第三章 14

 田園地帯のそこかしこに、つい今しがたの攻防による死体が転がっている。


「これだけの多くの兵を雇うってのもすごい話よね。海外から傭兵も仕入れているみたいだけどさ」


 杏の言うとおり、死体には外人もかなりの数が混じっていた。


「それだけ徹底して雪岡純子を潰しにかかっているという話なんだろうけれど、それをあっさりと返り討ちってのもすごい話」

「あっさりという程でもないよ。傍目から見たらそう見えるかもしれないけれど、僕はほとんど余裕無かったし、際どかった」


 杏の言葉を真は否定する。


「ふむー……」


 杏から見た限りではそうは見えなかったが、特に謙遜している様子でもないし、本人がそう言うのだからそうなのだろう。


「アンドリュー……」


 死体の一つの前でしゃがみこみ、真がぽつりと呟く。死体は筋骨隆々とした白人男性だった。


「どうしたよ?」

「知り合いが……混ざってた」


 声をかける麗魅に、真は掠れ気味の声で答えた。その身体が震えているように杏には見えた。親しい友人だったのだろうかと、杏は勘繰る。


「僕が傭兵していた頃に同じ隊にいた奴だ。歴戦の兵だった。こんなに簡単に殺されるような奴じゃない……。星炭の連中におかしな術をかけられたせいで、逆にパワーダウンして、この有様か……」


 黙祷するかのように目を伏せて言うと、真は立ち上がる。


「今思ったんだけれど、海外からも兵を仕入れているとなると、わりと目立ちそうじゃないかな」

「目立つって?」


 杏の言葉に、麗魅が首を左右にかしげて鳴らしながら尋ねる。


「最近に海外から傭兵を雇った連中を割り出し、且つそれらしき集団の目撃例なんかを割り出していけば、星炭の潜伏場所もある程度しぼりこみやすくなると思う」


 星炭の潜伏場所の調査は、情報組織の『凍結の太陽』に依頼して任せている状態になっていたため、調査結果が出るまでの間は敵の数を減らす事に徹するつもりだったが、杏もベテランの情報屋であるし、判断材料次第では敵のアジトを割り出す自信もある。


「それと、兵の補充をできないように、こっちから情報を流すわ。こいつらに雇われた人達は怪しげな術をかけられて、理性を壊されて操り人形にされるって、触れ回るの」


 この情報を流すには、情報屋としての自分の名を出さなければなるまいと、杏は判断する。そうすることで信憑性が高まる。


「一流の情報屋としての働き、期待してるよ」

 麗魅が冗談めかして言い、杏の背を軽くぽんと叩く。


「絶好町に戻ろう。様子見の目的も間引きの目的も、それなりには済んだ。ついでに言うと、星炭らに僕等の居場所は筒抜けのようだという事もわかった。いくらなんでも襲撃が早すぎるし、そうとしか考えられない」


 いつも以上に淡々とした響きの声で、真が言った。

 かつての仲間の死に――しかも自分達の敵に回っていたうえに、おかしな術でゾンビ兵にされていたという事実に、真は心が乱れそうになっているのを必死に抑えているかのように、杏と麗魅の目には映った。


「あっちにはあたしらの動きがわかるような、何か超能力だか術だかがあるってことか?」


 麗魅の問いに無言で頷く真。


「はっ、これだからチョーノーリョクシャだのマジュツシだのって類は嫌いなんだよ。何でも有りな感じだし、何してくるか予測つかないし、なんつーか卑怯だし、そういう非科学的なおかしな世界って、漫画や映画でも嫌いなんだよね、あたし」

「まあ、いくら嫌っても現実として存在するんだから、仕方無いでしょ」


 麗魅のいつもの超常嫌いの愚痴が出たと思い、たしなめる杏。その手の類は杏も激しく忌避しているし、関わりたくないのが本音だが、関わってしまったのだから仕方がない。


「ホテルワラビーにでも入って、雲塚には情報収集と告発をしてもらって、僕等は武器弾薬を補充し、鋭気を養う形で」

「おおう、年上の美人二人連れこもうってのか?うっふっふっふっ、おねーさんたちが手取り足取り可愛がってあげるからねぇ~」


 にやにやと笑いながらからかう麗魅だが、真は取り合おうとせず、にべもなく歩道に戻る。


(美人は麗魅だけで私は……)


 と、思ったが口に出せない杏だ。杏は自分の容姿には全く自信が無く、麗魅に憧れつつもコンプレックスも抱いている。


(絵的な組み合わせからしてもなあ、私よりもどう考えても麗魅とあの子のが似合ってるし。強さでもあれだしね……何だか私だけ浮いてるね)


「ああいうのが好みなわけ?」


 ネガティブな思考に陥っている杏の耳元で、麗魅がいきなりそんなことを口走ったので、ぎょっとして身を硬くする。


「彼氏イナイ暦イコール年齢の杏にもようやく遅すぎる春がきたかー。って、今は冬だけど、杏にだけ早い春がきたかー。うんうん、よかったよかった」

「いや、ちょっと麗魅……」

「ふーむ。年下が好みか。しかも面食いか」

「だからー、どうしていきなりそういう話が飛び出てくるわけよ」

「いきなりも何も、あんたの様子見てれば一目瞭然つーか、事あるごとにあの子に気のありそうな視線向けてはうつむいたりしてるし、あからさますぎて丸分かりだっつーの」


 麗魅の指摘に、杏は顔がカッと熱くなったのを感じる。それも顔に出て丸見えなのではないだろうかと思って、ますます慌てる。


「まさか、そんな、会ったばかりでいきなりそんなことには」

「わかっとらんなー、恋は突然訪れるもんだってのに。よっしゃ、ここは一つあたしがひと肌ぬいで、上手な口説き方の見本を見せてあげよう」


 勝手にどんどん話を進める麗魅に、唖然とする杏。何をしでかすのか怖いが、見てもみたいという好奇心もあるので止めないでおく。


 何故か忍び足でそろそろと、真の背後へと近づいて行く麗魅。

 そしてやにわに後ろから真の顔を両手で覆ったかと思うと、口と鼻に指を突っ込み、さらに目尻のあたりも抑えて、それぞれ左右に引っ張りあげる。


「ほらほら、笑って笑って」

「いひありあにふるんらっ」


 にらめっこしましょ状態にされた真が抗議の声を上げてもがくが、怒っている様子は無かった。整った顔が見るも無残な面白い顔にされているのを見て、杏は吹いてしまう。


「いや、あんたさー、いっつも仏頂面っつーか無愛想っつーか、あれだからさ。表情作れないものかと、試してみたんだ」

「表情とかそういう次元ではないだろう、この仕打ちは」


 麗魅に開放された真が顔を抑える。かなり強く引っ張られて痛かったのだ。


「別に好きでこうなったわけではないし、あまりそのことには触れないでほしい。愛想無いのはすまないとは思うけれどさ」

「ほほお、悩みがあるんなら、おねーさんが聞いてあげるから言ってごらんなさい」

「そんな深い仲でもないし、別に悩んでもないからいいよ」

「おおう、じゃあ深い仲になって、女の方が問題視すれば、いいわけね?」

「問題視するような女とは付き合えないってことで」

「つれないねえ。でも噂とは違って、そんな冷血人間とかでもなくて、会話だけなら普通な感じだよね? 表情だけ表せないってことか」

「しつこいから教えてやるけれど、親にそういう風に躾けられた結果だよ」


 諦めたように息を吐く真。


「いちいち泣くな、口を開けて笑うな、笑い声そのものが耳障りだからやめろ、騒ぐな、反抗的な顔をするな、思ったこと感じたことをそのまま顔に出すなと、母親に叱られ殴られ続けてね。その結果何か感じても、それを表に出してはいけない、それが恥だと、理屈でなく強迫観念で、表に出しづらくなっただけだよ。無感動ってわけじゃあないんだ」

「ひでー親だな」


 真の話を聞いて、麗魅が遠慮無く吐き捨てる。


「無理矢理そんな話を聞き出してる麗魅も、デリカシー無くてひどいんだけどね」

 杏が突っ込む。


「うるさいよ、そこ」

「まあひどかったね。今思えば、子供が好きでは無かったのかもしれない」

「そういう親多いよなー。勢いだけで避妊もせずにガキこさえたバカップルが、そのまま結婚して、自分も頭ン中ガキのまんまで子育てしてるから、そういう悲劇が起こるんだよなー」


 冷静に言う真に、思いついた事を全く遠慮せずに口にして、うんうんと頷く麗魅。


「ごめんね、口も悪くて思慮も足らない馬鹿で」


 そんな麗魅の頭を軽く小突きながら、杏が代わりに謝る。


「いや、図星だし、僕も大いに同感だから、別に何とも思わないよ。それにそんな親だったからずっと反抗もしてたけど、いろいろ話して互いに和解したし、恨んではいない」

「そっかー、そりゃよかったな。かーちゃん大事にしろよ。どんな親でもいるにこしたこたーないぜ」


 麗魅の言葉に、真は寂しげな微笑を零した。それを見て、また余計なことを麗魅が言ったのではと、杏は思う。


「どうよ、一気に親睦を深めた感じでしょ」


 二人して真から距離を置いて、麗魅は杏の横でけらけらと笑う。


「もう少し相手のことをいたわるというか、節度ある言動をお願いしたいわ」

「腹の底を出し合うことが、信頼を得るための最良の手段だぜ。あの子もそれを察して、まだ会ったばかりのあたしらに、ああいう話をしてくれたんじゃないの?」


 そんなわけあるかと思ったが、杏は口に出して否定はしなかった。何か麗魅と真が、杏には計れない部分で通じて、その領域でのやりとりがあったような気がして、ますます取り残されているような気がして。


(たぎっているな……我慢しきれそうにない)


 一方で真は、二人に気づかれないように携帯電話を取り出す。


(ドンパチの最中に彼女を呼ぶのもどうかと思うけれど、中立地帯だし大丈夫だろう)


 口に出さず呟きながら、真はメールを打ちだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る