第十一章 6

 友人のいない梅宮計一は、学校の休み時間中、暇と孤独を紛らわせるために読書で潰すのが常となっている。


 一人で本を読む計一に声をかける者もいない。計一から近寄りがたいオーラが放たれているせいだが、そのオーラは計一が他者を拒むが故に生じている。


 計一は自分がこの世の誰よりも劣る存在だと思い込む一方、自分以外の人間全て愚物だと見下してもいる。それ故に相容れない。相容れようがない。本の中の空想の世界だけが、計一の心休まる居場所だ。あとはネットぐらいか。


「お前、いつもぼっちで寂しくないの?」


 昼休みの時間、そんな計一に声をかける者が現れた。大地宗徳だ。

 計一は心臓が破裂するかと思うくらい仰天し、思わず読んでいた本を反射的に閉じて胸に抱え込むという、自分でも何やっているかわからないリアクションを取ってしまった。


「いつも何読んでんだ? ちょっと本見せてみ」


 見た目は完全に不良以外の何者でもなく、ガタイもよい宗徳の要求を拒めるわけもなく、おずおずと本をさしだす計一。


「なんかイラストいっぱいだなー。ラノベって奴? しかも絵がやたらあれだし。真、こういうの好きじゃね? お前もガキの頃から本好きだし」

「ああ、僕はラノベにはちょっとうるさいぞ」


 少し離れた場所にいた真に話を振る宗徳だったが、真が意外な反応を示し、計一は驚いた。まさか憎いこの男が、自分と同じ趣味とは思ってもみなかった。


「俺はこういうのダメだわ。昔ちょっと読んだことあるけど、内容が痛々しいっていうか。面白いとも思えないし」

「何でだよ。ファンタジーとかSFは面白いだろ。一般小説は所詮リアルのことを描くだけだが、SFやファンタジーはリアルでありえないことにまで、想像力を広げて書かれているから、そっちの方がずっと好きだ」


 断言する真に、計一はよく言ったと心の中で喝采をあげる。


 真からすると、己の現実と将来に激しく不安を抱きつつ、リアルがつまらないという感情を抱いているが故、逃避というニュアンスもあって、それらの小説が好みでもあった。計一もその点は似たようなものだ。


「冴えない男の周りになぜか美少女がわらわらと沸きまくって寄ってくるとか、都合良く凄い超能力手に入れて無双してチヤホヤとか、リアルに有り得ない願望をヒネリもなくストレートに書かれているのとかがちょっとな……。あとさ、何故か世界を救うのが中学生とか高校生とかわけわかんねー。世界を救わないにしても、十代で凄い力を持つ殺し屋とか、有りえないだろう。ガキの妄想丸出しって感じ? いや、読むのが子供だからそのニーズに合わせましたよー的な、子供騙し感があるっていうか」


 宗徳に本を奪われておどおどしていた計一であったが、宗徳の批評を聞いて、その心にドス黒い炎が噴き出すのを感じた。


「裏通りじゃ実際に十代の殺し屋もいるって話だぞ。それに世界中の紛争地帯で、子供の兵士なんてゴロゴロいるっていうじゃないか。時代を遡れば元服も十五歳とかだし、偉そうに言うけど、お前は平和ボケした国の中で、平和ボケイメージに囚われた視点で見てるよ」


 真が言い返し、宗徳は言葉に詰まる。そうだもっと言ってやれと心の中で応援する計一。


「あとさ、ラノベでハーレムものの何が悪いんだ? 漫画でもそういう展開はよくあるし、お約束の一つとして、空気のように受け入れてるけどな、僕は。その程度のこと、いちいちあげつらうことじゃないだろ」


 真の問いに、宗徳はかぶりを振る。


「いや、ハーレムっぽく女の子いっぱい寄ってくるのは別にいい。モテる要素ある男がモテるのはわかるんだよ。けど、全く何の魅力の無い男に、どういう理屈で次から次に女が寄ってくるんだよ」

「ああ、それは確かにそうだな。僕みたいに自分を磨く努力している男にだったら、女が寄ってきて惚れられるのも当然の流れだが。その理屈はわかる」


 しかしあっさりと論破されて頷く真。


(やっぱりこいつは俺の敵だ!)


 宗徳に同調したあげく、これみよがしに自惚れた発言を行う真。結果、計一の怒りと憎悪が余計に募る。


「わーおー、惚れられるの当然とか自分で言うのイタタタター」


 それを聞いた田代仁が、大袈裟に顔を抑えて茶化す。


「つーか、お前何か努力したか? 人並み以上なのって、顔と運動神経と体力だけだよな。しかもどれも特に努力せず。勉強は全然してないし、部活に入ってるわけでもないし」

「おまけに背も低いしー」

「ふーん、お前ら二人して僕に喧嘩売ってるのか? それ以前に、ラノベを馬鹿にしまくった時点で、喧嘩売ってると受け取っていいな」


 真が臨戦態勢に入り、宗徳も計一の本を持ったまま真と向き合う。


「か、返して……」


 ここで本を持ったまま喧嘩して、破られてはかなわないと思い、恐怖に震えながらも、身を乗り出して宗徳が手にする本を掴もうとする。


「ちょっと大地君、いじめはよくないよ」


 と、そこに菊池礼子がやってきてやんわりとした口調で注意する。

 元々礼子に惚れていた計一からすると、このタイミングで彼女が助けにきてくれた事は、女神の降臨に等しいほどのインパクトであった。


「いじめだと? 聞き捨てならん発言だな」


 そこに担任の鹿山由美もやってきた。クラスの何人かも計一達の方に視線を向ける。その視線に気が付き、目立つことを何よりも嫌う計一は、反射的にうつむいてしまう。


「いじめてなんかねーだろっ。これがいじめに見えるってあんまりだろっ。俺はいじめなんて格好悪いこと一度もしたことねーぞ」

(い、いじめてるじゃないか。僕の趣味をからかって!)


 宗徳の反論に、うつむいたまま歯ぎしりする計一。


「僕のことよく殴っていじめてるじゃないか」

 と、真。


「真も宗徳のこと散々殴ってるし、宗徳も真にいじめられてるぞー」

 仁に笑顔で突っ込まれ、真は言葉に詰まる。


「田代、そういうのはいじめとは言わないんだ。喧嘩と言うんだ」

「知ってるぞー」


 真面目に解説する由美に、仁はおかしそうに言う。


「ごめん先生、いじめはちょっとオーバーに言ってみただけ。ほら、大地君が梅宮君の本持ってる事忘れたまま、相沢君と喧嘩しようとしてたから」

「あ、ごめん……」


 礼子に指摘され、ようやく宗徳は本を握っていることに気が付いて、決まり悪そうに謝罪して、計一に本を返す。


「ま、お前達がいじめなんてするはずもないとわかっていたが、皆が誤解してないかと思ってな、一応チェック入れに来たんだ」

 腰に手をあてて微笑みを浮かべる由美。


「真はいじめとかしないぞー。いじめする顔じゃないしー。宗徳もいじめとかしないぞー。いじめする顔だけどしないぞー」

「おい、それどういう差別だよ」


 仁の言葉を受け、憮然とした顔になる宗徳。


「顔と言うか、身なりや見た目の問題だろう。お前が髪染めるのをやめれば解決だ」


 教育的指導するニュアンスも込めて言う由美。


「実際こいつは中身の凶暴さはともかく、見た目だけは得してるからな。俺は見た目改めても駄目だから、このままでいいわ」


 宗徳のその言葉は、計一も心底同意できた。憎き相沢真は、たまたま生まれつき良い顔を持

て生まれたが故に得をしているだけだと。


(糞っ、俺はただ運が悪かっただけなんだ。生まれの運さえ悪く無ければ……もっと顔が良くて家庭環境も良くて、努力する才能と精神力に恵まれてさえいれば……いや、本の主人公のように特別な力でもあれば……。糞っ、こいつに俺のこの気持ち、悔しさ、絶対わかんないだろうな……)

 真を睨み、歯噛みする計一。


「ま、真には身長が無くて無愛想っつー、大きなマイナスポイントがあるけどな」

「本人の前で随分と言ってくれるなあ……」

「相沢君の背の低いの、私は別に気にならないよ。むしろ可愛いっていうか」


 憎悪に満ちた視線を真に注ぐ計一に誰も気が付かず、楽しそうに会話を交わす面々。

 否、その場にいるたった一人だけ、計一の憎悪の視線に気が付き、計一の憎悪に強い興味を抱いた者がいた。その人物に目をつけられたことによって、計一の運命は大きく変わる事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る