第十章 22

「そうか。丁度いいタイミングだ」

 真が席を立ち、店の外へと出ていく。


『丁度いい?』

「こっちのこと。で、他に用はあるのか?」


 メールではなく、わざわざ電話してきた理由を問うニュアンスを込める真。


『そちらの同伴者は認めないわ。シスターはわりと破天荒な人だから気にしないけれど、私達は気にする。まだ貴方を信じきってはいない。武器の携帯は認めるけど、こちらは護衛をつける』

「それはいいけど、会話そのものは聞かれたくないな。人の口に戸は立てられないだろ。シスター以外の人間から漏れないとも限らない。加えて言うと、個人的感情としてもあまり他人に聞かせたい話ではない」

『その辺もちゃんと考慮するわ。武器は届くけど会話は届かない位置で待機している。で、日時は――』


 日時を聞き出してから、真は幸子と二、三言葉を交わすと携帯を切って店内へと戻った。


「話の途中すまん。そんなわけで、美香はこの先ずっと危険だ。雪岡まで堂々と狙われた事を考えたら、芦屋も狙われる可能性大だ。敵の力はそれができるくらいのレベルって事かもしれない」


 真の言葉を聞いて美香は息を呑んだが、黒斗の感想は違った。


「判断材料がそれだけでは、敵の強さや規模までは計れないだろう」

「だから、しれないと言った。美香はしばらく表通りの活動は控えた方がいいかもな。裏通りもだが。僕のせいでそんなことになっているとしたら、僕の口からこんなこと言うのも心苦しいが」

「いや……それは……」


 美香の方を向いて真が言う。何か言おうと口を開き書けた美香だが、うまく言葉が出てこずに、そのまま口をつぐんでしまう。


「それには及ばんぜ。俺がガードしてやるよ。安心して音楽活動も続けるといい。お前の歌を待っている奴はいっぱいいるんだ」


 沈んだ面持ちになっている美香に、力強い口調で黒斗が告げた。


「そうか! ありがたい! しかし私のために済まない!」

 黒斗の言葉に、美香は表情を輝かす。


「済まないなんて事は無い。俺自身もお前のファンだしな。お前の歌は人に力を与える。元気づける。歌詞が直球すぎるとか青臭いとか批判する奴もいるが、だからこそ多くの人の心をとらえるパワーがあるんだ。お前の歌もそうだが、どんな形であれ、人に力を与える力ってのは素晴らしいよ。人に力を与える力を持つ人もな。素直に尊敬するぜ」

「そこまでベタ褒めされると照れる!」


 臆面もなく熱く語る黒斗に、美香は微かに顔を赤らめて目をそらす。


「それに、市民の安全を守るのが俺の仕事だし義務だからな。んで、俺は地球最強の刑事だから、その俺にしか出来ない事ってのがある。あの谷口陸を裏で操るような奴は、相当物騒な悪党に違いない。そのうえ真に恨みがあるのか知らんが、周囲の人間からまず狙うような汚い手口をするような奴なら、余計放っておけない。」


 美香と真を交互に見やり、二人を安堵させるように精一杯力を込めて喋る黒斗。


「美香、真、お前達を脅かす糞野郎から、絶対に俺が守ってやる。約束する」


 真顔で宣言する黒斗に、美香は胸が熱くなるものを感じ、表情を引き締める。美香も直球な気質で黒斗とよく似ているが、決定的に違う部分があると美香は感じている。美香が意気込みを高らかに叫ぶのに対し、黒斗の言葉はただの意気込みだけではく、言葉の裏にもっと重さと強さが伴っている。


「頼もしい話だな」


 皮肉でなく、心底そう思う真。黒斗の方を見て、珍しく微笑みまで零している。裏通りの強者達がこぞって恐れる、警察の最終兵器と呼ばれるこの男が味方についてくれるとあれば、心強いことは間違いない。


「でもお前、僕が考えている作戦の邪魔だから来なくていいよ。お前の顔見ると谷口はすぐ逃げるだろ。そしてお前はまた逃がすだろ。だからお前はいらない」

「ちょっ……それひどくない? つーか目上の人間にちゃんとした言葉遣いしろと、前から何度も言ってるだろ。敬語使えとまでは言わないが」


 格好よく決めたつもりで、真もそれに応じて珍しく微笑みまで見せてくれたので、満足して自分に多少酔っていた黒斗であったが、いきなり不要呼ばわりされて狼狽える。


「今度は逃がさないってば。今度こそ決着つけてやるから。あいつを生かしておけば、それだけで不幸な人間が増える」

「僕にも作戦があるんだ。美香の運命操作術と、ある人物の協力もあれば、何とかできそうだし、それで十分なんだよ。特に美香の力は有効に働かせる事ができると思う。それに、今まで芦屋は奴を追いまわす立場にあったが、相手が来るとわかっていて迎えうつ立場なら、罠を張ることだってできるだろう」

「へえ、なるほどなー。お前って結構考えるんだな。俺と同じ脳筋タイプだと思ったのに……ちょっとがっかりだわ」


 黒斗が意外そうに感心の声をあげたかと思うと、言葉通り声に落胆の響きをにじませる。


「僕はお前と同列に扱われていた事の方がびっくりだよ。とりあえず、芦屋は邪魔だって話だけ了承してほしい」

「いや、そんなの了承できないからね。そもそもお前の作戦が何なのか詳しく聞かせろよ。話はそれからだ」

「それは企業秘密。でも谷口の弱点はわかった。あいつには見えないものがあるみたいだから、それを使う」

「それだけじゃ納得できないなー。つーか、ある人物ってのは誰だ?」


 しつこく食い下がる黒斗に、真はどうしたものかと頭をひねる。


「わかったよ。じゃあ芦屋にも協力してもらおう。風上のライオンの雄の役目を果たしてくれ。僕が風上の雌の役目を果たす」

「おう、全然わからん。ライオンのことなんかよく知らないし。ライオン学者かよ」

「芦屋の顔を見れば谷口はすぐに逃げるんだろう? なら、逃げるように仕向けてくれればいいだけの話だ。できれば逃げる方向も決められるようにな。そこは美香の運命操作術をあてにしたい所だ。そして僕が待ち構えて、あいつを始末する」

「簡単に言うけど……いや、はっきり言わせてもらうが、真、お前の腕じゃ谷口には及ばんぞ」

「そんなことはない。作戦があるし、弱点もわかってると言っただろ」

「それだけではお前一人に任せられないと言ってる。まだ説明不足だ。俺にちゃんと勝つための計画を説明しろよ。それで納得したら任す。納得しないままお前任せにして、お前が殺される可能性が有る限りは、俺は絶対に引かない。警察官の職務としてだけではなく、俺個人としても認められないよ?」


(相変わらず頑固だな……)

 頭の中で舌打ちする自分を想像する真。


(ねね、真兄。みどりのこと教えればこの人も納得しないかなぁ~?)


 真の脳を通してずっと様子を見ていたみどりが、見かねて声をかけてくる。


(お前は僕のジョーカーだ。出来る限り誰にもお前の存在を知られたくない。知られずに裏方に徹していれば、とてつもない優位性を維持できる。まあ、今みたいなケースでは困るけどな)

(はいはい、わかりましたよぉ~。でも、みどりの存在だけは教えてもいいと思うぜィ。その方が話も進めやすいよ)


 それだけ言い残すと、みどりは引っこんだ。真も少し思案して、みどりの言う通りにした方がよいと判断する。


「妖術師に頼んで亜空間結界を作ってもらう。いくら逃げ足が早かろうと、結界の中に封じられたら、どうにもならないだろう。そこへうまく誘導する」

「そんな手があったかー。まあ累もいるしな」


 ぽんと手を叩く黒斗。それで納得したようだ。


「協力してもらうのは累じゃないけどな。累と同じ雫野の流派の妖術師だ」

 訂正する真。


「これで真が谷口を捕まえる事が出来たら、俺が無能って感じになっちゃうよ」

 冗談めかして黒斗が言った。


「手柄は芦屋に譲るよ。ずっと追っていたんだし、最後はお前が捕まえたいだろう?」

 と、真。


「俺の捕まえるってのはね、始末と同義なんだがね。俺は一人として犯人を生かして捕まえたことはない。俺の辞書に逮捕なんて文字は無いんだ。俺の事件捜査イコール、悪党は全てその場で処刑なんでね。裁判や死刑の手間もなくていいだろ。始末書も書いたことないぞ。俺が出動する際は大抵そういう時だから。」


 黒斗の出番は大抵が、通常の警察官では手に余る相手に、荒事が必要な時である。

 黒斗は正義を信じるが、法は信じていない。法律とは所詮人間が勝手に定めたルールだ。世の混乱を避けるため、公正さを護るためにルールが必要な理屈くらいは芦屋にもわかっているが、ルールを守るために己の信じる正義が犯されるのは、これ以上無く馬鹿馬鹿しい事だ。

 黒斗は自分が悪と断じた相手は、一秒たりとも生かしておく必要は無いと考えている。法を遵守し、ホシを逮捕して裁判を受けさせ、人権派弁護士達によって裁判を長引かされたり罪を軽くされたりする事は、黒斗の中では耐えがたい悪である。


「その割には見逃すことも多いじゃないか!」


 美香が突っ込む。黒斗はたとえ逮捕命令が出ている相手でも、自己判断で相手を逃がす事が少なくない。バイパーなどは黒斗に見逃されているからこそ、警察に捕まらないでいられる。


「俺の判断イコール法律だからな。俺が『ああ、こいつは別に捕まえなくてもいいや』と

判断したら、そいつは無罪」


 逆に黒斗が捜査を中断したホシは、どんな罪を犯した者であろうと、警察も手を出さなくなる。黒斗が出動するホシは警察の手には負えない相手であるので、その黒斗が見逃した相手を逮捕できるわけもない。それだけの力と信頼と実績が黒斗にはある。

 故に女装や職務放棄の数々も大目に見られていたし、独断で犯人を殺害しても咎められることすら無かった。

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