれはバレたな)


 殴打されていた美香のクローンが喋ったことで、中の様子が見れない真と美香も、室内に何がいるのか把握した。

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