第八章 24

 解放の日に向けて信者達が射撃訓練や戦闘訓練に励む一方、幹部達は会議室にて具体的な内容についても話し合っていた。


 解放の日前に先走って個人的な復讐や通り魔等を個人で行っている者以外は、解放の日というイベントを盛り上げるために、幹部が提案する計画にのる形で集団テロを起こす予定になっている。伴、エリカ、グエンがそれぞれ独自で異なるテロを起こし、信者達がそれに協力する運びである。

 もちろん解放の日にも、先走り組と同様に個々で動く予定の者は大勢いる。いくら上層部を抑えているとはいえ、警察の動きを完全に封じる事もできないので、それらが一斉に異なる場所で暴れて警察の目をひきつけてくれれば、幹部達の計画もその分、実行しやすくなる。


「犬飼、楽しみにしておけ。俺はただ暴れまわるだけでは済まさんぞ。確実に歴史の1ページに名を残す、最高のイベントにしてやるつもりでいるからな」


 いつも自分をからかっている犬飼に対して、伴が自信たっぷりの顔で語る。


「ほっほー、大言壮語にならんようにな。いや、それ以前に失敗したら全てパーだからな」


 いつも自分に対抗意識むき出しにしてくる伴に対して、犬飼はいつものようにシニカルな態度で応じていたが、本気で伴の事を侮蔑しているわけではない。それどころかその愚直さには好感すら抱いている。だからこそ余計にからかいたくなってしまう。


「お前みたいに斜に構えてくだらない皮肉を冷笑まじりに言う男が、何でここにいるのか不思議でならん!」

 唾を飛ばし、ムキになって喚く伴。


「そのくだらない男がこの教団の発足メンバーの一人なんだ。多分俺がここにいなければ、お前ら全員ここにいなかったはずだぞ」

「何たる不遜! プリンセスを差し置いて何を言うか!」

「そのいちいち芝居がかった喋りは、真面目にギャグとしか受けれないんだが」


 おかしそうにニヤニヤと笑いながら伴とのやりとりを楽しんでいた犬飼であったが、不意にその笑みが消えた。


「でもお前ら本当にいいのか?」


 犬飼につられるようにして、伴、グエン、エリカの三名も真顔になる。


「世を恨み、呪い、その復讐に無差別に人を傷つけるってのはさ、いくらお前達が楽しくても、悲劇を作る事にもなるんだぞ。お前達だって、悲劇の末にここに来たわけだろうに。誰かに傷つけられて、それでここに来て、今度はお前らが傷つけるってか?」

「それは……」


 犬飼の言葉を受けて、エリカが表情を強張らせる。プリンセスの許しを受けて、正当化されたはずの自分達の復讐に対しての全否定。他の人間が言えば戯言として一笑に付することもできようが、他ならぬ古参幹部である犬飼に言われたとなると、重みが全く違う。


「まあ、辛い目を見るのは、殺された奴とその周囲だけだがね。他の多くの人間は楽しいだろうよ」

「楽しいとは?」


 皮肉げに笑う犬飼の言葉の意味がわからず、エリカは問う。


「解放の日以前に、現時点でもさ、うちらが騒ぎ起こしている事に対して、世間の連中はきっちり楽しんでいるってことだ。被害にあった連中とその身内は不幸でも、その不幸を話題にして食い物にしてる奴等の方が圧倒的に多いし。自分と無関係の大事件は楽しい。他人の不幸は楽しい。それが人間て奴だ」

「人の痛みを感じぬ人間は大嫌いだ。俺の周りはそういう奴等ばかりだったからな」


 伴がうつむき、静かな口調で言った。


「なら先走り組で通り魔している連中は何なんだよって話になるぞ。あいつらは殺される側の痛みなんてお構いなしだろ。お前らもそうだ。社会そのものを悪と見立てて、無差別に大暴れする事で、傷つく人間は大量に出るんだからな。俺はそれをしっかり再確認したい」


 そう語る犬飼であるが、彼等の覚悟を知るためでもなければ、彼等のことを考えて良心の痛みを問うためでもない。単純な好奇心だった。どんな答えを出すか、仮に考えが変わったらどんな行動へと転じるか。それをただ観察したいというだけの欲求。


「私の気持ちは変わりません」


 歪んだ笑みを浮かべて答えるエリカ。その瞳からは今にも憎悪の炎が噴き出そうである。


「神様が世界の全ての筋書きを書いているのなら、私をあんな目に合わせた神様は悪そのものですもの。神様がこの世界を作ったのなら、この世界は悪そのものですもの。プリンセスと、プリンセスに導かれし者以外は、私にとっては全て敵です」

「そうか……頑張れよ」


 底知れぬ怒りと憎しみをたぎらせて語るエリカを目の当たりにし、犬飼は諦めたかのような口調で告げた。皮肉で言ったわけではない。もうこの少女は絶対に救えないし救われないと見なしたのだ。


(みどりならこいつを憎しみから解放することもできそうなもんだがな)


 そう思う犬飼だが、みどりはエリカに限らず全ての信者に、己の身の上に起こった不幸や、募り募った周囲の環境への憎しみを解放する方向を説いてしまっている。そして犬飼も、みどりにそんなことは望んでいない。


「俺は違う。違うぞ。俺はエリカや他の信者達とは違う」

 俯いたまま、しかし決然たる口調で伴。


「俺は無差別にはやらない。断じてやらない。死に値する者――死なせるべき人間はちゃんと選別する。納得のいく浄化を行ってやるぞ。そして楽しませてやる。ああ、楽しませてやるとも。世間という名の観客共を心底楽しませてやる。かなりの数の協力者が必要になるから、信者から見込みのありそうな奴を募らないといけないがな」

「なるほど。歴史に名を刻むイコール、楽しいイベントにするというのは理にかなっている。そして筋の通った復讐を行うというわけかな」

「そうだ」


 力強く答え、伴は犬飼の方に向かって顔を上げた。


 そこから次の言葉を紡ぎだそうとした時、伴は犬飼の背後にいる者の姿を見て、ポカンと口を開けた。


「誰だ?」


 伴の言葉に反応して皆が一斉に部屋の入口を見ると、そこに一人の男が立っていた。


「今幹部会だぞ。ちゃんと部屋に立札も出てたろう。それに加えて、ノックもせずに入るとか礼儀を知らん奴だ」

「何かあったのですか?」


 偉そうに喋る伴に続いて、エリカが訊ねる。どうも男の様子がおかしく見えた。目つきは虚ろで、口元もだらしなく開いている。


「うねうねうね……僕は蛆虫だから、どこにでも沸く」


 男の口から出たのは、全く想定外の台詞だった。


「蛆虫に人の決まりはわからない。空気も読めない。だって蛆虫なのだから」

「この人、頭おかしいの……?」


 意味不明な言葉を発する男に対し、一同が絶句する中、グエンが思ったことをそのまま口に出してしまう。


「でも私達の仲間でしょう? きっと辛いことがあって正気を失ってしまったのですよ」


 エリカが男に同情の視線を向ける。


「やはり蛆虫は嫌われる運命。どこでも一緒……さようなら……」


 男が扉を開けて立ち去る。それに対して誰も呼び止める事ができなかった。あまりにも異様な人物で、声をかけたとしてもまともなリアクションは望め無さそうだという事と、本能的に関わりたくないという気持ちが強く働いた。


「つーか今の奴、いつの間にドアを開けて部屋の中に入ってたんだ? ドアが開くのにも誰も気づかないとか、おかしくないか?」

 犬飼に指摘され、他の三人がはっとする。


「へーい、世界壊滅計画頑張ってる~? ……ん? どしたの?」


 そこに扉が開いてみどりが現れて、幹部達の様子がおかしい事を訝る。


「怪しい奴がいたんだ」

 伴が口を開いた。


「いつの間にか部屋の中にいて、ドアが開いたことにも誰も気が付かなくて、蛆虫だのうねうねだの、わけのわからんことを口にして、出ていった。単に頭に障害があるというだけならともかく、誰にも気づかれずに進入していた事が異様そのもの」

「頭の障害ィ? んー……そんな人はあたしの知る限り、ここにはいないと思うよォ?」


 みどりの口から返ってきた否定の言葉に、伴は目を丸くし、エリカは顔を引き締める。


「では今の方は刺客ということですか」


 エリカの言葉に伴とグエンも表情を一変させる。


「刺客がいるならみどりにはすぐわかるんだけどなァ。今、あたしに殺意抱いている人は敷地内にいないしー」


 が、頭の後ろで手を組んで呑気な口調でそう告げるみどりに、三人の緊張はすぐに解けた。


「やっぱりただのちょっとおかしな人? プリンセスに勧誘されたんじゃなくて、噂を聞きつけて来たとか。でもそういう人もここでは受け入れてあげるんだよね? プリンセスが知らないのは怪しいけど」

 苦笑いを浮かべ、グエンが言う。


「プリンセス、協力者を募る協力をしてくれまいか? 俺達幹部の募集だけよりも、プリンセスが一声かけてくれた方が集まりやすい。俺、エリカ、グエンでそれぞれ解放の日に向けて大がかりなプランを立てているが、どうしても人手がいる」

 伴が神妙な面持ちでみどりに頼んだ。


「いいけど、強制はしないよォ? あたしの方針はわかってるでしょー?」

「うむ。解放の日の大イベントに乗りたいと思う者であり、同時に予定の無さそうな者に、俺達が個々で企画しているイベントを共に進めるよう促してくれるとありがたい」

「イェア、それならお安い御用だわさ」


 笑顔でウィンクして親指を立てて承諾するみどりに、エリカは両手を合わせ、グエンは小さくガッツポーズして喜んだ。伴は己が考案している一世一代のプランが成功するヴィジョンを思い浮かべ、不敵な笑みをこぼした。

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