第十四章 11
クローン製造工場の中の様子を撮影することに成功し、義久と真とみどりの三人は雪岡研究所へと帰還した。
美香とは途中で別れた。義久のことを胡散臭く思っているようで、「マスゴミと行動を共にするのはほどほどにしたい!」などと、別れ際に言い残していた。
義久は客室を一つ与えられ、そこで情報の整理と記事の執筆、撮ってきた映像の編集などを行っていた。
客室には義久一人ではなく、真みどり純子に加え、先程帰宅した蔵を含めた四人が押しかけて、義久の作業を眺め、時々口を出していた。
「ほほう、いい体格だな」
義久を見た蔵は、まずそう声をかけた。
「ラグビーしていたもんで」
「おお、君もラガーマンだったか。私もなんだ」
微笑みながら頭をかいて答えた義久に、蔵は嬉しそうに言った。
「そう言えば蔵さんと雰囲気似ている感じはあるな」
「雰囲気というか体格が似てるよぉ~。蔵さんはよっしーのミニサイズって感じじゃね」
などと言い合う真とみどり。
蔵は義久のことを気に入ったようで、義久につきっきりで助言を与え、情報組織の選び方やら交渉の仕方などもレクチャーしていた。鞭打ち症梟という組織相手に、義久に代わって交渉の実践を行い、義久の撮ってきた映像と記事を大きく取り扱ってもらうことも約束してもらった。
「次から私のやり方を参考にして自分でするといい」
蔵が得意満面に言う。
「いやー、マジありがたいです。とても参考になりました」
蔵に心底感謝する義久。蔵に面倒を看てもらって助けてもらったこともあるが、見た目が子供だらけの中で、やっと大人と接することができたので、それでほっとした面もある。
それから義久は記事の執筆に入る。デスクにチェックもしてもらわず、手直しもない自分の記事が、人目につく場所にあがるということを意識すると、少し緊張する。
「文章の手直しはしてくれないだろうけど、一応組織側でチェックは入るだろう」
と、蔵。
やがて仕上がった記事と編集した動画や画像を、鞭打ち症梟へと投稿する。
「ふー、終わった」
「お疲れ。サイトにあがるのは明日だろう。反応も明日のお楽しみだな」
大きく息を吐く義久の肩を、ぽんと叩いてねぎらう蔵。
「いやー、何から何までありがとうございますっ」
義久は立ち上がり、蔵に向かって深々とお辞儀をする。
「俺、今までは裏通りそのものを憎んでもいたけれど、話に聞いてた通り、皆が皆悪人てわけじゃないんだなー」
すっかり気分を良くした義久は、ついそんなことを口走ってしまった。
「この研究所の主は悪人だぞ。あんたは実験台になるわけでもないのに、例外的に協力する形になっているから、それが理解できないと思うが」
真が言った。
「マウスにするしない以前に、ホルマリン漬け大統領への打撃は私達にとっても有益だからねえ。情報戦で攻めてくれるっていうんなら、共闘した方がいいよー」
と、純子。
「明日になるまでに、次の手も考えよう。一気呵成に攻めていかないと」
義久は凍結の太陽から送られてきた新たな情報に目を通す。
「贔屓にしている客の名前が一人、漏れたらしいな」
そこで義久は興味深い情報を見つけた。
「三木谷稔――パチンコで有名な三木谷コンツェルンの総帥が、こんなふざけた組織と関わって、クローンを買ってたのか」
顔をしかめながら呟く義久。しかしこれは十分に特ダネにできる。
「組織を攻めるだけじゃなく、組織に携わる者にも矛先を向けるのは有効だな」
義久は言った。裏通りの記事とはいえ、客が一人でも実名報道されたとなれば、客足が鈍る可能性もあるし、ホルマリン漬け大統領にとっても頭の痛い事案となると、考えたのだ。
「イエアー、やるじゃん、よっしー。いかにもマスゴミらしいえげつなさだわ~」
「無辜の市民相手というわけじゃないからな。悪の組織に通いつめ、奴等の非人道的な商売を支え、快楽を貪っているような奴等を追い詰めることに、躊躇いなんてないさ」
からかうみどりに、義久が真面目に己の意識を語る。
「その人だけを吊るし上げるの? 一人では駄目じゃないかなー。説得力もインパクトも薄いよ。最低でも三人、できれば四人は欲しいところだねえ」
純子が意見する。
「そうは言っても、偶然この一人だけの情報が漏れたわけだからなあ。これだけでも十分ラッキーなんだし、利用しない手はないぜ」
純子に向かって義久が言う。
「うむ。それにこの一人は、表通りの住人だが、裏にも精通している結構大物だぞ。一人でもスキャンダルとしては十分だ」
蔵も義久に同意を示した。
「この三木谷って客――クローンアイドルを最も多く買った客であるうえに、初期に多額の資金投資もしていたおかげで、三木谷の予約に限り、秘密裏に優先して行われている――か。この辺も実にスキャンダラスだが、こんな情報が漏れたっていうことは、ホルマリン漬け大統領の中に、こいつのことを快く思っていない奴がいて、意図的に情報を漏らしたのかもしれないな」
義久の読みは見事に当たっていた。
「オークションを襲撃して複数客を捕獲して、薬で情報引き出すってのはどうなの?」
純子が提案する。あくまで客のインタビューは複数の方が良いという考えを曲げない所に、義久は苦笑を漏らす。
「そいつは最後にとっておくさ。俺としては取りあえずこの三木谷の自宅に乗り込んで、客が自宅でクローンアイドルを飼っているという証拠を収めたい」
方針を固める義久。
「今日すぐに行くのか?」
「いや、明日でいいよ。一日のうちにそんなにあっちこっちに付きあわせても悪いし」
真の問いに、義久はにっこりと笑ってそう答え、ウインクしてみせる。
(そのウインクが似合わないとか、言わない方がいいんだろうな……。本人、気に入っているみたいだし)
こっそりそう思う真。
***
高田吹雪は小学生の頃から変わった少女だった。
非常に活発で、好奇心旺盛で興味のあることは何でも挑み、体を動かすことが好きで、学校の休み時間はいつも男子に混じって球技に興じ、下校後も結構な頻度で男子と遊ぶか、さもなければ兄の義久と、兄と同年齢の幼馴染の秋野香の三人で、つるんで遊んでいた。
義久は特に吹雪が変わっていると意識していなかったが、香はしきりに吹雪を変わっていると、吹雪のいない所で義久に訴え続けていた。
アクティヴな義久と吹雪の兄妹に比べて、香は非常に大人しくいつも受身であったが、吹雪と共に遊びつつも、どこか吹雪に心を開いていないように、義久の目からは見受けられた。
小学四年生の頃、三人は六年生の四人組に目をつけられた。
絡まれても義久は性格上全く引かず、香は黙って見ているだけ。一方で吹雪はというと、小二の女子という身でありながら、全く躊躇いも恐怖もなく、自分よりずっと体の大きな六年生に手を上げたのである。
それが発端で喧嘩へと発展し、三人は数と体格の差で最後はぼこぼこにやられたが、吹雪だけは泣こうとしなかった。それを六年生達は気に食わないとする一方で、一番小さな女子が最も根性ある様に気圧され、程々の所で去っていった。
「すっげ-なあ、吹雪。とうとう泣かなかったぞ」
「えへへへ、泣いたら負けだって思ったから」
涙をぬぐって微笑みながら称賛する義久に、吹雪は照れくさそうに鼻をこすって笑う。
しかし香は気に入らなかった。年上の男子二人が喧嘩に負けて無様に涙を流していたのに、年下の女子が耐えていたという事実は、あってはならない事とすら感じる。
吹雪はどこかおかしい、悪い意味で普通ではない――香はこの時をきっかけに、決定的にそう思うに至り、警戒すらするようになっていた。
香は義久を慕っていたが故、義久が吹雪の異常性に全く気がつかないことが不安だった。いつか吹雪が原因で、義久に途轍もなくよくない事が起きるのではないかと、漠然とした予感を抱いていた。
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