第十二章 いい子ぶらない人生を遊ぼう
第十二章 二つのプロローグ
妖怪みそ男
むかーしむかし、山の麓にある小さな村に、それはそれは変わり者な祈祷師がおりました。
その祈祷師は日頃から、自分はとてつもなく強い力を持っていると嘯いていましたが、村人の前で見せる術は、せいぜい天気を占い、豊穣を祈願する程度だったので、村人は話半分にしか聞いていなかったそうな。
ある日のこと、祈祷師は何を思ったか沢山の味噌を作りだしました。
祈祷師は大層な変わり者で、いつもいつも突然変な事をしだすので、村人達はまたかと思って、生温かい目で見守っていました。
祈祷師は味噌を作り上げると――余程嬉しかったのでしょう。毎日おかずに味噌を混ぜて、味噌料理を作って食べるようになりました。味噌汁、味噌漬け、味噌おにぎり、味噌煮……
さらに自分で食べるだけでは飽き足らず、村人全員に、味噌料理をふるまい始めました。祈祷師の作る味噌料理は大層美味く、村人達は皆喜んで料理を食べました。
ですがその祈祷師、すっかり調子にのって、毎日毎日村人にしつこく味噌料理をすすめる始末。村人達はやがてうんざりして、祈祷師を敬遠するようになってしまいました。
味噌が好きでしょうがない祈祷師はがっかりしましたが、それでも村人にもっと味噌を好きになってもらいたいという気持ちを諦めきれず、何とまじないの道具に味噌を混ぜてしまいました。
味噌を混ぜた道具で天気を占い、豊穣を祈願し、御払いを行う祈祷師を見て、村人達はますますドン引きしてしまいました。
そんなある日のこと……
どうしたことか祈祷師が長らく姿を見せなくなったので、心配した村人達が祈祷師の家を訪ねてみた所……
「ひえええっ!」
変わり果てた祈祷師の姿を見て、村人達は腰を抜かします。
「どうなさった? 皆の衆。心配して来てくださったのか? ちと風邪をこじらせてのお」
全身味噌まみれになった祈祷師が、むくりと起き上がりました。その姿はまさに味噌の塊、いや、まるで味噌に手足が生えて動いているかのようです。
「ああ、これは吾輩が開発した味噌療法といっての……」
「妖怪じゃ! 妖怪みそ男じゃ!」
「祈祷師様の味噌好きがたたって、祈祷師様が妖怪になってしもたーっ!」
説明する祈祷師の言葉を遮り、村人達は口々に叫ぶと、ほうほうのていで逃げ出したそうな。
「話を最後まで聞けと……これ、本当に効くんじゃよ。病気だけではなく、どんな怪我もたちどころに治してしまう凄い術じゃというのに……」
この術で村人達の役に立ち、味噌の素晴らしさを見つめなおしてもらえるかと考えた祈祷師でしたが、目論見が外れ、がっかりとうなだれます。
しばらくすると、村人達が鉈や鍬をもって、祈祷師の家を取り囲みました。
「妖怪めーっ! この村から出ていけーっ!」
「もうオラ達、一生味噌なんて食わねーだーっ!」
家の周りで血相を変えて叫ぶ村人達。思わぬ事態になってしまい、祈祷師はさめざめと泣きました。
が――その時です。
「野伏だーっ! 野伏がきたぞー!」
凶暴な野伏が村を襲い、村人達は祈祷師のことも忘れて逃げ惑いました。
「わっはっはっ! 金をだせーっ、女をだせーっ、何もかも奪いつくしてやるわーっ」
野伏の親玉が高らかに叫び、手下の野伏達が村の娘達に手を出そうとしましたが――
「な、なんだ!?」
野伏達の前に、幾つもの人影が立ち塞がりました。
「お、おみそっ!?」
人と同じ姿と大きさをしたそれらは、何と味噌の塊でした。
「この村は吾輩の大事な村じゃ! 村人達には指一本触れさせぬ!」
味噌を人型にして操る術を編み出した祈祷師が、野伏達に向かって毅然と進み出て、怒鳴ります。
「行け! 味噌ゴーレム!」
祈祷師の命令で、味噌ゴーレム達は野伏達に襲いかかりました。野伏達が味噌ゴーレムを刀で斬りつけても、味噌なので素通りしてしまって刀が役に立ちません。
「こ、この妖怪みそ男共めがーっ! えーい、者ども、とんずらじゃーっ!」
親玉の悔しげな号令を受け、野伏達は大慌てで村から逃げ出しました。
「村の衆、怪我はないか?」
祈祷師が村人達に声をかけます。
「若い衆が一人、斬りつけられた……傷が深くて、もう長くない」
「いや、諦めるでない。吾輩の元に連れて来るがよい」
村長が残念そうに言いましたが、祈祷師に力強い声でそう言われ、大怪我を負った村の若人を祈祷師の前に連れてきました。
「味噌があれば何でもできる! 助からないような怪我だって、ほれ、この通り!」
血がどくどくと噴き出る傷口に、祈祷師が味噌を塗りたくります。すると傷口から血が止まり、若者は目をぱちくりして起き上がりました。
村人達はどよめき、若者の生還に胸を撫で下ろし、喜びました。
「祈祷師さん、許してくんろー。わしらあんたを誤解しておった」
「わしらはあんたを殺そうとしたのに、助けてくれるなんて……本当にすまんかった」
口々に謝る村人達に、祈祷師は嬉しそうに笑います。
「いいんじゃ。それより皆、もっと味噌のことを好きになってくれいっ。これからも吾輩が皆のために、味噌料理を作るからのう。怪我人病人も、吾輩の味噌ヒーリング術ですぐ治すぞ」
こうして、妖怪みそ男扱いされた祈祷師は、改めて村人達に受け入れられ、その後、村人達は皆味噌を作るようになって、味噌づくしのみそ村と呼ばれるようになり、噂を聞いた祈祷師のみそ妖術と、村の味噌料理を目当てに多くの旅人が訪れたそうな。
それが……はて、何年前の話じゃろうか。
妖怪みそ男 終
***
岸部凛がイーコの存在を知ったのは小学生になったばかりの頃だった。都市伝説の一つとして伝わる妖怪。決して姿を現さずに、人間の危機を救ってくれる者達。定期的に持ち出される話題。愛らしい姿をした人類の守護者。
イーコを題材にした漫画やアニメもあった。ブームという形で爆発的に広まることは無かったが、どこかで必ず話題に挙がっているし、目にもつく。
「父さん、イーコって知ってる?」
ある日、凛は父親に訊ねてみた。
「知ってるよ。見た事もあるし」
間髪置かずそう返してきた父親の言葉を、凛は冗談と受け取っていたが、どうもそうではないようだった。
「うん、確かに見たんだ。いつも病気になっていた体の弱い友達が、電車のホームから落ちた時、イーコが現れて凄いスピードで、電車にはねられる前に友達をホームの上へ運び上げてくれた。それを見た人は何人もいたけどね。でもイーコはすぐ消えてしまった。そして不思議なことにその翌日から、その友達は次第に健康になっていった。助けた時にイーコが何か不思議な力で、友達の体を良くしてくれたんじゃないかと、皆で話したものだよ」
父親の言うことだからきっと本当なのだろうと、凜はその話を信じた。父は今まで凜に一度も嘘をついたことが無かったし、約束を破ったことも無かったからだ。
凜は学校で友達に、父親がイーコを見たという話をしたくて仕方なかったが、必死で我慢した。もしかしたら自分が変人扱いされるかもしれないし、何より大好きな父親を馬鹿にされるようなことがあれば、友達と喧嘩してしまいそうで。
それが十四年前の話。
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