第十三章 11

 雪岡研究所リビングルームに三味線で小フーガト短調が流れ、戦隊もののフイギュアを自作していた純子が手を止め、電話を取る。室内には読書をする真の姿もある。


『僕だ。昨夜倉庫にて海チワワと交戦し、人質をある程度解放できた。しかし多くは船の中へと運び込まれた。すでに運ばれ済みの者もいたが』


 電話の相手はミサゴだった。


「船に乗せられる前に少しでも解放しておけば、船に乗ってからが楽っていう計算かなー? 私達の協力は請わずに、ミサゴ君一人で先走った理由は?」

『最初の質問はその通りだと答えておく。次の質問は、他のイーコが複数絡んでいたからだ。彼等が動き出す前に、ある程度のカタをつけておきたかった。僕とイーコは別個に行動しているが故。目的は同じであれど、協力関係には非ず。さりとて彼等だけに任せるも不安。それともう一つ報告がある。イーコ共は人間の協力者も雇っていた』

「イーコは人前に姿を現さないのが基本なのにか?」


 真が尋ねる。


『イーコだけでは手に負えないと、彼等も判断した結果であろう。調べてみた所、『ほころびレジスタンス』という小さな始末屋組織の三人組であった』


 ほころびレジスタンスの名を聞き、思わず顔を見合わせる純子と真。


「奇遇だねー。そこは私達と懇意にしている組織なんだ。ミサゴ君からも改めて協力を請う方がいいと思うよー」

『承知した』

「拉致された人を現時点で船の中から取り戻すのは難しそうなのか?」


 さらに真が尋ねる。


「そうすればグリムペニスのクルージングツアーに参加した際、救出活動は一切行わず、破壊活動だけに没頭できるけどねー」

 と、純子。


『向こうから警戒されている状態で、船という空間から僕一人で救出するのは至難。それを見越したうえで助っ人を求めた』

「出航する前に全員助けるのが理想だけどね。でも出航前に船の中には入れないし、船のどこにいるのかもわからないし、ばらばらに閉じ込められている可能性もあるから、そうなると確かにミサゴ君一人じゃしんどいよね」


 そこまで見越していたのなら、ミサゴの頭も大したものだと純子は思う。厄介事の始末の経験は豊富なのであろう。


「それに、船に乗って皆でぱーっと騒いで遊ぶのも悪くないしねー」


 楽しそうな笑顔で純子が言う。純子からすれば、船旅を楽しみつつ、グリムペニスのツアーを台無しにしてやり、幹部を実験台として捕まえることの方に重点を置きたい。


『さらにもう一人、協力者をつけると言っておく』


 宣言するかのようにミサゴ。


「ちゃんと名前を教えた方がいいと思うがな。雪岡には言わなくていいが、僕には教えた方がいい」

「いや、私にも教えてよ。ていうか真君、何でそんな意地悪するの……?」


 真の言葉に、純子の笑みが心なしか引きつる。


『芦屋黒斗だ』

「芦屋か。随分と頼もしい助っ人だが、よく引き受けてくれたな」


 警察はグリムペニスに対して、上からの圧力で無力化されていると聞いていたため、いくら黒斗でも、おおっぴらに動くのは難しいのではないかと、真は思った。


『警察も誘拐事件のことを知りつつ手をこまねいていたそうだ。上からの圧力があってな。確たる証拠を掴めば、その圧力もはねのけることが出来ると説得した。芦屋黒斗は正義感も強く義侠心もあるので、信用できる』

「黒斗君のことはよく知ってるよー。私からも保証するよー」


 純子の言葉を聞いて、ミサゴが電話の向こうで小さく息を吐く。安堵の吐息のように、二人には聞こえた。


『実は僕も芦屋とは付き合いが長い。話しておいて正解であったな。ではさらばだ』

 ミサゴが電話を切る。


 そのミサゴとの電話が終わってわずか一分後、亜希子と零が研究所を訪れた。


「明日船に乗るのよね?」


 中止になったりしていないかという不安を抱きつつ、確認する亜希子。


「そうだよー。念のために船酔いの薬も持っていくから、心配しなくていいよー」

「船酔いかー。そういう危険性は考えてなかったわね」

「場合によっては単独行動もあるよー。亜希子ちゃんにはハードル高いかもだけど、そこは気合いで頑張ってもらうって感じで」

「曖昧でよくわからない。具体的に何するか教えてよ」

「前にも言ったでしょー。悪い人達と戦ったり悪い人にさらわれた人を助けたりするの。でも実際に船の中に乗ってみないと、具体的にどう動くかなんて私にもわからないよ」


 純子の話を聞きながら、亜希子は自分が船の中で悪人と戦う姿や、人助けをする姿をイメージするが、いまひとつピンとこない。

 そもそも船の中のイメージが沸かない。昔テレビで見た映画で、ムキムキマッチョな裸の奴隷達が、鞭で打たれて櫂を漕いでいる光景くらいしか思い浮かばない。


「それはそうと、亜希子ちゃんの力がどれくらいのものかも見ておきたいし、訓練も兼ねて、ちょっと真君と手合わせしてみない?」


 純子のその提案に、最も過敏に反応したのは零だった。今現在の真の強さがどれほどのものか、御目にかかることができる。


(俺も強くなっているという自負はあるが、さて奴とはどれほどの差があるか)


 同じ空間で接しているだけでも、相手の強さを多少は推し量れるが、実際に目の当たりすればさらによくわかるであろうし、零にしてみれば実に良い機会に巡りあえたと感じられた。


「手合わせって何?」


 純子の方を向いて真顔で尋ねる亜希子。


「よーするに練習がてらで戦ってみるってわけ」

「えっと……この子、私より背低いけど大丈夫なのお?」


 妖刀から力を得ているだけなので、強さの目利きなどできない亜希子から見たら、真はただの小さな子にしか見えず、自分とまともに称えるとは思えなかった。


「自分の心配の方をした方がいいぞ」


 亜希子に向かって、何故か不機嫌そうな声で言う零。


「んじゃー、取りあえず移動しよう」


 純子に促され、四人は研究所内にある訓練場へと移動する。

 真と亜希子が訓練場の中央で向かい合い、純子と零は壁際に並んで見物モード。


「んじゃー、はじめー」

 気合いのかけらも無い声で、訓練開始を告げる純子。


「殺しちゃ駄目だから、少し抑えてね」


 服の内側から小太刀を取り出しながら、小太刀に宿る火衣に対して訴える亜希子。


 亜希子が小太刀を抜く。全身に力が漲るのがわかる。強引な肉体強化であるがため、亜希子以外の者がこの小太刀を使用すると、反動で体がガタガタになり、最悪の場合命も落とすが、火衣に認められた亜希子は、肉体負担が限りなく極小で済む。

 フリルいっぱいのロングスカートにハイヒールでも、足をひっかけることもなく猛スピードでダッシュをかまし、亜希子は一気に真との間合いを詰める。


 小太刀が真の下腹部めがけて突き出される。


 ギリギリまで引きつけてから、真は体を横に半回転させてかわし、同時に手刀を亜希子の喉めがけて振るう。


 手刀が亜希子の喉の直前で止まっていた。亜希子はきょとんとした顔で、真の黒目がちの瞳を見つめていた。あまりにもあっさりと勝負がついていた。


「えっと……何が何だかわからなかったし、これじゃ訓練にもなってないでしょ。もう一回、もう一回させて」

「わかった」


 亜希子の要望に頷き、真が亜希子から離れ、また先程の位置へと戻る。


「火衣、殺しちゃ駄目だけどやっぱり本気でいいわ~」


 小太刀に向かって語りかけると、亜希子は油断無く身構える。今度は一気に突っこもうとはせず、じりじりとすり足で近づいていく。


 今度は真の方から駆け出した。すり足の動きが止まり、さらには亜希子の息が吐きだされたのが重なるタイミングを見計らって動いた。

 亜希子も真の方から突っこんでくるのは予想し、警戒していた。亜希子の攻撃範囲に入った瞬間、真が急に横斜めに動いたが、亜希子はその動きに合わせて床を蹴り、小太刀を突き出す。


「あー、もうっ」


 不満げな声をあげる亜希子。小太刀は真の顔の横で止まっていた。真の左手が亜希子の小太刀を持つ手首を押さえ、右手の手刀の先が亜希子の喉元に軽く当てられていた。


「今のはいい線いってたよ」

 無表情で称賛する真。


(いい線どころではない。亜希子の攻撃は相当鋭いものだった。それをああもあっさりといなすとは……)


 見物していた零は脅威を感じ、同時に闘志を燃やしていた。

 零の熱い視線は真もひしひしと感じていたが、意図的に反応せず無視を決めこむ。


「もう一回おねがーい。いい線いってたなら、次は私が勝つ可能性もあるでしょ」


 人差し指をたて、若干むきになって頼む亜希子。


「疲れない程度にした方がいいぞ。明日は船に乗るんだし」


 そう返しつつも、真はまた同じ地点に戻って亜希子のいる方に向き直る。それを見て亜希子も不敵な笑みを浮かべ、開始地点へと戻っていった。

 結局その後、二人は一時間以上も訓練を続け、亜希子はへとへとになって床に突っ伏していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る