第十一章 21
計一の携帯電話に、雪岡純子からメールが届く。
『君が差し向けた人達ね、返り討ちにされたよー。目的達成する以前にね』
『は? どういうことだ』
いくら相沢真が強いからといって、それは学生レベルの話であり、裏通りの住人を退けるとは考えにくい。
『私が前もって真君に銃を送っておいたからね。それで彼が勝てるかどうかは賭けではあったけど、彼の性格と才能なら必ず銃を手に取ったろうし、あの程度の相手を撃退してくれなきゃ困るって感じかなあ。シナリオの都合上必要な流れだし、あくまで前座っていうか、実験の内だからさー』
雪岡純子の言葉を見て、計一は苛立ちを覚える。どういう実験なのかは不明だが、こちらに全て手の内を明かしてくれず、ああせいこうせいと指示されては、いい気もしない。
不満を覚え、いろいろとメールに書き込んで送る。
『いろいろと私にも考えがあるからさー。その辺は身の程をわきまえて黙って従ってほしいもんだねー』
不満を訴えた結果、さらに計一の神経を逆撫でする言葉が返ってきた。
『今後のゲームのシナリオは、計一君自身に動いてもらうよ。絶対に真君を先に殺さない事。真君の周囲の人から殺していくようにね。母親の相沢美紗、友人の大地宗徳と田代仁、担任教師の鹿山由美。これらを一通り殺し終えて、十分に絶望させてから嬲り殺しにしてね。取りあえずは、君が真君の前に現れて、未知なる危機が迫っている事を教え、存分に恐怖させてほしいなー』
そこまで嬲りものにすることが、一体何の実験に繋がるのだろうという疑問を抱く計一。その実験とやらが、自分の望みともマッチしすぎているので、逆に懐疑的になってしまう。
『一方的すぎるぞ。どんな実験かくらい教えてくれてもいいだろう。』
『全てを失って追い込まれたあの子が、どれだけの力を発揮するか、これはそういう実験。最後は君に、真君と戦ってもらうよー。もちろんその時は計一君も殺すつもりで臨んでくれていいし、そのまま殺しちゃってもいいからねー』
『それじゃあわからない。教えてくれよ。相沢をそこまで追い詰めて嬲る意味が何なのか。その実験とやらの目的をさ』
その要望にも否定的な返信が返ってきたら、今後指示に従うのはやめて好き勝手しようと心に決めた。
『言ったでしょー? 身の程をわきまえて指示に従ってってさあ』
返ってきたのは、あくまでブレずに上下関係をはっきりとさせようとするものだった。
(何だこいつ……やめやめ。途中まで指示に従ってもいいが、適当な所で裏切ってやろう)
腹を立ててそう決めたものの、雪岡純子の指示内容自体は気に入っているというか、計一自身が是非ともやってみたい事なので、どの時点で背いたらいいかわらかない。
(まあいい。今の所は従っていてやるさ。でも機会さえあれば、鼻を明かしてやる。まずは相沢真の家に行って、失敗したあいつらに変わってあいつの家族を殺してやるか。でも……)
問題は、真が銃を持っているという事だ。その辺は警戒しなければならない。
銃をうまいこと取り上げるか、破壊してしまえば、もう怖くない。
雪岡純子は最後に戦ってもらうと言っていたが、ある意味この時点でもう戦いだと計一は思う。先に銃を壊してしまえば、その最後の戦いとやらでは、相手は得物無しとなるし、例え窮鼠の猫となっても怖くないだろうと計算し、計一はほくそ笑んだ。
***
夜。静かに時間だけが流れていく。
玄関先で死体が二つ転がる自宅にて、真は自室にこもって寝転び、何もする気力が沸かないまま、漠然と時の流れるままに身をゆだねていた。
警察に連絡するかどうか迷っていたが、どう説明したらいいかなど、いろいろ考えてしまう。正直に言うのはややこしい。正当防衛を主張しようにも、何故自分が銃を持っていたのかを話すことを考えた時点で、連絡する気が起きない。
適当に誤魔化して、別人の仕業にすればいいのではないかとも思ったが、すぐバレそうな気もする。
そもそも自分がどうしてこんな目に合うのか、そこからしてわからない。そして何者かがそれを見越したうえで銃を送って警告してくれた。これまた意味不明。
しかし何よりも深刻なのは、人を殺したにも関わらず、全く恐怖が無く、興奮していた自分だ。おまけにしばらく勃起し続けてしまったという事実。
(変態だったのか……僕は)
人を殺したことよりも、その後の己の反応の方が、真を暗澹たる気分にさせた。
玄関から悲鳴が響く。予想通りの展開とリアクションだと、真は冷静に思う。母親が返ってきて死体を見たのだ。
身を起こし、玄関へと向かう。母親の相沢美紗が死体の前で腰を抜かし、泡を食っている姿が目に映る。
「一体これはどういうことなの!? 何があったの!?」
まるで真のせいであるかのように、真を睨みつけて喚く美紗。
実際真がしでかした事ではあるが、それにしても最初から自分に責任を問うかのような言い草は無いだろうにと、ひどく落ち着いた気分で、心の中で溜息をつく真。同時に、普段鉄面皮の美紗がここまでうろたえて取り乱している姿を見て、珍しいものを見る事ができたなとぼんやりと思う。
「襲ってきたから正当防衛で殺した」
端的に説明した真に、二の句が告げなくなった美紗。その時、玄関の扉が外から開けられる。
「驚いたな。マジで返り討ちにしたのかよ」
突如として現れた人物が、面白そうに呟く。その人物を見て真は驚き、同時に戦慄を覚える。安楽二中の学ランを着て、ひょっとこのお面を被った男。噂では、三年生らを殺し礼子を犯したと言われている人物が、同じ格好をしていたという。
(そいつがここに来たという事は……そしてこのチンピラ共も知っている素振りだし、つまりこいつは、明らかに僕を殺しにきたってことか)
真は即座にそう判断した。肩にかけたままの銃を入れた鞄に意識を集中する。
「な、何ですかっ、貴方は」
ひょっとこ男を睨みつける美紗だったが、声と表情が少し臆している。二つの死体を見た後に、怪しい人物に家宅侵入までされ、混乱気味になっている。
「相沢真。これはゲームだ」
嘲笑まじりのネチっこい声で、ひょっとこ男が告げた。
「俺はお前の周囲の人間を殺していく。お前は頑張ってそれを防ぐ。皆殺したら最後はお前の番。そういうゲーム……だ!」
声に力を込めると同時に、ひょっとこ男が美紗の頭部めがけて、目にも止まらぬ速さの蹴りを繰り出した。
真の見ている前で、美紗の首があらぬ方向へと折れ曲がる。
「はい、まず一匹っと。お前の母親か? ぼーっとしているお前が悪いんだぞ? つーか、傑作だな、そのツラ」
突然の出来事に呆然とした表情になる真に向かって、小気味良さそうに告げるひょっとこ男。
「梅宮か……?」
目の前で母親を殺された真は、震えながらその名を口にした。声でわかった。真は計一の声を覚えていた。
「何でそんなあっさり見抜くんだよ。生意気だな!」
授業で教師に指されでもしないかぎり、普段何も喋らない自分のことなど誰も気に留めていないと思ったのに、声すら覚えていないだろうと自虐的に受け止めていたのに、真に限って声を覚えていて、なおかつこの場であっさり正体を見破ったという事に、何故か計一は無性に腹が立ち、ひょっとこのお面を外した。
計一は不機嫌そうな顔で真に詰め寄ると、真の胸倉を片手で掴んで持ち上げて、驚異的な怪力で上へと投げ飛ばした。
真の背中が天井にしたたかに打ちつけられ、さらに落下の際に、膝と頭部をかばった腕を床に打ちつけられる。
(何がどうなってるんだ……)
有り得ない事が次々と起こっている。真の頭は混乱していたが、その一方で、冷静に次に自分が成すべきことを計算している自分が、真の頭の中にいた。
「俺がこれから狙うのは、三人だ。お前と仲のいい大地と田代。それにお前に気があるらしいビッチ先公の鹿山な。俺から殺されないよう、ちゃんと守ってみせろよ。これはそういうゲ……」
楽しげに喋る計一の言葉は、途中で銃声にかき消された。
鞄の中から発砲された銃弾は、計一の顔の横を通りすぎ、窓ガラスを割った。
「てめえ!」
もし計一が薬の副作用で高揚状態になっていなければ、ここであっさりと総毛立ち、ぶるって身動きが取れなくなっているだろうが、真が銃を持っている事を知るなり、果敢にも真に覆いかぶさって鞄を取り押さえ、鞄の中から銃を取り上げる。
「大人しくしょぼくれてりゃいいのによ」
忌々しげに毒づきながら、両手でおもいっきり力を加え、銃身を破壊する計一。いくら怪力を手に入れた計一でも、相手が銃器など持っていては、危険極まりない。頑丈さまで得たわけではないので、撃たれれば下手すれば死ぬ。
加えて、目の前で母親が殺され、天井まで投げられた直後にも関わらず、堂々と反撃してきた真に対して、計一は恐怖と脅威を感じていた。普通できることではない。少なくとも自分が逆の立場であったら無理だ。
(やっぱりこいつ、いろんな意味で特別な奴なのか? 畜生……だとしても、負けるかよ!)
這いつくばる真を見下ろして歯噛みした後、それ以上は何も言わずに計一は外に出て行った。
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