第十三章 15

 明晰夢を見たせいか、火衣と接したせいか、亜希子は眠気が覚めきらない状態で、純子の部屋を訪れた。


 室内には純子と真と零の三人の他に、初めて見る顔があった。


「えっ? これってひょっとしてイーコ? 本物っ?」


 室内にいたミサゴの姿を見て亜希子は表情を輝かせ、感動と興奮が合わさった声をあげる。


「否、僕はワリーコである」


 律儀に否定するミサゴ。これまでに何度もイーコ扱いされ続けてきたが、その度に否定してきたし、これからも否定していくつもりでいる。


「わりーこ? いや、イーコなんだよね? テレビの特集で散々見たのと同じだしー。偽者? 子供がイーコの格好しているだけ?」

「性質の定義の問題で、種族としては間違いなくイーコのようだぞ」


 訝る亜希子に、零が解説する。亜希子には何のことやらいまいち伝わらなかった。


「ねね、ちょっと抱いていい?」

「断る」


 ミサゴの前にて笑顔で両手を広げる亜希子に、ミサゴはすげない態度をとる。


「この子も一応、救出作戦の協力者なんだよー。ていうか、私達に依頼してきたのがこの子なんだ。それともう一人来ることになってるけどね」


 純子が言ったその時、丁度タイミングよくそのもう一人が現れた。

 ノックと共に入ってきたその人物を見て、亜希子はまた驚いた。とんでもなく背の高い女性だったからだ。


「ん? 見たこと無い顔が一つあるな。初めまして。安楽警察署裏通り課の芦屋黒斗だ」


 声を聴いてさらに驚く亜希子。


「凄い大きな人だと思ったら、オカマさんなのね。でも綺麗な人だし、とても優しい光で満ち溢れているわ」


 黒斗を見上げて目を凝らし、亜希子は言った。この人となら仲良くもできそうだと即座に判断する。


「何だ、それ。俺のオーラか何かでも見えるの?」


 亜希子の変わった言い回しに、黒斗は照れくさそうに微笑む。


「おはよー、黒斗君。で、一応メンツが揃ったってことでいいよね。他にも凜ちゃん達がいるんだけど、あっちはミサゴ君と顔合わせしづらい別のイーコが絡んでいるから、ここに呼びづらいらしくてねー」


 純子の言葉の意味は、亜希子や零や黒斗にはいまいちわからなかったが、他にも救出作戦を行うメンツがいて、別行動を取る程度には伝わった。


「昨日のうちに僕が船を隅々まで調べ、どこに捕らわれているか大体把握した。全ては把握できず。ジェフリー・アレンのいる場所には警戒して近づかなかったが故」


 全員揃ったとあって、ミサゴが話しだす。


「ジェフリーのいる場所がわかっているのか?」

 真が尋ねる。


「僕の持つ魔道具の力だ。貴重品であるが、一度奴と交戦した際に、奴が亜空間トンネルの接近すら感知する力を持つと知り、奴をマーキングし、奴の側にある程度接近すると反応するようにしておいた」


 言いつつミサゴは、黄色い宝石のようなものをつまんで一同に見せる。


「助けた人は他に大きめの部屋をとってあるから、そこに誘導してくれ。場所は――」

 黒斗が部屋の番号を告げる。


「僕はできるだけ救助した者を亜空間トンネルにかくまって移動するので、一度に何人も助けられる」

 と、ミサゴ。


「ミサゴはともかく、僕らはそうもいかないから、救助するごとに、助けた人達をいちいちその部屋に誘導してから、他に行くという形になるか。別々の場所に捕らわれているから、面倒だな」

 真が言った。


「なるべく分散したい所だが、戦力を分けすぎるのもな。あ、俺は一人で十分だぞ」

「僕も一人でいい」


 黒斗と真が続けざまに宣言する。


「私も一人でいいけど、零は一緒に来るんでしょ?」

「いや、俺は不参加だ。傍観者に徹するつもりでいるが、側で見ていたらつい手を出してしまいそうでもあるしな」


 亜希子に問われ、零は軽く首を横に振った。


「私も救出作戦そのものは手が空いたときに参加ってことでいいかなあ? 人手が欲しい状況でこんなこと言うのも心苦しいけど、他にやりたいことがあるからねー」


 純子が断りを入れる。真が何か言いたそうに純子をじっと見つめる。


「な、何? 真君」

「べ、つ、に」


 ジト目で純子を見つめながら、わざわざ一字ずつ区切って言う真。自分と別行動をしている間、どうせここぞとばかりに、ろくでもないことをしでかすつもりだろうと、そういうニュアンスでガンをとばしていた。


***


 作戦開始ということで、純子以外の五人は部屋を出た。零だけは自室に戻り、救出に向かうのは亜希子、真、ミサゴ、黒斗の四人だ。


 船内見取り図のパンフレットに目を落とし、船内を歩く亜希子。

 捕らわれている場所に番号と印をつけてもらい、自分の担当箇所を番号順にまわっていくようにと言われた。場合によっては他の三人とかぶる時もあるが、その際は一緒に救出活動を行うようにとのことだ。


「えーっと、この先でいいのかな」


 立ち入り禁止と書かれている札が吊るさったロープをくぐり、廊下を歩いていく。


「ストップ! ココカラは立ち入リ禁止デスよ」


 屈強な体型の黒服の外人が二人現れて立ち塞がり、片言の日本語で制止をかける。


「でもこの先にさらわれた人がいるんでしょ? あなた達、悪者なんでしょ?」


 目を凝らして黒服達を見ながら、亜希子は言った。二人共、鉄屑が幾つも重なったようなヴィジョンが見えた。これは明らかに敵だと亜希子は認識する。

 亜希子の言葉に黒服が顔色を変える。


 次の瞬間、亜希子が小太刀を抜いたのを見て、黒服達は顔色を変えるどころか、表情を強張らせ、懐のマシンピストルに手をかけた。

 銃を抜こうとした刹那、二人の黒服は己の体の異変に戸惑い、銃を抜くという動作が頭の中から完璧に消失した。


 亜希子が黒服達に向かって小太刀の切っ先を向けると同時に、黒服二人の体の一部が、目に見えない力で、亜希子の方へと引っ張られた。

 引っ張られている部位を具体的に言うと、性器と睾丸だ。二人の黒服は腰を突き出すようにして無防備な姿を晒し、亜希子のいる方へと少しずつひきずられていく。


 怨霊火衣が宿る小太刀は、亜希子の身体能力を引き上げるだけではなく、もう一つの能力があった。それが今、発現している。


 亜希子が小太刀を振るい、二つの悲鳴が立て続けにあがる。


「あははははははっ」


 ズボンの上から器用に性器を切り落とすと、亜希子は股間を切り裂かれた二人の男の、痛みに歪んだ表情を見て、心底楽しそうに笑う。


「ああ、その情けない表情見るのたまらないわ~。皆同じ表情するのよねぇ」


 男の一人に顔を寄せ、にやにや笑いながら告げる亜希子。


「シット!」


 性器切断のショックで固まっていたが、ようやく銃を抜く黒服二人。

 だが銃を抜いたその時には、亜希子は彼等の前にはいなかった。二人の横を駆け抜け、後方を歩いていた。


 黒服二人の首筋から噴水のように血がほとばしり、ほぼ同時に二人の男が崩れ落ちた。亜希子はそれに目もくれず、先を進む。


「ここかなあ」

 突き当りの扉を前にして呟き、扉を開けようとするが開かない。


「ねね、火衣の力でどうにかできない?」

 小太刀に向かって話しかけるが、反応は無い。


「そんなに何でもできるわけでもないか。じゃあ、いちかばちか……」


 亜希子が勢いよく小太刀を壁と扉の間に突きたてる。少し固い感触はあったが、それでも切ることができるのを確認し、亜希子は精一杯力をこめ、錠を無理矢理切断しにかかる。


 扉を開き、亜希子は中の部屋へと入る。様々な機械が稼動している広い部屋で、中には何人もの黒服達がサブマシンガンを携帯し、待機していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る