第十三章 25
「知ってるけど?」
あっさり答える純子。
「何たる皮肉っ。いえ、もしかしてそれが貴女の選択? あるいはそういうセンスですの? 素晴らしい、素晴らしいですわっ。流石としか言いようがありません。流石は純子っ。で、それは私へのあてつけのつもりでして?」
嘲笑気味に言う百合に、純子は小さく息を吐く。
「ただの偶然なのに、何をそんなに一人で勝手に盛り上がって大騒ぎしてるのかなあ」
やや呆れた響きの声が、純子の口から発せられる。
純子のこういう声は、百合もあまり聞いたことがないし、自分が純子にそんな声を出させたという事実に、冷水を浴びせられた気分になった。
「恋敵とは普段どのような会話をなされているのかしら? それとも何も話してはいませんの?」
引っ込みがつかなくなった百合は、それでもなおその話題を続ける。
「彼女はともかく、私の方はそういう意識したことないかなあ。仮に意識なんかしちゃったら、どう接したらいいかわからなくなって、百合ちゃんの言うように、会話とかしづらくなっちゃうしねえ。まあ、普通は自分の守護霊と会話しないもんだけど」
己の後ろを振り返り、曖昧な表情で純子は言った。
「大体私、元々色恋沙汰はからっきしだったわけだしさあ、まともに付き合ったのもあれが最初で最後っぽいから、あんまりそういうネタ振られても、答えづらいよ」
「それだけ長い時間を生きてきたのに、恋愛関係は全く駄目というのは滑稽ですわ。そしてそんな所に隙が生じるなんてね」
純子がマイペースで喋る一方で、百合はいささかムキになって、執拗にこき下ろす方へと繋げていく。
「その隙をついて、貴女とあの子の間柄を壊してあげたあの時、私はこのうえない絶頂を味わえましたわ。でもあれだけではまだ足りない。貴女の顔が悲痛に歪む所を一度でも見てみたいので、より芸術的かつ決定的な破滅を――って……何をしていますの?」
自分の顔を両手で左右から押しつぶして、にらめっこでもするかのような変な顔を作っている純子を見て、いい気分で喋っていた百合であったが、不快な気分になる。
「悲痛な顔が見たいっていうからさあ、見せてあげてるんだけどー」
「あはははっ、百合様、笑っちゃいますね。あれで面白いつもりなんですよ、あははははっ」
憮然とする百合の隣で、少年――斉藤白金太郎が、純子を指差して心底おかしそうに笑っていた。
「純子のにらめっこがおかしくて笑っているのか、純子が面白いつもりで滑っていると主張して笑っているのか、いまいち判別がつきませんが……」
白金太郎を見やり、呟く百合。
「亜希子ちゃんは、どういうつもりで私の所に送り込んできたのー?」
純子に問われ、百合はちょっとホッとしてまた微笑を浮かべてみせる。今回はもうからかうのも煽るのもやめておこうと、心に決める。
「睦月と同じですわ。また共同制作をしてみたかっただけでしてよ」
答える百合。他にも意図はあるが、今は口にしない。
「睦月は、私と純子の間で作った最高傑作でしょう? 貴女が最も求めた研究素材ではなくって?」
「意図的に作られた素材なんて願い下げだよー。それにさあ、あの子ですらもアルラウネには選ばれなかったしねえ」
「選ばれなかった?」
「アルラウネは宿主に力を与えつつ、自分が力を与えきるにふさわしいかどうか、選んでいるみたいなんだよねぇ。十年前の怪獣騒動ですら、完全体にはなりえなかったみたいだし。アルラウネが力をフルに発揮したらどうなるのか見てみたいし、研究して利用できないか試してみたいところなんだけれどさー。とはいえ、所詮コピーやリコピーでは……」
「私には興味の無い話ですわね」
百合が純子の話を遮る。
「亜希子も睦月同様、貴女と私の共同作業の賜物となりましたわ。純子は私の息がかかっていると知りながらも、あの子を拒絶しませんでしたよねえ。純子が己に課したルールに従っただけというのは、私も存じておりますが、それを踏まえてなお、とても嬉しいですわ。また純子と一緒になれたかのような感覚ですもの」
百合の言葉に、純子は何も答えなかった。亜希子が百合の手の者であることは、零が同伴の時点で察せられたが、だからといって力を与えることを拒みもしない。百合の言うとおり、あくまで純子自身が定めたルールに従って、力を与えると同時に実験台にしたまでの話だ。
全て百合に先回りして言われてしまったので、純子は何も言うことがない状態になっていた。
「亜希子も睦月も、きっと素敵なダンスを踊って、私達を楽しませてくれることでしょう。そろそろ舞台の開園ですわ。貴女があの子を育てる時間を五年もあげましたのよ。ええ、そろそろよいでしょう?」
「そうかもねえ」
百合の宣戦布告を受けてもなお、純子は曖昧な答えしか返さない。
「あの子がどんな踊りを見せてくださるか、楽しみでしてよ」
「俺も立派に踊ってみせますよ。百合様を楽しませるために」
白金太郎がへつらいの笑みを広げて宣言する。
「余計な口を挟んでいいと私がいつ言いました? 罰が必要ね」
言うなり百合が義手を横薙ぎに振り、白金太郎の頚動脈を切断した。
「ぎゃああああっ! 百合様っ、すげえ血が出てる! これヤバイですよっ! 超ヤバい!」
「お黙りなさい。ちゃんと死の舞踏を踊りなさい。それさえも満足にできないなんて、貴方はつくづくどうしょうもない子ですこと」
甲高い声で悲鳴をあげる白金太郎に、百合はうんざりした顔で告げる。
やがて白金太郎は無言で崩れ落ち、絶望の表情で天井を見上げる。
「見て、この絶望した表情。これこそ芸術でしてよ。今まさにこの瞬間、この顔が見たくて私は今までこの子を懐かせていましたの。ああ……素晴らしい……この子の心に亀裂が入るのが目に見えるかのよう。そして失意と絶望のうちに消えゆく命……ああ、これこそまさに芸術」
「それの何が楽しいんだか、私にはさっぱりわからないなあ」
自分に盲目的に服従していた少年を殺してみせたうえに、自分の行為に酔いしれている百合に、どうでもよさそうに純子が言った。
「相変わらず、センスが無いというか、面白くないことしかしない子だねー」
「また、それを言いますの?」
自己陶酔してうっとりとしていた百合の表情が一変し、険のある顔で純子を睨みつける。
「んで、他人をこけにして、煽って、嘲るのは大好きでも、自分が少しでも否定されることには徹底して反発する。いや、怖いんだよね? だから傷つける側に回る。傷つけられる前にさあ」
「さらに付け加えるなら、私の分析をして、それを人前で語られるのも、とても不愉快ですわ」
「人前?」
百合のその一言を訝る純子。他に誰かいるのかと周囲に意識を巡らすが、気配は感じられない。
「否定はしませんわ。貴女の前で取り繕ったり誤魔化したりしても、無意味ですものね。私は確かに攻撃されることが怖いから、先に誰かを攻撃して自分を安心させています。でもそれが何か悪いことかしら? 私なりの防衛手段であり、私なりの快楽の得る方法ですのよ。そもそも負の感情に乏しい純子に否定されても、説得力がありませんわ」
「私も大昔は人並みに傷ついたり泣いたりしたことがあるから、漠然とではあるからわかるよ。それに今は余計にね。少しずつだけど、私の欠けた心が戻ってきてる。あの子のおかげでね。百合ちゃんのおかげでもあるけどさあ」
純子の最後の言葉を耳にして、百合は何ともいえない複雑な表情になり、押し黙る。
「いつまで寝ているの? 行きますわよ」
「はいはい」
百合の一言に、死んだと思われた白金太郎があっさりと起き上がり、流石の純子も驚いた。
「純子、私は一つ嘘をつきましたわ。懐かせておいて裏切って殺すなど、確かに楽しいことではありません。ただ――似たようなことを私は貴女にされましたのよ? 私は白金太郎を使って実践してみせただけですわ。それを貴女がつまらないと仰るのは、如何なものかしら?」
「別に私は百合ちゃんを懐かせてもいないし、裏切ってもいないけどなあ」
白金太郎を使って芝居を演じたのは、かつての自分と百合の離別を模倣してみせたものであると言われ、純子は苦笑してしまう。百合からすれば同じなのであろうが、純子の解釈の仕方は全く異なるからだ。
「では本日はこの辺でお暇しますわ。御機嫌よう」
「うん、じゃあまたねー」
余計な台詞も付け加えず、手短に別れの言葉を継げる両者。
純子の目から見て、今の会話で、百合の心境に相当影響があったように見受けられた。それが具体的にどのようなものかは計り知れないが、表情の変化や言葉を聞いて、純子にはそう思えた。
「雪岡純子、思ったより馬鹿な女ですね。俺が死んでいたと思い込んでいたようですよ」
「私の大事な純子を貴方如きが馬鹿呼ばわりするとは、許せませんわ。罰が必要ですわね」
「ぐぎゃあっ!」
文字通り頭がへこむほど、百合に義手で殴打され、白金太郎が悲鳴をあげる。
「正直百合ちゃんより、お付きの子の方が余程興味そそるなあ」
二人の後姿を見送りながら純子がそう呟いた直後――
(あれが私を殺した奴なのね?)
純子の後ろから、純子にだけ聞こえる声が響いた。直接殺したのは別人だが、殺すよう命じたのは百合であることを見抜く。
「そうだよ」
つい最近、自分の新しい守護霊になった者に向かって、純子は頷いた。
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