第十二章 22

 一夜明け、凜達は早速船内の本格的な調査へと向かった。昨日チェックして把握済みなスタッフエリアの中へと、しらみつぶしに進入していくために。


 最初に向かったのは、いかにも怪しそうな貨物庫。ここなら誘拐された人が収容されている可能性も高い。スペースも有るし、人も来ないし、人間を隠しておくには最適な場所とも言える。

 凜、晃、十夜も最初からイーコ達の亜空間トンネルを利用して移動しているので、通常空間ですれ違う人達、五人の存在が全く目に入らない。立ち入り禁止の場所に入ってもとがめられないうえ、壁も扉もすり抜けることができる。


「いよいよですねっ。緊張しますっ。イーコを感知する魔術師がいなければよいのですがっ」

「いや、この先にさらわれた人達がいるのなら、その魔術師ってのもいると考えた方が自然じゃないかな?」


 武者震いしまくりのアリスイに、十夜が冷静な口調で言う。


「可能性としては高いけれど、必ずしもいるとは限らないわね」

 凜が言った。


「私が向こうの立場なら、さらった人を全て同じ場所で管理したりはしない。複数に分けておく。襲撃された際に一網打尽にされるのを避けるためにね。実際彼等がさらった人を船に運び込んだのも、事前にそういうやり方をしていたからでしょう? だとすると、必ずしもここにいるとは限らない」

「分けるでしょうか? ここは自由な移動の利かない船の中ですし、敵も戦力を集中させたうえで、同じ場所に全員閉じ込めておくのでは?」


 凜の考えに疑問を呈するツツジ。


「その考えももっともだけどね。敵の性質上、その可能性が高いと、私は見ているの。それに一箇所に兵士を集中させてしまったら、例えばだけど、催眠ガス等で一気に無力化された場合のリスクもあるじゃない。加えて言うと、相手側からしたら、救出に来る敵の力が未知数でしょ? どれだけの戦力なのかわからない敵を相手なんだから、敵の戦力を見極めるためにも――」


 凜が喋っている途中、凜、町田、アリスイ、ツツジの四人は、空間が揺らぐ気配を感じた。

 通常空間に扉が開き、見覚えのある顔が現れる。


「ミサゴっ」

 その名を叫ぶアリスイ。


「こちらに入れてあげて」


 凜の言葉に従ってツツジが扉を開くと、ミサゴは物凄い速さで自分の亜空間トンネルから、こちらの亜空間トンネルへと飛び込んだ。ミサゴが形成していた亜空間トンネルはそれで消滅する。


「この先が当たりだ。否、当たりの一つと言っておこう」


 と、ミサゴ。つまりすでにミサゴは、内部を確認してきたという事になる。


「ということは、一ヶ所に全員集められているわけではないってこと?」

 ツツジが尋ねる。


「そうだ。船に乗る前に港の倉庫を襲ったせいで、奴等は警戒している。凄腕の始末屋まで雇った。こっちもそれに十二分に対抗できる者を雇いはしたがな」

「おっ、ひょっとして純子と相沢先輩?」

「何者であるかは口にできん」


 晃の問いに、ミサゴは首を横に振った。


「いや、味方だったら教えてくれた方がいいんだけど。連携だってとれるし」

 と、凜。しかしミサゴはまた首を横に振る。


「各々で動いた方がよい。そうした方が彼奴等の意識も分散されよう。だがこの場所は警戒が厳重で僕一人の手に余るが故、お前達が来るのを待っていた」


 ミサゴの言うことも一理あると凛は思った。しかしせめて連絡くらい取りあいたいものだ。


「加えて言えば、彼等の目的は人質救出のみに非ず。故に厄介」

「じゃあさ、貴方が総司令役になって、私達と貴方が雇った人達を動かしていく形にしてみたらどうかしら」

「ちょちょちょちょ、なんですかそれはーっ」


 凛の提案に、アリスイが狼狽えまくった声で喚いた。


「オイラ達が凛さん達の依頼者なんですよーっ。それなのによりによってワリーコの言いなりになるとか、ありえないじゃないですかーっ」

「私のやり方に文句があるなら、いつでも仕事キャンセルして構わないのよ」

「ぐぬぬぬ……」


 静かに言い放つ凜に、アリスイが呻く。


「そのような役割、僕に相応しくない。やり遂げられる自信も無い。丁重にお断りさせていただく」

「でもさ、せめて連絡くらい取れるようにしてよ」


 携帯電話を取り出す凜。


「承知した」

 ミサゴも携帯を取り出し、アドレス交換する。


「進入は私の亜空間トンネルを使うわ。イーコとアリスイは救出用として用いる」

「承知した」


 凜の言葉に従うミサゴ。


「ミサゴの方が、アリスイやツツジより融通利く感じだよねー」


 その様子を見て、顎に手をあてて余計なことを口にする晃。


「しっ、失礼なっ。晃さんはイーコとワリーコ、どっちの味方なんですかーっ」

 手をじたばたとさせて抗議するアリスイ。


「ほらほら、そういう所がさあ、イーコの悪い所なんだよ。自分でわからないの?」

「ぐぬぬぬ……」


 晃の言葉に呻くだけで反論できなくなるアリスイ。


「お喋りはそこまでにして。ツツジ、もう一度扉を開いて。開けた瞬間、この空間の扉のすぐ正面に私が扉を開く。扉と扉を密着させるイメージね。私と晃と十夜とミサゴで、私の開けた扉の中に飛び込むわよ」

「わかりました。では……開けますよ」


 表面上は平静を装いながらツツジは扉を開く。心情はアリスイと変わらないようなオーラが発散されているよう、凜の目には映ったが、流石にアリスイと違って理性的ではあった。


 凜が亜空間トンネルの扉を開き、その中に晃、十夜、ミサゴ、凜の順番に入っていく。トンネルは貨物庫の中へと続いている。


「あれ? 凜さんて視界に映らない場所は亜空間トンネルを作れないんじゃなかったの?」

 十夜が不思議そうに尋ねる。


「以前はね。私もレベルアップしたのよ。今は出口が見えなくても亜空間トンネルを作れるわ」

 明快な答えを返す凜。


(私には不可能だったのだがな。私には不可能だった領域をお前が発展させることができるとは思わなかった。移植された能力でも、伸ばすことができるとはね。嬉しいことしきりだよ)

 感無量といった感じの町田。


 亜空間を通じて貨物庫の中へと潜入する四人。中には港の倉庫と同じく、黒服姿の外人らがサブマシンガンを携帯して警備にあたっている。


「確かに数が多いけど、まあ何とかできるんじゃね? こないだの倉庫よりは少ないし」

 晃が言った。


「いた」


 しばらく進んで、凜が呟く。積み上げられた荷物の陰に、拘束された人達の姿を確認した。全員男だ。歳は十代もいれば三十過ぎもいる。


「確かに数は問題無いけど……。ちょっと工夫がいるかな」


 凜が言う。問題点は、人質の周囲に何人も荒事に長けていそうな男が、見張りに立っている事だ。例え亜空間トンネルを使っても、こっそりと助け出すというのは困難に思える。一人を亜空間トンネルに引きずり込めば、すぐに見つかるだろう。

 だがこれは想定の範囲内である。戦闘自体は避けられないものとして折込済みだ。他に危惧すべきことは一つ。


「ミサゴ、察知されている気配はある?」

「無いな。近くに妖術師や魔術師がいれば、妖気でわかるが故」


 凜の問いに、ミサゴは即答した。


「四人いる事だし、役割を分担するのが得策と見たが、如何に?」

 ミサゴが意見する。


「そうね。十夜とミサゴであいつらを斃す。私は支援。晃はあの人達を助け、なおかつ退路を守る役ね。流れ弾とかに当たらないように、速やかに誘拐された人達を扉に入れてあげて」


 てきぱきと指示する凜。


「それって戦闘するよりも重要な役目だよね」


 晃が確認するように言い、凜は無言でうなずく。よくわかっていると、晃の洞察を快く思い、微笑む凛。


「僕が最初に出る。すぐに後に続かれたし」

 ミサゴが申し出る。凜が頷き、出口を開く。


 猛スピードでミサゴが飛び出し、近くにいた男二人に襲いかかり、続けざまに頚骨をへし折って瞬殺する。


 次に十夜が出て、その様子を目の当たりにした男めがけて突っ込み、男の頭部めがけて拳を繰り出し、頭蓋骨を粉砕する。


 一方凜は、亜空間内からみそ団子を複数出して、宙に漂わせる。


 三番目に晃が出る。不審な気配を感じてやってきた黒服達に、すでに銃を構えた状態の晃が即座に引き金を引き、続けざまに二人倒す。晃は戦闘の予定は無かったが、敵がすぐ晃の前に来てしまったので仕方が無い。


 さらに黒服達が四人殺到し、銃を構えたが、四挺の銃が続けざまに暴発した。凜のみそ団子が銃口から進入していたのだ。四人うち三人はミサゴと十夜によってとどめをさされた。


 だが残りの一人は、銃の暴発にもさしてひるまず、十夜の拳を素手で受け止めていた。これには十夜はもちろん、凜と晃も驚いた。十夜の常人離れした膂力による攻撃を生身で受け止めるなど、通常の人間には不可能だ。

 十夜の攻撃を素手で防いだ男が、ニヤリと笑う。その際、鋭く尖った犬歯が露になった。


「吸血鬼よ。油断しないで」

 亜空間から出た凜が告げた。

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