第十四章 7

 真がタクシーを呼び、義久と真とみどりはカンドービルからタクシーで、ホルマリン漬け大統領のクローン製造工場へと向かった。


「高田、あんた随分とホルマリン漬け大統領に執着しているみたいだな」


 タクシーで移動中に、後部座席にみどりと並んで座った真が、助手席の義久に声をかける。


「それとも有名人のクローン製造販売に執着してるのか? いずれにせよ、ただ興味があるとかではないみたいだ」

「おいおい、ここでそんな話をされても……」


 隣のタクシードライバーを一瞥する義久。白髪混じりで髭面の初老の男で、人の良さそうな顔をしていた。

 腕が太く、体型もがっちりしている。武道の類もやりこんでいるのかなと、大きく膨れ上がった拳を見て、義久は思う。


「その人は裏通りの闇タクシー屋でもあるし、口が堅いから平気だ」

 と、真。


「ふふっ、真君に太鼓判を押されるとは、照れますね」


 微笑をこぼし、白黒入り混じった髭で覆われた顎をかくタクシードライバー。


「クローン販売は、今たまたま話題性があるネタだからな。君も襲撃したって言うし、攻めるポイントとしたらやはりここだろう。ホルマリン漬け大統領には確かに執着しているが……いきなりそんなプライベートな話を口にするのもどうかなあ。かなり人前で言いにくい話になるんだぜ、これ」


 曖昧な笑みを浮かべて義久は言う。


「言いにくい話なら別に無理に話さなくてもいい」

「いや、執着してるって察して聞いた時点で、ワケ有りな話って察しがつくだろ」

「ワケ有りと一口で言っても様々だろう」


 実の所、真は義久の動機を大体察していた。真はそういう動機の人物と接すると、何となく察してしまう。


「妹があの組織に殺された。それだけだ」


 なるべく感情を抑えた声を意識して出す義久。


「また復讐目当てか」


 真が用意しておいた言葉を口にする。わかっていても、改めて聞くことでうんざりする。


「復讐なんてしたってろくなことないぞ」

「俺は復讐なんてろくでもないと、ありきたりのことを言う奴の方に虫唾が走るけどな」


 かなりカチンときて、語気を強める義久。年下相手に大人気ないとも思ったが、これだけは引けない。


「ありきたりじゃないね。それがいかにろくでもないか、虚しい行為か、わかっているからこそ言うんだ。僕は裏通りに堕ちてから散々見ている。復讐目当てに力を求めて、それを実行しようとした奴がどんな末路をたどったか。綺麗事言うなとぬかす奴も何人もいたが、復讐して良かったと言えた奴はあまり見たこと無いな」

「あまりってことは、少しはあるってことだろ?」


 義久が突っこむ。


「そう。少・し、だけだよ」

 少しという部分を強調する真。


「じゃ、俺もその少しになる予定で。ていうか復讐っていう言い方が好かんなー。仇討ちって呼びたい。イメージ的に復讐って言葉はドロドロしている感じあるし、俺はもうちょっと爽やかにいきたいんでな」

「仇討ちって言い方だと、爽やかな印象なのか?」


 今度は真の方が突っこんだ。


「復讐したいと思っていた相手が実は自分の勘違いだったとか、復讐しようとしたのに他の奴に殺されていたとか、そういうケースもあるし、何を言われようと僕には肯定する気にはなれないよ」

「復讐する前に勘違いが発覚だったら別にいいんじゃね? それに俺は他の奴がすでにカタをつけていたら、それはそれでいいとして、こだわらないぜ。自分の手でケリつけたかったと思う奴もいるかもしれないけど、俺は違うな」


 何が何でも自分の手で恨みを晴らしたいとか、そういった暗くおどろおどろしい気持ちは、義久には無い。

 遊びで命を奪われた身内の無念が晴らされれば、それでいいと思う。それに加えて、そんなことをしている連中が存続している事を、黙って見過ごしたくも無い。


「よっしー……。真兄もさァ、復讐を目論んでいるんだ。だけど、その虚しい結末を何度も目の当たりにしているから、複雑なのよ。『おう、あんたも復讐目当てか、お互い頑張ろうなっ』とは言いづらいんだよォ~」

「何であっさりバラすんだ。人のプライベートを」


 口を挟むみどりに、真がやや不満げな響きの声を出す。


「最初によっしーから聞き出したのは真兄なのに、何言ってんの? 真兄もバラさなけりゃフェアじゃなくね? よーするにさァ、真兄は復讐する奴の気持ちも十二分にわかっていて、自身もその立場でなお、他人の復讐は否定してるんだわさ。しかも自分が復讐しようとしているのに、次から次へ復讐目的な奴が研究所に訪れて、ひどい末路をたどるのを見せ付けられているんだから、そりゃ真兄からするとたまらないよォ~」


 みどりの言葉を聞き、義久は真に親しみを抱くと同時に、憐憫にも似た感情が沸き起こる。


「真君、復讐が虚しいのは確かだし、君の立場もわかるけどね。それでもだ、君自身も復讐を目的としているのなら、他人の復讐に否定的な論調で口を出すのもどうかと思うな」


 タクシードライバーが小さな子供に言って聞かせるような、柔らかい口調で諭す。


(この空間全部僕に否定的か……。しかし筋は通っていて反論できない。僕が一番幼稚な気がする)


 真は押し黙ってしばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐き――


「そうだな。僕が悪かった」

「いや、いきなり謝るのはどうなんだい? 納得できないけどとりあえず謝るとか、そういうのはよくないよ。反論があるのなら、全部吐き出して、そのうえで自分が間違っていたと思うのなら謝ればいいけどね」


 真が謝罪した直後、タクシードライバーが真の心を見透かしたかのように言う。


「間違っていたとは思わないが、余計なことを言って不快にさせたのは認めるってことだ。でもまた口に出しそうだ」


 若干投げやりな口調で真は言った。自分で振った話題でありながら、この話題を続けるのがもう面倒になっていた。


***


 安楽市は多摩西部の市町村を合併した広大な面積の都市である。東京西部の大半が安楽市となっており、丘陵地帯や山岳地帯も全て含まれる。

 人が立ち寄らない山の奥には、裏通りの組織が密かに施設を建設しているケースが多い。あるいは元々人気の無い場所に作られた工場等の建物を買い取り、流用していることも多い。


 緑に包まれた山々の間をぐねぐねと曲がりくねって伸びる狭い街道。時折坂道にもなるが、分かれ道はほぼ無い。

 ぽつぽつと民家や用途不明の建物も見受けられるが、美香が目指す施設は、街道から多少離れた場所にあるとのことだ。おそらく衛星写真で場所を割り出したのだろう。


「車を早く降りすぎたか!」

 徒歩で街道を歩きながら、美香は叫ぶ。


 いくら街道から外れた場所にあるとはいえ、完全に道無き道の先に建物があるとは思えない。それではいくらなんでも行き来が大変すぎる。おそらくは人がちゃんと通れる獣道程度はあると思われるので、美香はそれを歩きながら探していた。

 しばらく歩くと、壊れたガードレールの合間に、草木が生えていない赤茶けた地面が露出した下り道が伸びているのを発見した。わりと急な斜面だが、通れないことはない。


(情報が正しければ、そして私の見当が合っていれば、この先だな。いや、この先であってくれ。いい加減疲れた)


 無駄な体力の消耗がこの先に影響しないかと懸念する。

 今回は下見を兼ねた偵察のつもりだけで来たにも関わらず、偵察の時点で大変なことになっている。クローン達の解放も行うとなると、こんな辺鄙な山の中からどう助けろという話になってしまう。


(まどかと私のクローンが作られてないかどうかも、この施設だけで確認しきれるわけではないしな)


 美香が現在目指しているのは、クローン製造工場であるが、作られたクローンを教育する施設もあるというし、すでに売られているものまで含まれれば、確認は非常に困難である。


 クローン製造をやめさせるにも、販売されたクローンの販売先全てを助けるのも、自分一人ではとても無理という結論は、美香の中ですでに出ている。だが、あてが無いわけではない。

 取りあえずは調査から。証拠だけでも押さえて、裏通りのニュースサイトに告発し、悪行にも程があると訴えて有志を募り、裏通りにおける世論を動かしたいと考える。


(それで賛同して動いてくれる者がいるかどうかは不明だが、ペンは剣より強しという言葉を信じるしかないな! 他にいい方法が思いつかん! キツい仕事を引き受けてしまった気がするな。しかし受けたからにはやり遂げる!)


 両手で頬を叩いて渇を入れ、帽子を目深に被りなおし、下り道を歩いていく。

 やがて古めかしい建物を眼下に確認し、美香は足を止める。四階建ての、古ぼけたマンションのような建物だ。ぱっと見、工場には見えないが、美香が情報組織から買い取った映像と同じ建物であった。


「幸運の前借!」


 運命操作術を発動しつつ、双眼鏡で監視カメラなどが備わってないかをチェックをする。文字通り、未来に起こるはずの小さな幸運を前借りし、小さな幸運を起こす運命操作であるが、連続使用は出来ないし、使用できるのは一日に一度だけだ。使用後に賭け事などを行えば必ず負けるので、使用後に賭け事を行うことで、前借を意図的に支払うという事も可能である。

 果たして、木に取り付けられた、カモフラージュされた監視カメラをすぐに発見できた。それも三箇所も。普通なら目を凝らしてもわからないような位置に光明に隠されているのが、一発で全てわかった。


 カメラの位置に気をつけて接近を試みようとしたその時、美香は背後に気配を感じ、獣道から離れて草むらに身を隠す。

 しかし、現れた人物を見てすぐにまた道へと現れる。


「真! みどり! それに他一名!」


 突然現れて声をかけた美香に対し、相手の方が驚いていた。


「ふわぁ、美香姉がこんな所にいるよぉ~」

「おおう、本物の月那美香かっ? 俺ファンなんだよ。サインもらおーかな」


 みどりと義久が続けざまに言う。


「何でこんな所に美香がいるのか大体察しがつくけど、情報交換といこうか」

「応!」


 真の言葉に応じ、美香は依頼内容と目的を語った。もちろん依頼者の名前は伏せておく。


「一人でそんな大仕事をしようとしていたのか?」

 美香の話を聞き終え、呆れる真。


「僕がすでに奴等のオークションを何度か襲撃しているのを知らなかったのか?」


 それを知っていれば、自分や純子に協力を請うということも出来たというニュアンスを込めて、真は言った。


「情報が抜けていたようだ! だが真っ! お前と純子が味方になってくれるなら心強いことこのうえない!」


 美香の顔が明るくなる。非常に大きな幸運で導かれたと意識した。


「じゃあ、今度はこっちの事情を話す番だな」


 真が事情を話しだす。義久の依頼で、ホルマリン漬け大統領のクローン販売のスクープをしようとしていることを聞き、美香の顔が険しくなっていく。


「マスゴミには良いイメージがない! 信用ならん!」

「そりゃ無いぜ。俺は報道の正義を信じている男だよ。ペンの力で、ホルマリン漬け大統領に一矢報いたくて、新聞社も退社して裏通りに堕ちてきたんだぜ?」


 不審を露わにする美香に、義久は真剣な面持ちで語る。


(確かに悪い奴ではなさそうだ。それに……この男がやろうとしていたことは、私がやろうとしていたことと同じ。プロだったこの男の方が、もっと上手にできるかもしれないな)

 と、計算を働かせる美香。


「美香姉、よっしーは信じていい奴だぜィ。みどりが保障するよォ~。話してみればわかるって。人相からして、信用できそうな人相だもーん」


 みどりが助け舟を出し、にかっと歯を見せて笑う。


「ほおほお、みどりから見て信用できそうな人相だったのか、俺」

 照れくさそうに頭をかく義久。


「わかった! 一応信じよう! あくまで一応! 今だけ! 暫定だ! 所詮マスゴミ! では早速進入するが、あそことあそことあそこに監視カメラがあるから注意しろ!」

「よくわからないから、監視カメラの位置を特定してあるなら、お前が安全なルートを先導してくれ」


 木々を三箇所、素早く指差しまくる美香に、真が要求した。

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