第十二章 23

 海チワワが、マッドサイエンティスト草露ミルクが作り出した吸血鬼ウイルスを盗み出し、それをバイオテロとして無差別にばら撒いている話は有名だ。

 用法がそれだけに留まらないことは、容易に察しがつく。己の組織の兵隊に用いるという手段も、当然考えられるであろう。


 吸血鬼の黒服と十夜の、人間離れしたスピードとパワーによる攻防が開始される。その間に晃とミサゴは、次々殺到する他の黒服達を相手にする。


「一人とは限らない。用心して。特に晃は、無理して吸血鬼の相手はしないでっ」


 凜が指示を飛ばす。この中で近接戦闘での戦闘力が最も低いのは晃だ。


 吸血鬼と思われる黒服をさらに二名確認する凜。一名は凜が引き受けるべく、銃で撃って気を引く。もう一名は、凜の銃撃を見てとったミサゴが自発的に向かっていった。


(あの子も中々修羅場慣れしてるじゃない)


 上手い具合にアドリブで連携を取ってくれるミサゴを見て、凜はそう思って微笑んだ。言葉は無くても、状況判断で最適な動きを自然と行えるレベルの者が味方にいるのは、非常に心強い。


 十夜が身をかがめて低空で回転し、水面蹴りを放って吸血鬼を転倒させる。それを横目で見て凜はほっとした。十夜の近接戦闘に限った話、転倒させしてしまえば、もうそれで勝負は決まったようなものだからだ。

 吸血鬼の鳩尾めがけて、渾身の力をこめて足で踏みつける十夜。内臓を複数潰されて、大量の血反吐を噴出する。

 吸血鬼といっても、草露ミルクの作った吸血鬼ウイルスで体質を変化されたそれは、不死身でもなければ太陽光で灰になるわけでもない。ただ単に血を求める習性がつき、身体能力が飛躍的に上がるだけだ。


 ミサゴは小柄な体と俊敏さでもって吸血鬼を翻弄し、やがてその喉元を爪で切り裂いた。吸血鬼のそれをも上回る速度に加え、戦闘者としての経験の違いが伴って、一方的な勝負となった。


 晃はサブマシンガンを携帯した黒服戦闘員複数を拳銃で相手に苦戦を強いられていたが、逃げ回りながらも確実に一人ずつ倒している。


 凜はというと、飛びかかってきた吸血鬼の前に味噌の壁を出現させる。突然すぎる異様な現象に、吸血鬼が戸惑って立ち止まったであろうことを感覚で把握し、薄い味噌の壁の先めがけて何発も銃を撃つ凜。それで勝負はあっさりついた。敵を驚かせて戸惑わせて、なおかつ視界を遮り、視覚外から攻撃するというだけの、極めてシンプルかつ、回避困難な戦法。


「何だ、その妖術は。面妖な」

「聞かないで」


 凜の術を目の当たりにしたミサゴの突っ込みに、凜は嫌そうな顔で言った。


***


 その後、凜達は貨物庫の敵を殲滅し終え、囚われていた者達をツツジの亜空間へと避難させた。予定とは違う形になったが、救出そのものは問題なく行われた。

 この後、救出後に匿う用に借りていた部屋へと移動させる予定だ。当然、囚われていた者に、発信機の類がついてないかは確認してある。


「ここは済み、と」

 小さく息を吐く凜。


 貨物庫の襲撃が知られているのは間違いないであろうし、他の場所には奇襲が難しくなる。それだけならまだしも、囚われている人達を人質に取る形にされると厄介だ。


(そういう意味でも、分散されている方が厄介なのよね。ま、人質に取ったとしても対処できるけど)


 できれば事前に全ての位置を知ったうえで、同時攻撃が望ましかったが、たとえ純子や真を加えた所で、人員不足ではないかと思われる。そもそも敵を殲滅できても、救助の手間があるから厄介だ。


「ではさらばだ」

「ちょっと待って」


 亜空間の扉を開いて去ろうとするミサゴを、呼び止める凜。


「ここ以外の場所に囚われている者の救出も面倒になったんじゃない?」

「だよねえ。離れ離れになるより一緒に行動した方がいいよ」

「いや、私が言いたいのはそういうことじゃないんだけど……」


 ズレた口出しをする晃を、凜は半眼で睨む。


「他に協力者がいるなら、どこに囚われているか全部割り出してから、同時に助けた方がよかったってことだよね」


 十夜が言った。それが正解だと凜は無言で頷く。


「案ずるな。もう他の場所はわかっているし、幾つかの場所で救出作戦は進行している」

「つまり、俺達と同時に別の場所でおっぱじめてたってこと?」

「そうだ」


 十夜の問いに頷くミサゴ。


「僕も全ての場所を割り出したわけではないが、他に囚われている場所も幾つか知っている。そこを目指す」

「私達にも教えなさい。分担した方がいいでしょ」


 凜の要求に、ミサゴは少しの間思案していた。


「やむなく承知」

「何がやむなくなのよ……。何か都合の悪いことでもあるの?」

「お前達は僕の雇い主でも雇われ主でも無いが故。アリスイやツツジが依頼主であるのに、僕が多く口を出すのは、筋が通らんし、アリスイ達も不快であろうよ」

「ふーん、そういう考えなんだ」


 ミサゴの意外と律儀な面がおかしくて、好印象を抱いた十夜が微笑みをこぼしている。しかし凛や晃は逆の印象だった。融通が利かない堅物で厄介なタイプと受け取る。


「わざわざ共闘頼んできて何言ってるんだか」

 やや皮肉っぽい口調で凜。


「では今度こそさらばだ」

 亜空間トンネルの扉に飛び込むミサゴ。


「ツツジ達が戻るのを待って、次に行く」

 凜に告げられ、十夜と晃は頷いた。


***


「アオゥ~……オオゥ、イエス、イエス、オ~ウ……」


 自室の室内に置かれたプラチナ製のイルカの彫像に、アンジェリーナ・ハリスはネグリジェ姿で身をすりよせ、敏感な部分をこすりつけながら、喘ぎ声をもらしていた。


 アンジェリーナは昔から、イルカと性交したいという欲求を強く抱いていた。その願いをかなえるほどの勇気は流石になかったが、ニュースでそれを実践したという話を聞く度に、強い嫉妬心を抱かずにはおれなかった。

 その嫉妬心を紛らわせるかの如く、グリムペニスの名の下に、イルカと性交を実践した者に対して、動物虐待かつアブノーマルだと強く批難した。


「アーオ、アオア~……あいむどるふぃんとぅ~……オーウオウオウオーウ」


 頭の中で、自分が海の中にいてイルカと一つになっていることをイメージする。いや、自分もイルカそのものになっているイメージだ。


「オウ、イエス、カミンカミン……」


 妄想レベルを加速させ、体の動きも加速させ、クライマックスへと登りつめようとしたその時――電話が鳴った。


「ああ、もう何よっ、いい所でっ」


 現実へと引き戻されて、気まずい思いでいっぱいで電話を取るアンジェリーナ。


『大変ですっ、ミセス・ハリス。ジャップを閉じ込めていた貨物庫が襲撃され、閉じ込めていたジャップを逃がされました!』

「ファッ!?」


 部下の狼狽しまくった報告を受け、アンジェリーナは唖然とする。


「ジェフリー・アレンは何をしているの! こういう時のための番犬じゃないの!? つくづく役に立たないわね!」


 激怒して喚き散らして電話を切ると、アンジェリーナは急いで服を着て、大股で部屋を出る。


「んー、いいこと知っちゃったー」


 ベッド下からひょこっと首だけ出して、アンジェリーナの様子をこっそり見ていた純子がにっこりと微笑む。


「なるほど、イルカが好きなんだねー。んー、いいこと思いついちゃったー」


 呟きながらベッドの下から這い出ると、純子は白衣を軽くはたき、部屋を出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る