第十三章 16

 突如現れた、血まみれの小太刀を引っさげて、ニヤニヤ笑いながら歩いてくるゴスロリ衣装の少女。それはかなり異様な存在として彼等の目に映り、同時に危険な侵入者として認識し、黒服達は一斉にサブマシンガンを構えた。


 立て続けに鳴り響く銃声。亜希子はまるで銃弾の隙間をかいくぐるかのようにして、手近にいた黒服の男めがけて突っこむ。


「ファッ!?」


 亜希子が接近すると同時に、股間が凄い力で掴まれて引っ張られるような感触を覚え、男は戸惑いながら腰を前方に突き出す。

 目にも留まらぬ速さで小太刀が二度振られる。局部と喉を切り裂かれ、黒服は血を撒き散らしながら倒れる。


 続けてさらに近い場所にいた黒服二人をこれまで同様に、局部引き寄せによって局部と首切断というコースで瞬時に斃し、止まることなく室内を駆ける。


 さらにもう一人殺した後で、部屋に設置してある機械の陰に飛び込み、一息つく亜希子。飛び出せばまた銃弾の雨あられだが、こちらは接近戦オンリーなのだから、覚悟して飛び出すしかない。


「その銃は厄介だけど、あんた達なんかより、真一人の方がよっぽど強そうよ」


 挑発的に言い放つと、亜希子は再び黒服達の前に躍り出る。

 火衣より授かりし力によって、黒服達の銃口の動きが追いつかない速度でもって、亜希子は室内をジグザグに駆け回り、一人、また一人と黒服の陰部と喉を切り裂いていく。


 亜希子の気付かぬ所で、黒服の一人が、何を思ったか不意に銃を捨て、物陰へと身を潜ませた。

 残り一人と見なした相手を惨殺し、亜希子はようやく動きを止める。


「機関銃とか、やっぱりちょっと怖かったかも。でも――」


 一息つきながら独り言を口にしている最中、物陰から黒服の一人が徒手空拳で亜希子めがけて飛びかかった。

 黒服の手刀が横薙ぎに亜希子の首めがけて振るわれる。


 亜希子は慌てて小太刀でそれを防いだ――かに思えたが、手刀の威力の重さは亜希子の想像をはるかに上回っており、首をへし折られずには済んだものの、受け止めきれず亜希子の体が大きく横向きに吹き飛ばされる。

 床に倒れた亜希子に、黒服が追撃をかける。その速度に亜希子は目を見張る。自分とさほど遜色のないスピードだったからだ。


(この人も何か不思議パワー持ち? ただの人間とは思えないわ)


 亜希子は思う。

 真の動きも相当なものだったが、ただ純粋な速度で言えば、自分の方が上だった。

 真の場合は、反応速度や技量や読みあいといった面で自分を大きく勝っていたがために、いくら速度だけ勝っていても、亜希子では訓練で一本も取れなかった。


 だがこの敵は、速度だけでも自分に匹敵する。

 常軌を逸した力を秘めた者であると、亜希子は認識し、気を引き締める。


 亜希子と向かい合い、黒服が歯を見せて不敵に笑う。鋭く尖った牙が伸びているのを、亜希子は見た。


 黒服と亜希子、ほぼ同時に床を蹴り、相手に向かって突進する。そう距離は離れていないので、すぐに互いにアタックレンジに入る。


 小太刀を黒服めがけて突き出す。刺そうとしているわけではない。これまで同様、小太刀の見えざる力で性器を掴み、体勢を崩す目論見であった。

 しかし黒服は、これまでに仲間達がどういう殺され方をしてきたかも観察していたがため、その対処もおおよそ見当がついていた。

 股間を小太刀の照準に合わないよう体をひねって、亜希子と向かい合う体の面を斜めにする。少なくとも体の正面部分は、横からもほとんど亜希子には見えないようにした。それだけで小太刀の力は防ぐことができた。

 目論見が当たって、黒服は内心安堵しつつ、半ば背を向けた状態で亜希子へと接近し、後ろ蹴りを見舞う。


(真と何度も訓練しておいてよかった)


 ほくそ笑みながら、亜希子はその蹴りを難なくかわし、伸びきった足の足首めがけて小太刀で切りつけた。


(今のパターンは真との訓練で何度か見たからねぇ~)


 驚いてその場を離れる黒服であったが、その動きに合わせるようにして亜希子は黒服の後を追い、さらに刀を突き出す。


 後ろから脇腹を小太刀で刺され、黒服の全身から脂汗が噴出する。傷は相当深い。

 黒服が裏拳を見舞わんとするが、亜希子は余裕を持って身をかがめてかわす。脇腹から小太刀を引き抜き、血がほとばしる。


(あーあ、服に血がかかって汚れちゃったじゃない。ここまで血がかからないように気をつけていたのに)


 余計なことを考えながら、明らかに動きも反応も鈍くなった黒服の首めがけて小太刀を突き刺す。絶望の表情で亜希子のことを見つめながら、黒服はうつ伏せに倒れた。


「この人のアレは切れなかったけど、まっ、いいかー。強かったし、頑張ったしね」


 戦った相手への敬意と称賛を込めてそう呟くと、亜希子は部屋を後にした。


***


 純子だけは一人自室に留まり、とある来客を待っていた。


「どうぞー」

 ノックの音がしたので、声をかける。


「ミャー」


 扉が開き、携帯電話に前もってメールで連絡していた人物が顔を覗かせ、にっこりと愛想よく笑う。純子もそれに対して笑顔で返す。


 もっとも連絡があったと言っても、一応発信者の名は通知されていたが、文章は一文字meowとしか書かれていなかった。

 しかしそれで純子は、このタイミングで連絡を寄越すというだけで、相手の意図がわかってしまった。これから会いに行くと断りを入れていると。


「久しぶりねー、エリック君」

「ミャー」


 単身で純子の元を訪れたエリック・テイラーが、朗らかな笑顔で鳴いて挨拶をする。


「ミャー」


 エリックはいつも通りミャーとしか言わない。しかし純子は何となくだがわかる。


「メンテナンスは必要無いと思うよー。肌のツヤとか見れば大体わかるしー」

「ミャ、ミャー」


 伝わっていなかったようで、エリックは微苦笑と共に首を横に振った。


「ミャー」

「ただ顔見せにきただけ?」

「ミャー」


 純子の言葉に、エリックは嬉しそうに頷く。


 エリックはかつて雪岡研究所を訪れ、身体能力の強化及び、手だけ猫化するという改造手術を施されている。


 自分達の敵の立場であるにも関わらず、エリックは堂々と純子の元を訪れ、実験台となる代わりに力を得ることを望んだ。

 純子も敵の要望にも関わらず、何の躊躇いもなく、改造及び実験を行った。エリックの純粋さにあてられたという部分もある。


 当時両者の間でどういうやりとりがあったかといえば、突然研究所に一人で現れて、ミャーミャー言うだけであったが、それで純子にも伝わったし、改造するための確認もしっかり取った際も、ミャーミャー言うだけで拒絶せず、純子の言うことに素直に従った。


 エリックが突然手を猫化できるようになった理由は、実のところジェフリーですら知らない。ジェフリーに尋ねられた際、ちゃんとエリックは純子の所で授かったことを告げているが、ミャーとしか言わないので伝わっていない。


「ミャミャッ、ミャー」

 笑顔のままバイバイと手を振るエリック。


「じゃあ、またねー」

 純子も笑顔で手を振ったのを見届け、エリックは部屋の外へと出た。


「さてと、待ち合わせの約束はこれで済んだし、私もそろそろ出るかなー」


 純子が呟いて立ち上がったその時、ノックの音がした。


「どうぞーって、ミサゴ君か」


 すでに救助活動に向かったはずのミサゴが、心なしか憮然とした顔で、部屋の扉をちゃんと開けて室内に現れる。亜空間トンネルの扉は部屋の前に開き、そこから手だけ出してノックをした。


「あの亜希子という娘、海チワワの兵士は殲滅したが、被害者の救助を忘れていたぞ。僕が亜空間にかくまったからよいが」

「あれま。メールで注意しとくよー」


 ミサゴの報告を受け、純子は携帯電話を取り出して空中にディスプレイを投影し、メールをうちこむ。


「ジェフリー・アレンのいる場所に相沢真が接近している。正確には、相沢真が向かう先にジェフリー・アレンが動いたのだが。僕らも救援に行った方がよい」

「んー、真君ならジェフリー君一人相手だったら、十分戦えると思うけどなー」


 いつもジェフリーとセットで行動しているエリックが、近くにいないことはわかっている。つい今までこの部屋にいたのだから。


「一対一であればな。然れど彼奴の私兵が何人もいるというのが不味い。兵士が前方に出て戦うとあれば、彼奴は魔術師としての力を如何なく発揮するであろう」

「そうかなー。真君、今までだってジェフリー君とエリック君のセットとも戦っているし。まあ数が多いとしんどいという面もあるかもねー。敵の火力も高めだし」

「君はあの少年が大事ではないのか? 助けぬと言うなら僕が助けに行く。僕の依頼を見返りなく引き受けてくけた義がある故、見捨てることはできぬ」

「あははは、超々大事だよー。一緒に行こ」


 笑いながら言うと、純子はミサゴの横を通り抜け、亜空間トンネルの中へと入っていった。

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