第十章 33

 臼井亜希子が十八歳の誕生日を迎えてから、一週間が過ぎた。

 その間、百合は自宅の屋敷にて、亜希子が嬲られる様を動画で鑑賞しながら愉悦に浸っていたが、次第に亜希子の反応が悪くなっていったので、早くも飽きがきていた。


「もう壊れてしまいましたの? 早いですわね。まあ、大体壊れる時は皆、同じ反応なのですけどね。壊れていく経過もですが」


 亜希子の館へと出向き、ぼろぼろの寝間着を着たまま仰向けに寝て放心している亜希子の姿を見て、百合子は大きくため息をついた。


「どうしましょう。完全に壊れた玩具とはいえ、捨てるのも忍びないですし、何とか有効活用する事はできないものかしら」


 亜希子の恐怖と不安を煽る意図でもって、わざとらしく百合は独り言を呟く。


「そうね。トイレから下水道に繋がるパイプに、口と肛門をねじこんで繋げて埋めて、人間パイプにでもしてさしあげましょう。嗚呼……我ながら何て芸術的な発想かしら」


 おぞましい運命の行く先を口にして、亜希子の顔色を伺うが、やはり変化は見受けられない。ここまで無反応というのは、流石に珍しいパターンだ。


「排泄物が栄養になるから、しばらくは生きていられますわよ。もちろんちゃんと空気もおくりますから、心配しなくていいですわよ。トイレのパイプとなって人様の役に立てる人生を送ることができるなんて、人類史上初めてではないかしら? 人類で初めてその名誉ある役目につけること、光栄に思いなさいな」


 その時だった。無反応だった亜希子が、小さく笑ったのである。


「何がおかしいのかしら?」

 不審げに眉をひそめる百合。


「楽しいの……」

 満ちたりた表情で百合を見上げる。


「ずっと退屈してたから。欲しいものは何でも手に入ったし、家から出られない事以外は何でも思い通りになった。でも、今は何も無い。何も思い通りにできない。最高だったのが最低になった。それが楽しいの。貴女が与えてくれる体験もね。でも、マンネリなのは嫌かな。すぐに飽きる。私、飽きが早いみたい。あいつらの玩具にされるのも、もう飽きてきた所だし」


 亜希子は今ようやく、幸福というものが何であるかを実感できた。それは人生の苦難の裏返しとして在るからこそ、より強く、より大きく味わえるものであるという事を。知らなかった事を知る事が出来た。それによって、亜希子は今まで満たされなかったものが満たされていた。


「なるほど。これは私の見当違いでしたわね。いえ、見くびっていたと言った方がよろしいかしら」


 顎に手を当て、優雅な姿勢で虚空を見上げ、百合はしばらくの間思案する。


「方針を変更いたしましょう」


 一言そう呟くと、百合は亜希子に背を向け、立ち去った。

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