第十二章 29

 凜のみそ玉偵察の術によって、囚われている人の居場所は全て判明したが、術の負担で、凜は場所を告げた直後に意識を失った。


 十夜、晃、アリスイ、ツツジの四人は、凜を部屋に残して、囚われている人がいる場所を目指して、船内を亜空間トンネルで移動していた。凜抜きで仕事をするなど、これまで無かった事なので、多少緊張している。

 囚われているのは残り三ヶ所。劇場の舞台裏控え室と、図書室の奥と、貨物庫だ。四人はまず、劇場舞台裏を目指した。


 移動途中、突然爆音が響き、船が大きく揺れた。

 全員思わず立ち止まる。さらに続けざまに二回爆音が鳴り、それと同時に振動が走る。


「なななな何ですかこれはーっ!?」

 アリスイが悲鳴をあげる。


「俺達の知らない所で何か起こっているみたいだね。ミサゴの仕業か、それとも……」

 十夜が冷静な口調で言う。


「うんうん、相沢先輩と純子が暴れてんのかもなー」

 ニヤリと笑う晃。


 火災警報がけたたましく鳴り響く。


『ただいま船内に火災が発生。ガスボンベに引火して爆発が生じた模様です。場所は――』


 さらに出火場所と警告のアナウンスが流れる。


「どう考えてもガスボンベに引火程度の爆発じゃないだろうに」


 あまりに強引すぎる誤魔化し方に、十夜は微苦笑を漏らす。


「おー、映画っぽくなってきたじゃん。閉鎖空間で火事と爆発とかさ。最後はやっぱり沈没

かなー」


 不安げな表情のツツジとパニくっているアリスイをよそに、一人楽しそうな晃であった。


「沈没だけはやめてほしいなあ。うまくボートで逃げられても、ボートの上で何人もひしめきながら何日も漂流とかキツそうだしさ」


 想像するだけでげんなりする十夜。


「あれってトイレとかどーしてるのかなー。ボートの上から海に向かってお尻つきだして、ズボン脱いで用を足すの? 男はともかく、女の人とか一生の凄い思い出になりそうじゃない?」

「いや、それは男でも一緒かと」


 晃が口にしたことを思い浮かべ、さらにげんなりする十夜。


「つーか、このまま沈没とかしたら、せっかく仕事後の楽しみにしてたホエールウォッチング、できなくなっちゃうじゃん」

「いずれにしても漂流は避けたいし、暴れるのは程々にしてもらいたいね」

「出火場所はこれから向かう所の近くのようです。急ぎましょう」


 立ち止まって喋っている晃と十夜をツツジが促し、四人は移動を再開した。


***


 脳に過度の負担がかかる術を用いたため、自室で寝ていた凜であったが、爆音ですぐに目を覚ましてしまい、十分な休息が取れなかった。


「まさかあの子達の仕業じゃないでしょうね」

(違うだろう。雪岡純子達の仕業じゃないのか?)


 爆弾の類はもっていないはずであるから、確かに町田の言うとおり違うだろうと、言われてから凜も思った。


(心配か? 保護者同伴ではなくて)

「心配じゃないと言えば嘘になるけど、あの子達だってこれまでに何度も修羅場をくぐって経験を積んできたし、うまくやると信じて待つよ」


 照れ笑いを浮かべて凜が町田に答えた直後、ノックの音がした。凜の笑みが即座に消える。


「俺だよ俺俺」


 ドアの向こうから聞き覚えのある声がして、凜は驚いた。よりによってこの人物が、この船にいるとは。


「よう、凜」


 ドアを開けると、身長2メートルを越える女装青年が、首を低くして凜に笑顔を向ける。


「警察も一応動いていたんだ」


 意外そうに凜は言った。グリムペニス経由で圧力をかけられて全く動かないものと思っていたが。


「そういう時は俺が動く。警察内部でも俺はアンタッチャブルで、やりたい放題できる存在だからな」


 言いつつ芦屋黒斗は室内へと入る。

 凜が裏通りに堕ちて間もない頃から、黒斗とは見知った間柄だ。安楽市の警察官の中では、好感のもてる人物でもある。凜だけではなく、裏通りの住人の中からも黒斗に対して親しみや畏敬の念を抱く者が多い。


(もっとも私はこいつの過剰なまでのいい子ちゃんなところは、ちょっと苦手だけど)


 自分とはノリが合わない部分もあるので、自分の方から関わろうとは思わない凜であった。


「お前達がここにいるのは知ってた。で、人手が欲しくて協力を請おうと思ったんだけど、何だか随分と顔色が悪いな。大丈夫か? 十夜と晃もいないのか」

「生憎だけど、私はグロッキー状態で動けなくてね。あの子達は、さらわれた人達を助けに行った所よ」

「そうか。それじゃあ仕方ないが」

「ひょっとしてあなたもミサゴに雇われたの?」


 凜の問いに、黒斗は頷いた。


「まーね。警察だって、奴等が定期的に誘拐を行っているのはわかっていたけど、確たる証拠は掴めなかったし、上からの圧力もあったし、警察が介入するには、こっそりお忍びで行うほかなかった。そして騒ぎにするしかない、と」

「この爆破騒ぎや火災は芦屋の仕業ってこと?」

「いや、やったのは純子達だが、俺の望む展開であることは確かだよ。騒ぎが大きくなってくれれば助かるよ。海上保安庁に連絡できるからな。純子もそれを計算してくれていたかもしれないけどな。俺が今回こうしてこの件に踏み切ったのも、俺が知っている中じゃあ最高のトラブルメーカーである、雪岡純子が絡んでいるからって理由もあるがな。確実に派手な騒ぎを起こしてくれそうだし」

「いや、騒ぎどうこうはどうでもいいとしてさ……」


 黒斗の話を聞いて、凜は救助した人達を黒斗に預けることができないだろうかと考える。それが一番安全であるし、凜達の荷も下りる。


「お前達が被害者の救助をしていることも知っている。こちらで預かりたいんだが」

「お願い」


 凜が言い出す前に黒斗の方から言われる。変にこじれることなく、トントン拍子に話が進んでくれて助かったと凜は安堵する。


***


「ミサゴが近くにいます」


 十夜、晃、イーコ二人が亜空間トンネルを通って劇場へと入った所で、ツツジが報告する。


「近くにいるとわかるんだ?」

「空間の揺らぎで感知しました。この船に他にイーコやワリーコが乗っているとは、考えられませんし」


 十夜の問いに、ツツジはそう答える。


「じゃあ合流しよう。こっちの姿見せて出てきてもらおう。開けて」

「は、はい」


 晃の決定に、やや戸惑いながら通常空間と繋ぐ扉を開く。


「おーい、ミサゴっ! 出ておいでー!」


 客席に現れた晃が、手をメガホンにして叫ぶ。しかし反応はない。


「そこにいるのはわかっているんだっ! 大人しくでてきなさいっ! おとーさんとおかーさんが泣いてるぞーっ!」

 なおも声をかけ続ける晃。


「ここで出てよいものか。囚われているのは劇場の控え室であるぞ」


 ミサゴが通常空間に姿を現して、心なしか呆れ気味な口調で言う。


「ていうかさあ、晃がそんな大声出していたら敵に気付かれない?」


 ミサゴが出てきた直後に姿を現した十夜が、完全に呆れた口調で言う。


「劇場かあ……」

 客席の一つに立ち、十夜は目を細めた。


「思い出すな。ホルマリン漬け大統領のアジトに二人で行った時のこと。もう凄く昔みたいに感じちゃうよ」


 幕の垂れたステージや客席を見回し、十夜は感慨に耽る。

 と、そのステージの袖から、黒服達がわらわらと沸いて出てくる。

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