第十二章 7

「マジでイーコなの? 本当にいたんだ。ってか、すっげー可愛いっ」


 現れた二人のイーコを交互にしげしげと見つめ、表情を輝かせる晃。


「そりゃあ可愛いでしょうよっ。何故ならオイラ達は、イーコですからっ」


 完全に真っ白の体色で紺の瞳を持つイーコが、誇らしげに腕を腰にあてて胸を張り、笑顔で威張ってみせる。


「大変失礼しました。私達の掟で、人前に姿を見せてはならないというものがありまして」


 もう片方の少女のイーコが、深々と頭を下げる。こちらは鮮やかなピンクの瞳をしていた。こちらも体の大部分が白いが、触覚と尻尾も瞳と同じピンクだ。頭髪の先端の方も同じ鮮やかなピンクで、生え際に向かっていくほど色が薄くなっていき、生え際は完全に白い。


「私はツツジ、こちらはアリスイと言います。えっと……イーコの存在は御存知でしょうか?」

「そりゃあもちろん知ってるわ」


 ツツジの言葉に、興奮を抑えきれない声で凜は答えた。


 人間を陰から守護するという妖怪。十年前から特にその名が広まったが、それ以前にも日本各地の地方にて、都市伝説としてその名は囁かれていた。


「町田流妖術の――町田博次さんのお弟子さん、ですよね?」

 ツツジのその問いに、凜はさらに驚いた。


「弟子じゃあないけど、町田さんなら確かにいるわよ。私の頭の中にね。町田さんの脳の一部を私の頭に移植したおかげで、町田さんの妖術も使えるし」


 隠しても仕方無いと思い、凜は町田に関する情報をありのまま述べた。


(このイーコって、町田さん目当てなの?)

 声に出さずに尋ねる凜。


(さあ……正直私もびっくりしているんだがな。いろんな意味で)

 そう答える町田。


「力を貸してほしいんです。どうしてもイーコの力だけでは解決できない案件がありまして」


 痛切な口調で訴えるツツジ。


「グリムペニス、それに海チワワという組織を御存知ですかあ?」

 アリスイが問う。


「もちろん」

「最近頻繁に発生している集団誘拐事件の犯人は、なななんとっ、それらの組織なんですっ」


 うなずく凜に、アリスイは芝居がかった喋り方で言った。


「何で環境保護団体が誘拐なんてするのさ」


 十夜が問う。もっともな疑問だと凜も思った。


「そこまではわかりませんっ。でもこれは事実なんですっ。で、オイラ達は誘拐現場を目撃し、後を追ってさらわれた人達がいっぱい捕まっている場所も突き止めました。で、救出作戦を敢行し、見事その大人数を救出することに成功したんです!」

 自慢げに語るアリスイ。


「言い換えれば、最初の救出作戦で全員を救出できなかったせいで、二度目からはすっかり警戒されてしまい、おまけに私達の亜空間移動も察知できる魔術師が出てきて、救出が困難になってしまいました」


 ツツジが神妙な口調でいきさつを説明する。


「もうこれ以上は私達の力ではどうにもならないと、私とアリスイは判断し、イーコと縁のある町田流を訪ねてきた次第です」


(イーコと縁がある? どういうこと?)

 ツツジのその台詞を訝り、凜は町田に問う。


(私の先祖はイーコに空間操作の妖術を教えていたからな。私の血族とは縁が深い。彼等は人間と全く交流しないというわけでもない。一部の人間とのみ交流はあるんだ。もっとも皮肉なことに、先祖が教えた術を彼等はどんどん改良していき、我等が一族よりよほど高度な空間操作術を行使するようになってしまったがな。術を操るセンスも、人間以上だよ)


 最後の方で苦笑気味になる町田。


「んで、残った人達の救出依頼ってことか」

「はい」


 晃が言い、ツツジが頷く。


「一応ここのボスはその子だから、決定はその子次第よ」

 凜が晃を指して言った。


「面白そうだし、せっかくの仕事依頼だから受けようぜぃ」

 にやりと笑い、あっさり承諾する晃。


「おおおうっ、よかったっ。ありがとうございますっ。ありがとうございますっ。いやー、断られたらどうしようかと思いました。よかったよかった」


 ぺこぺこと頭を下げるアリスイ。言い回しも仕草もいちいちオーバーだが、隣のツツジを見た限り、これが標準的なイーコというわけでもなさそうだと凜は思う。


「あ、そうそう。救助の際、交戦は無しでお願いしますっ。イーコの掟に、人間を傷つけてはならないというものがありまして、それは間接的にもやるのはタブーなんですよ」


 にこにこと微笑みながら、条件を新たに付け加えるアリスイ。


「そんな要求受けられるわけないでしょ。向こうが襲ってきた時に死ねとでも言うの?」


 ふざけた依頼だと、凛は不快感を隠さずアリスイを睨む。


「あうあうあう、確かにそうですね……。じゃあ正当防衛は有りということでっ」

「それもどうかと思うな。例えばそのさらわれた子供達の身に危険が迫っていても、そのさらった連中を傷つけちゃ駄目だってことになるよ? 人さらいの糞野郎を生かして、何の罪も無い子供が見殺しとか、僕は絶対無理だね」


 晃にもにべもなく突っぱねられ、アリスイは困惑顔になる。


「あううう、確かにその通りなんですが、そのっ、イーコの掟としては、たとえ間接的にであろうと人を傷つけてはならないので……ええとっ」

「この人達に全て任せましょう。解決の方法まで私達がとやかく言うことはできない。かといって、私達の力だけで解決できそうにないし、私達の掟のおかげでさらわれた人達を見殺しにもできない」


 しどろもどろになるアリスイに、ツツジが口を挟む。


「興味本位で利くけど、人間じゃない種族がどうしてそこまで人間を守ろうとするのかな」

 十夜が尋ねる。


「それがイーコなんですからっ。オイラ達は人間を保護し、時に手助けする、人間の守護種族であり、それが存在意義ですからっ」

 胸を張り、誇らしげに答えるアリスイ。


(そういう風に作られたのだ。こいつらは)


 町田が虚しそうにため息をつく。町田はあんまりイーコのこと、快く思ってないのかと凛は勘繰る。


(妖怪と呼ばれる者の多くは、大昔に術によって改造された生物だ。改造元は人であることも多いから、妖術によって人間を、遺伝子レベルで化け物にしたと言ってもいいな。イーコものその一種だ。人間の守護者として作られた生き物が、社会を持ち文化を持ち、何百年も日本の歴史の裏側で生きてきた)

(人間にとって都合のいい設定で、人工的に創られた種族なのね)


 話を聞きながら、凜は何故か反感に似た感情がこみあげてくる。


(イーコは人間を守るためという名目のためなら、自己犠牲も厭わないという連中だ。そういうメンタリティが染みついている種族だ。数百年の寿命を持ち、身体能力も人間より高く、様々な術に精通している、明らかに人間の上位種族といってよい存在にも関わらず、その全てを人間に捧げるのだぞ)

(なるほど。その気になれば、人間の上に立って支配すらできそうな種族が、人間を守ることに従事するなんて、私達にとっては実に都合のいい設定ね。まるでプログラムされたロボットみたい。確かにもやっとする)


 人を守ってくれるのはありがたい事だが、そんな運命に縛られている事に――いや、縛られているという意識すら無く、運命を受け入れている彼等を見て、凛は複雑な気分になった。しかもそのために自己犠牲までつくとなるとなおさらだ。


(人類全てを代表してこう言ってあげたいね。そこまでして人を守らなくていいって。私の感情も混ぜて言わせてもらえば、守る価値も無いし)


 だがそれだけではない。凛の中ではイーコの行き過ぎた守護に対して、反感のような感情が沸いている。何でこんな感情が沸き起こるのか、凛には原因がわからなかった。


「では改めて、どうかよろしくお願いします」


 ツツジが頭を下げる。アリスイがちょっとズレている感じがあるので、ツツジの礼儀正しさが際立って見える。


「俺達人間を助けようとしているのに、そんな風にお願いされるってのも変な話だよね」

「だねえ。こっちが本来ならありがとうって言う立場なんだし」


 十夜が微苦笑を浮かべて言い、晃もそれに同意した。


「じゃあタダ働きしてあげなさいよ」

「えっ! タダでいいんですかっ」

「いや、それはそれ、これはこれだよ」


 冗談めかして言う凜の言葉をアリスイが真に受けるが、晃が笑顔で否定した。

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