第十二章 34

 まず十夜が通常空間に踊り出た。黒服達の銃撃が集中するが、一発も当たることなく、一気にエリックめがけて突っこまんとする。


 エリックの動きは止まっていた。コンテナの奥に身を潜め、腹部に力を入れ、腹筋で銃弾を体外へと排出しようと試みている。

 十夜にはエリックの動きが止まった理由はわからなかったが、エリックから矛先を変えて、黒服達と戦うことにした。


 続いてミサゴが飛びだし、近くにいる年配の黒服へ襲いかかる。

 黒服の喉元めがけて跳躍し、ミサゴの腕が振るわれるが、年配の黒服は上体を逸らしてミサゴの攻撃をかわし、同時に片足を大きく突き出し、空中にいるミサゴをさらに蹴り上げた。


 思わぬ反撃を受け、ミサゴは一瞬混乱した。そのうえ空中で完全に無防備な状態になる。


 体勢を入れ替えた年配の黒服が右腕を引いて拳を腰にあて、落下してくるミサゴを待ち構える。

 ミサゴの胴めがけて正拳突きが繰り出される。落下するだけのミサゴがこれをかわせるわけもなく、血反吐を吐きながら吹き飛び、コンテナの一つへと打ち付けられた。


 晃はその様子を視界に収めていたが、ミサゴを援護している余裕もない。亜空間と通常空間を繋ぐ扉から、身を乗り出しては必死に銃を撃ちまくり、即座に亜空間の中に身を潜めては反撃の銃弾の雨あられをかわしつつ、他の黒服達を少しずつではあるが、確実に始末している。


 一方、晃もその間に銃弾を受けていた。致命傷には至らなかったが、足に二発受けてしまい、とてもじゃないが亜空間の外へ出て、走りながら戦うことはできそうにない。


 年配の黒服の身体能力を見た限り、間違いなく吸血鬼であろうとミサゴは判断する。パワーもスピードも人間のそれと思えない。しかしそれより厄介なのは、彼の武術そのものが並外れた技量であることだと、ミサゴは判断した。


 ミサゴが身を起こす。どう考えても片手で戦える相手ではないうえ、立て続けにダメージを食らい、動きも鈍くなっている。このまま戦って勝てる気はしないが、せめてこの相手を引きつけて時間だけでも稼ごうと考える。


 年配黒服が無造作な足取りで、ミサゴとの距離を詰めたその時――


「うおおおっ! うおおおっ! うおおっ! 毒電波がオイラを蝕むーっ!」


 奇怪な喚き声と共に、亜空間を飛び出したアリスイが、年配黒服に飛びかかった。


 ミサゴを警戒しながらも、年配黒服はアリスイにカウンターで裏拳をかます。アリスイは無残に吹っ飛んだが、そのアリスイと入れ替わるかのように、ツツジが年配黒服の足元に滑り込み、年配黒服の片足に蹴りを入れて体勢を大きく崩した。


 その隙を逃さんとミサゴが間合いを詰めるが、年配黒服はすぐ体勢を立て直し、ツツジに蹴りを放つ。

 ツツジはこれを巧みにかわす。

 ミサゴが猛ダッシュをかけて年配黒服の軸足に蹴りを入れ、年配黒服は転倒した。


「これで私もワリーコになりますかね?」


 倒れた年配黒服の喉元にツツジが手を当てて、じっと年配黒服を見つめながら言った。年配黒服は苦笑して両手を軽く上げ、降参のポーズを示した。


「いやいやいや、ノーカンですっ。なりませんっ。何故ならオイラ、何も見てないからですっ」


 起き上がったアリスイが笑いながら言うと、別の黒服めがけて襲いかかる。


「うおおおぉっ!? 何だろう!? オイラは今宇宙からの毒電波に支配されて、自分でも何やってるかわからない状態ですよっ! だからこれは掟に背いたことにはなりません! ならないはず! ツツジもそう解釈して見逃してくださいよ! 全ては毒電波が悪い!」


 喚きながら黒服達の足元に攻撃をしかけ、転倒させていくアリスイ。そこに晃の銃弾が降り注ぎ、ある者は命を奪われ、ある者は戦闘不能へと陥る。


「ミャッ」


 弾を排出したエリックがコンテナの陰から飛び出す。すでに黒服達は吸血鬼も含め、あらかた転がっていた。


(パワーはともかく、あいつのあのスピードには、俺じゃあ絶対にかなわない。かわせない。いや、はっきりとわかるよ。まともにやったら俺がかなう相手じゃないって)


 エリックと対峙し、十夜は思う。


(なら……相手の攻撃を受けるしかないな。いちかばちかだ)


 覚悟して左腕を上げ、頭部から首への攻撃に備える十夜。一方で右の拳は、先程の年配黒服よろしく、腰にあてて構えている。


 瞬く間に接近してきたエリックが、猫パンチを袈裟懸けに繰り出す。十夜はその速度に全く反応できない。

 ガードした左腕のスーツが破れて肉が引き裂かれる。さらには胸から腹部にかけても同様に、スーツと肉が引き裂かれる感触。

 左腕のガードで受けた分だけ、猫パンチの軌道が変わってわずかだが攻撃が浅くなった。そうでなければ、内臓まで切り裂かれ、致命傷を受けていたであろう。いや、現時点でも十分に重傷だ。純子の作ったスーツのおかげで何とか死なずに済んだにすぎない。


 エリックの猫パンチが振るわれた直後、肉を切らせて骨を断つ覚悟で放った十夜の拳が、エリックの腹部にクリーンヒットした。


(当たった。完全に決まった)


 手ごたえ十分だった。十夜はエリックに、致命的な一撃を与えたことを確信する。


(凄いギリギリだけどね。ほんの少しでも出遅れていたら、タイミングが合わなかったら、覚悟が足りなかったら、決まらなかっただろうな)


 最初から相手の攻撃を食らう前提でなければ、とてもじゃないが当たらなかったであろう。いや、それですら当たったのは奇跡のように、十夜には思えた。自分が相討ち狙いでいたことなど、エリックが予想していなかったであろうとも思う。もしそれを悟られていたら、向こうも警戒した動きに出たであろうと。


 十夜が前のめりに崩れ落ちる。大量の血が床に零れ落ちた。


 ほぼ同時に、エリックも仰向けに倒れた。内臓が破裂し、口から夥しい量の血が吐き出される。

 大の字になって天井を見上げ、己の死を悟るエリック。様々な思い出が走馬灯となって頭の中を一気に駆け巡る。その記憶の中に、ほとんど同じ人物の姿ばかりがあった。その多くが楽しい思い出だった。


「ジェフリー……」


 自分の運命を変え、共に楽しい時を過ごしてきた男の名を口にする。


「あ、ミャー」


 しまったと思い、血を吐き出しながらも照れくさそうに笑って訂正するエリック。十年ぶりに、ついうっかり人間の言葉を喋ってしまった。


「十夜さんっ、大変だっ!」

「私が十夜さんを連れて行くから、アリスイは囚われた人を連れて行ってっ」


 血だまりの中でうずくまって動かなくなった十夜を見て、顔色を変えるアリスイに、ツツジが厳しい声で指示を出す。


 ミサゴは重い体をひきずるようにして、亜空間トンネルへと戻る。


 戻ってきたミサゴに向かって、撃たれた足を応急処置していた晃が、脂汗を流しながらも無理して笑いながら、拳を突き出す。

 ミサゴも微笑をこぼし、小さな拳を突き出し、晃の拳と軽くこつんとぶつける。


「早く凛さんの部屋に戻りましょう。負傷者の回復をしてもらわないと。特に十夜さんのこの出血量は危険です」


 意識を失った十夜を引きずって戻ってきたツツジが、切迫感に満ちた声で訴える。


「皆かなりダメージ受けてるしねえ。早く味噌を塗ってもらわないとね」


 晃は片足を引きずりながらも、十夜をおぶさり、亜空間の中を歩き出した。

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