第三章 エピローグ

 雪岡研究所に戻った真は倦怠感に包まれていた。

 また純子の遊びが一つ終わった。多くの命を散らして。明日からすぐにでも純子はまた別の遊びを始めるだろう。研究というお題目の元に、多くの命と心を弄ぶ。真もそれに付き合うことになる。いつもの事だ。


「今回のゲームはくだらなかった」


 テーブルにつき、純子が作った料理を食べつつ、吐き捨てる。


「えー、そういう言い方って無いんじゃなーい? 私とのゲームに負けたからってさー」

「それを差し引いてもな。大体、あっさりと奴等のアジトにお前がたどり着けた事自体、怪しいしさ」

「元々星炭の人達の中に内通者がいたもーん。だから向こうのアジトだって最初から私は知ってたよー?」

「薄々そうなんじゃないかとは思っていたが、それって卑怯じゃないか? 自分だけ知っていて、いつでも相手の頭をとりにいける状態で、僕は知らないわけだし。最初からハンデつけられてゲーム開始したわけじゃないか」


 憮然とした様子で真は不服を口にする。


「んー、私には私でハンデあったよお? いきなりゴールにいったら、試験体のテストとしても商品の展示発表としても、不十分だからさー。ある程度、戦闘してみせる必要性があったからねー。國男君を助けてあげられなかったのは、残念だったけどねー。彼と美穂ちゃんは、芥機関で被験体にされて、体ボロボロで死ぬ間際だったんだ。それを苦労して元の正常な状態まで戻したんだけどねえ」


 笑顔でまくしたてると、純子は鶏肉のからあげを頬張る。


「言うなよ。僕だって殺したかったわけじゃない」


 言いながらレタスにマヨネーズをかけ、からあげと米を乗せていく真。


「別に責めているわけじゃないよー。真君にはどうにもできなかったんだし。私だったら何とかできたかもしれないけれどー」

「お前……そんな言い方されるくらいなら、責められた方がマシだ。ていうか、実際にお前が助ければよかっただろ」


 憮然としたまま、真はレタスを丸める手を止めて純子を睨む。


「いや、それは無理だと思うんだ。國男君には國男君で、いろいろ思う所があったようだし」


 珍しく真顔になって言う純子。純子のその言葉は、本心のように思えて、真はそれ以上國男の件に触れるのはやめた。


「あの二人はあれからどうしたんだ?」

「美穂ちゃんは家に帰ったよー。武郎君はお坊さんになりたいって言ってたから、私のマウスの一人にお坊さんがいるんで、そっちに紹介しといたよ」

「なるほど」


 武郎の犯罪のことは真も知っているので、彼がそういう選択を取った事もわかる気がした。


「それはそうと、僕の身体を勝手に改造したり普通の人間以外の要素つけくわえたりしたら、絶交するって前に言ったよな?」


 睨みながら、意識して険悪なトーンの声を発する真。


「んー、何の話ー? 私、そんなことしてないよぉ?」


 いつものあっけらかんとした態度ではあったが、赤い瞳の奥に、そして微笑む口元に、微かに動揺が現れていたのを真は見逃さなかった。


「今頃になって気付くのも間抜けな話だが、あの時から僕は全然成長してないんじゃないか? 今の僕は十八か九くらいのはずだぞ。けれどもよく見たら、確かにそんな歳には見えない。中学生くらいで止まってるというか、裏通りに堕ちたあの時から歳とってないんだが、これはお前が何かしたんじゃないのか?」

「絶対気のせいだよっそれはっ。きっと真君は七億九百四十七万人に二人くらいの確率で生まれる歳をとらない子すまんこすまんこすまんこはい不老処置だけはしましたです」


 真から放たれる険悪なオーラに耐えられず、言葉途中にいきなり謝罪しだす純子。


「いやー、だって私や累君だけ歳とらずに、真君だけ歳とって老けていって寿命で死なれても困るしさー。一番可愛い年齢で留めておきたいから、これだけは目つむってよー。他には何もしてないからー」

「可愛いって……」


 呆れて一瞬言葉を失くす真。


「しかし他人まで不老不死にできるのか、お前は」

「私が手がけたマウスには全部その処置してあるよー。オーバーライフになるのは――不老不死化はそんなに難しい事でもないんだよね。方法は幾つもあるしー。ただ、自然の法則には逆らっている事ではあると思うよー。魂は死と生を繰り返し、幾度もの転生を経て成長していくものらしいけれど、不老不死を得た人は一度の人生をずーっと持続させているわけだから、長生きしていると、何かしら人格面や精神に障害が生じるみたいなの。私は奇跡的に人格面に障害は出てないけれど」

「いやいやいや、深刻な障害が出ていると思うぞ。自覚が無いから余計にタチが悪い」

「えー、どのあたりがー?」


 笑いながら訊ねる純子に、真は答えず、そのまま黙々と食事を続ける。


「お前さ」

 食事を終えた所で、真は再び口を開く。


「そんなに長生きしていて飽きるって事は無いのか?」


 本当は別の事を言おうとしたが、言っても無駄だと悟り、別の話題に変えた。たとえ真が今何を言ったところで、純子が生き方を改めるわけもない。


「飽きないよー。だって生きるって、いろんな事を体験できて面白いじゃない」

 屈託の無い笑顔で答える。


「この世はまだまだ未知がいっぱいで、それらを解明していく事や利用できるようにする事って、すっごく楽しいしねー。今の時代とか特に楽しくなってきたし。世界が過度のエコブームで、科学文明の発達が悪とかされちゃっていて、私としては歓迎できない空気だけれど、一方で霊や冥界が存在するものとして認められて、そっちの研究が始まりだした所だしさー。これから世の中はどんどん面白く変化していくだろうし、こういう大きな変わり目って、いつの時代でもワクワクするもんだよ。そういう意味では真君だって、退屈しない、いい時代に生まれたと思うよー」


 最後に言った事だけは同意できなくもないとも思ったが、真は口には出さず、食事を終えて席を立った。


***


 星炭流呪術と雪岡純子の抗争から数日後。霊に憑依されて精神異常をきたした麗魅がやっと回復したという事で、杏はタスマニアデビルで麗魅と会った。


「あたしがヘタれている間に何もかもケリつけられちゃうなんてねえ。マヌケな話さね」


 杏が星炭との顛末を全て話すと、麗魅は照れくさそうに笑っていた。いつもの麗魅のようでいてそうではない。笑っていたが瞳には寂しげな光が宿っていた。


「そのうえ私自身までもが雪岡純子の実験台にされていて、化け物に変えられていて、いいように操られていたなんてねぇ……冗談か何かだと思いたいけれどなー。しかも累が雪岡の家に住んでたとかもうね……。累とは結構長い付き合いだっつーのに、気づかないとか間抜けすぎ」


 自分にしなだれかかって寝ている累の頭を撫でながら、重いため息をつく麗魅。


「慰めにならないかもしれないけれど、別に麗魅は麗魅だし、気にしなくていいと思うよ。私も気にしないし」

「なはは、ありがとね。でも、あいつの言うとおりになっちゃったなー。復讐なんて馬鹿のすることってさ。まさにピエロだったわけだ。家族を殺された復讐心をいいように利用されて、雪岡にとっての露払い用のストックにされていたんだから」

「そういうストックを、何人も放し飼いにしているらしいわよ、雪岡純子は。ひょっとしたら私だってそうかもしれないし、誰がそうなのかわからない」

「怖え話だなー。しかし本当いろいろショックだぁ。あたしの強さもあたし自身の力だけではなくて、改造されたせいもあるって事もさー。どの辺を改造されたのやら。まあ、何よりあたしの復讐自体が見事に空振りに終わったってのがねえ。何もかんも雪岡のために利用されたってのがさあ……。でも私をいいように利用してくれた雪岡純子を、恨む気にもなれないんだ。あたしを助けてくれた命の恩人だし。その後にこの世界に生きてこられたのも、あたしを改造だか何だかしてくれて、身体能力を強化してくれていたおかげだろうし。あたしの家族の仇もとってくれたわけだしさ。ま、結果的にはハッピーエンドなのかなー。復讐劇にハッピーエンドも糞も無い気もするけどさ」


 アンニュイな口調でまくしたてると、麗魅はブランデーのボトルを手に取った。


「別に無駄ではなかったでしょ。裏通りに堕ちてからの日々も」


 グラスに三杯目のブランデーを注ごうとする麗魅の手が、杏の一言に一瞬止まる。


「まあねえ。いろいろ刺激的で楽しい想いはいっぱいしたし。もうこれが職業になっちゃったしねー。今更表通りに戻ったりとかする気も起きないや」


 予想通りの言葉だったが、ふと杏は真の事を思い出した。裏通りに堕ちてくるのは本意では無く、普通に将来のことを心配していたと述べていたが、彼も戻ることはできないだろう。麗魅が戻れないのと同様に。


 杏はいろいろ思うところがあり、これまでとは考えが違っている。裏通りも所詮は世の中に組み込まれている一部にすぎない。

 ちょっと危なくて非合法な職場を選んでいる程度の認識で、いいような気がしてきた。今まではこんな危険な世界に生きている事をポリシーか何かのように思っていたが、そうやって特別視したり酔ったりしている自分が、真の言葉を聞いて以来、ひどく幼稚に思えてしまったのだ。


「というわけで、今後ともよろしくーっと」

「こちらこそ」


 麗魅がグラスを差し出したので、笑いながら乾杯を交わした所で、杏の携帯電話が振動する。


『今夜空いていたら、処理を頼む』

「わかったわ」


 二つ返事で応答する。空いてなかったら空けるから、と付け加えようとしたが、相手がそうしたベタベタしたものを望んでいるわけではないのがわかっているので、口に出しかけて引っ込めた。


「つい一昨日の今日なのに、随分また早いのね」

『またすぐに別の仕事が入ったからな。迷惑だったか?』

「いいえ」


 淀みなく告げた相手の言葉に、また即答する杏。電話は切られた。


「おんやー、あたしがいない間に、あいつとそういう関係になってたのかー」

「ん、まあ……何というか……」


 にやにやと笑いながら突っ込む麗魅に、どう答えたらいいかわからない。答えられない。恋人関係になったとは言い難い、それとは異なる付き合い。取り交わした専属の契約。

 もし断ったならば、彼は別の相手を買うだけの話だ。それは断じて許せなかったので、その条件を呑んだ。歪な関係ではあるが、杏に不服は無かった。


第三章 呪術流派一門で遊ぼう 終

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