第十四章 8

 井土ヶ谷浩三はたまたまその日、クローン培養工場の視察へと訪れていた。


 入手したオリジナルの体細胞を用いて行うクローンの急速培養には、手間も時間も費用もかかる。

 科学の発達が停滞した現代ではあるが、少子化対策として、人工子宮に関しては高度な進歩を遂げている。堕胎した胎児はもちろんのこと、受精卵の状態からも、無事に出産まで育てあげることができる。だがそれは自然ペースに換算しての話であり、かつ乳児の状態にするまでの話だ。


 ここではもっと短期間のうちに、赤ん坊の状態ではなく、オリジナルに近い年齢まで二週間ほどで急速成長させなくてはならない。そのためには一人のクローンを育てあげるまでに、何人もの技術者がつきっきりで担当して調整にあたる。

 費用に関してはペイできるが、マンパワーが圧倒的に足らない。ホルマリン漬け大統領専属のマッドサイエンティスト達を、実に半数近くも独占して担当させている。その事でも組織内での風当たりが強い。


 そのような事情もあって、クローンの製作数は限られた状態が続いている。それが井土ヶ谷はもどかしい。もっと多くの人にクローンを提供し、楽しんでもらいたいと切に思う。


(三木谷が最早癌だな……)

 客の一人を思い出し、忌々しげに舌打ちする井土ヶ谷。


 初期段階からこのビジネスに多額の投資をしてくれて、なおかつ贔屓にしている客がいる。その見返りとして、その人物だけは予約も順番もすっとばして、何人ものクローンを販売しているし、オークションでも毎回高額で落札してくる。

 儲けだけを考えればそれでよしとも言えるが、井土ヶ谷はより多くの人に自分のサービスを提供したいと真剣に考えているがために、そうした客の存在は邪魔なものとして映る。


『三木谷コンツェルンは間違いなく裏通りに精通しているぜ。社長のツラからしてそういう雰囲気あるじゃん。あんな糞の下で働いている奴も気が知れねーよ』


 腹立ちまぎれに、SNSでその問題の客の悪口を書きなぐる。匿名掲示板でも似たようなことを言って煽る。井土ヶ谷の最大のストレス発散法であった。

 SNSではほとんど煽りオンリーのアカウントを作っている。わざとトンデモ論ばかり書き込み、人を見下して煽りまくる。ネット上では悪い意味での有名人として伝わっている。何故そんなことをするかと言えば、注目を浴びたいからだ。


 井土ヶ谷が元々地位や財を求めたことも、実際には別の欲求があったからこそであった。人に認められたい、注目されたいという承認欲求のために、起業して財を成した。

 本心は尊敬されたいという気持ちが強い。凄い奴だともてはやされたい。格好いいと言われたい。だが本当の意味での尊敬は、容易に得られないということを、井土ヶ谷は嫌と言うほど知っている。

 だからせめて、たとえ悪名であろうと注目だけでも浴びて、満足する。クローンアイドル販売業で、組織に多大な貢献をしたことで多くの客を満足させ、組織内でも認められていることで、満足している。


 自分をもっと見て欲しい。自分のことを考えて欲しい。噂して欲しい。評価して欲しい。本当は尊敬して欲しい。愛して欲しい。認めて欲しい。もっと、もっと、もっと。


 直属の上司である鳥仮面の大幹部が、大成功を収めた自分を認めてくれないのは、腹立たしくて仕方がない。

 そもそもあの男は、普段から何を考えているのかさっぱりわからない。病的なまでに事務的で、それが返って井土ヶ谷はイラつく。あれなら自分に理不尽なまでに厳しく当たる上司の方が、よほどいいとさえ思う。感情をろくに表さない人間というのは、井土ヶ谷にとって最悪の存在だ。


『敵襲! 敵襲!』


 視察を終えて、執務室で一服していたら、スピーカーから警報と共に流されたその単語を聞き、井土ヶ谷は顔色を変えた。


『相沢真と月那美香による襲撃発生! 技術スタッフは至急退避! 全警備員はただちに培養室へと急行せよ!』

「よりによって培養室にまで侵入を許したのか!? しかもそこでドンパチするなどもっての他だろうが!」


 血相を変えて井土ヶ谷は吠えると、自らも銃器を手に取り、怒りに身を任せて培養室へと向かった。

 敵がどれだけの強者であるとか、己の身の危険など計算に入れてない。この商売をおじゃんにされてはたまらない。妨害する者は許さない。その二つの想いだけで、井土ヶ谷は動いていた。


***


 少し時間を遡る。


 義久、真、みどり、美香の四人は、クローン製造工場の建物に、正面入り口から堂々と侵入した。

 美香が中級の運命操作術である魂の死角を用い、扉が開いて人が出入りした瞬間、物音を立てて気を引き、四人の存在を認識できなくして堂々と横をすり抜け、建物の中へと入った。


「今の能力、信じられないな……。夢でも見てるみたいだよ」


 ほとんど触れあいそうな距離をすれ違ったにも関わらず、ホルマリン漬け大統領の構成員がまるで気がついていなかった事に、義久は心底驚いた。


「しかしこの魂の死角は、一日の間に使えば使うほど、成功率が減少していく。行動も一つだけに限られる」


 さすがに潜入中なので声をひそめて解説する美香。


「扉の前にあった監視カメラにも映ってないのぉ~?」

 みどりが問う。


「監視カメラの記録は避けられん。しかし監視カメラを見ていた者はおそらくいないはずだ。あくまでおそらくだがな。この力は確実性が無い」

「似たような能力で、殺意のデコイは確実に発動だったな」


 と、真。


「うむ。ただしあれは条件がさらにキツいうえに、私にしかかけられない。む、あの扉が怪しいな」


 通路の先にあるかなり大きめの扉を見て、美香が言った。


「かなり古い建物のせいか、扉も普通に手で開けるものだな。虹彩認識も、カードキーによる施錠開閉も無しか」


 真が言いながら、無造作に扉へと近づく。


「みどり、美香、どちらでもいいから、気付かれないように扉を開けられないか?」

「ここに来るまでに、できそうな運命操作術は使ってしまった。今はもう使えないか、成功率が下がってるな」


 真の問いに、美香がそう答える。


「イェア、みどりの出番だねぇ~。あぶあぶあぶあぶぶ」

「何、その笑い方」


 みどりの独特の笑い方に、義久は思わず突っ込んでしまう。


「ふぇ~……中にはかなりの人数がいるけど、配置はまばらだわ。それぞれ仕事に集中しているし、こっそり入ってこっそり映像おさめるくらいなら、できるかもだわさ。でも、四人でぞろぞろ入るのは危険だから、ここはよっしー一人でこっそりささっと入って、長居せずにすぐに出てくるのがいいと思うよォ~?」

「俺が行くのか。うん、まあ俺が主役だからな。よっしゃ」


 胸の前で両手の拳を握り締め、気合いを入れる義久。


「じゃあ行ってくる」

 三人の少年少女の方を向いて、義久は言う。


「ちょっと待った。映像をリアルタイムで配信だけはやめた方がいい」

 真が忠告する。


「ああ、後で編集するつもりだが。生中継で配信だと何か不都合あるのか?」

「昔それで失敗したことがあってね……。何が起こるかわからないのに、生中継ってのは良くない」


 義久に尋ねられ、言いにくそうに真は答える。


「よくわからんけど、忠告ありがとさんっ。改めて行ってくる」

「気をつけていけ」

「無理するなよ」

「エロ画像よろしく~」


 美香、真、みどりがそれぞれ一言告げる。

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