第三章 9

 その光景はひどく印象的で、絵になるものとして、杏の目には映った。線が細く、大きな眼の美少年が、右手にサブマシンガン、左手にショットガンを携えて、木々の間から無表情でこちらを見つめているというシュールな構図。


 しかも手にした銃が、随分と大型で扱いづらそうな代物だ。文明、科学の進歩が滞っているこの時代でも、武器、兵器の類は常に改良が成されていて、コンパクトで扱いやすく小型化されている。だが彼が持っているものは極めて旧時代的で無骨なデザインの、少なくとも片手で使えそうにはないサイズの代物だ。それを片手に一挺ずつ携えている。

 そもそもハンドガン以外の銃器自体が珍しい。この国の裏の世界の住人の大半は、隠しやすく持ち運びやすい拳銃を得物にする。加えて、中枢が秩序維持の名目で、ライフルやサブマシンガンや狙撃銃の類を出回らないようにしている。


「相沢真……」


 杏が少年の名を口にした。雪岡純子の殺人人形の名で呼ばれる、雪岡純子専属の殺し屋。

 数年前よりその名が裏通りで知れ渡るようになり、かのマッドサイエンティストと敵対した者を、悉く葬ってきた存在。


 実物は画像で見るよりもずっと、小柄で華奢な印象があった。だからこそ、ごっつい銃器を携帯した姿は尚更にシュールに見える。

 学生姿なのはカモフラージュだ。十代で職業的犯罪者になる者が非常に多い事が問題化しているため、未成年で私服で真っ昼間からうろついていれば、補導員達にすぐ見つかって警察に連絡され、少年課の裏通り未成年対策部隊がすっとんでくる。補導されれば、数十時間にも及ぶ説教地獄が待っているので、十代の闇の住人はそれを避けるために、学生服で行動するのが定番になっている。杏も麗魅も昔はそうだった。


「やっと見つけたぜ」

 麗魅がにやりと笑う。


「こいつが無事ってことは、お目当ての雪岡純子も無事な可能性高いよなあ」

「あいつがそう簡単に死ぬものか」


 麗魅の言葉に、抑揚に欠けた声で真が言った。


「まあ、いきなり会えてラッキーだ。で、雪岡は今どこか知ってるだろ? アポ無しで悪いが、会わせてくんないかなあ、大事な用があるんだ」

「こっちもラッキーだったよ」


 フレンドリーに話しかける麗魅に、真は左手に携えたショットガンを向け、いきなり撃ってきた。


「手応えのありそうな相手と巡り合えて」


 間一髪で二人とも突然の銃撃をかわしたものの、どうして攻撃されたか理解不能だった。


(敵と勘違いしてる?)


 咄嗟に杏はそう思う。そうでないと、出会い頭に撃たれる謂れは無い。


(それにしても、何て子だろう……)


 無表情のままであったが、雰囲気が劇的に変化している真を見て、杏は息を飲んだ。

 奇妙な表現だが、人間と向かい合っている感じがしなかった。自分達を喰らおうとしている肉食獣と対峙している気分だ。凶暴で獰猛な――そして優美な獣。

 今までに殺意を向けてきた者と殺し合いをした事は数え切れぬほどあるが、こんな異質かつ凶暴な殺気を放っている者に出会ったのは初めてだ。


 能面のように無表情なのに、杏には何故か真の感情を読み取れる。伝わってくる。闘争心と歓喜――そして微かな緊張と恐怖。

 杏も麗魅も、命のやりとりをする際には必ず恐怖がついてまわるから、それは不思議では無い。目の前の少年が戦いを楽しもうとしている事が杏には伝わってくる。顔だけは綺麗に整っているが、その見た目と中身が一致していないというか……


「下がってろ、杏。こいつはあんたの手に負えない。手助けもいらないぜ」


 真に気圧されているのを知ってか知らずか、麗魅が杏の方を見ずに、真を見据えたまま言った。雰囲気に呑まれて杏は無言で頷き、恐る恐る距離を取る。

 麗魅からも、真と全く同じ感情が強く感じられた。殺意と、殺し甲斐のある相手と巡り会えた事に対する歓喜。こちらは表情に出している。

 今まで麗魅と共に何度も死線をくぐりぬけてきたが、麗魅はいつも楽しんでいた。死地になればなるほど、手強い相手との殺し合いほど、麗魅は喜んでいた。


「噂に名高い雪岡純子の殺人人形、どれほどのものか味わってやるよ」


 不敵な笑みを浮かべて言い放つと、麗魅は真めがけて、たてつづけに三発撃つ。

 最初の一発は真の胸部を狙い、二発目は真のいる左側の地面から30センチあたり、三発目は真のいる右側の地面から1メートルあたりに狙いを定めて撃っている。

 敵が回避することを前提に計算しなければ、敵に銃弾をお見舞いすることはできない。それを先読みしたうえでの、セオリーに従っての三連弾。麗魅にしてみたら自信をもっての攻撃であり、大抵の相手ならこれで終わらせていた。


 だが流石に相手も、凄腕として名の知れているだけはある。麗魅から見て左に駆けた真は、わずかに右太ももをかすらせただけで、麗魅の銃弾を見事に回避する。


 麗魅のファーストアタックの回避と同時に、真も反撃に移る。左手に持ったショットガンの銃口が上がり、麗魅めがけて小粒の弾が放射状に撒き散らされる。

 ショットガン、サブマシンガン、いずれも厄介な得物だ。コンセントの力をもってしても、吐き出される大量の弾をかわしきるのは中々難しい。


 横っ飛びにかわす麗魅。背後の木の幹に無数の穴が穿たれる。


(よくもまあ片手で、それもあんな細腕で、あんなもん使えるものね)


 驚きつつ感心する杏。無反動化、軽量化が進んでいたとしても、片手であのようなショットガンを撃つなど信じられない。百年以上進んでいる科学技術力を持つとまで言われている雪岡純子製――ユキオカブランドの特別製だとすれば納得もいかないこともないが。


 体勢を崩した麗魅に向けて、真の右手のサブマシンガンが火を吹く。

 麗魅もその攻撃を当然のごとく予想していたので、でんぐり返しをするかのように低姿勢で素早く前方に一回転して、立ち上がり様に真に向けて手を伸ばし、コンマ数秒で狙いをつけて、再び三発撃つ。


 真はその銃撃をかわしながら、体勢の不十分な麗魅に向けてショットガンを撃つ。

 真の得物がショットガンということも加わり、今の麗魅には回避が非常に困難だ。だが麗魅はそれでやられるようなこともなかった。


 体勢不十分なまま片足で大きく地面を蹴り、散弾の命中範囲と予想できる地帯から一気に距離を取って、その動きの最中に、真に向かって銃を二発撃っている。

 流石にこの銃撃には真も反応しきれなかったようで、そのうちの一発を右腕に受け、サブマシンガンを落とした。

 服の一部がはじけとんだが、出血は無い。ダメージはあったと思われるが、防弾繊維を完全に貫くことはできなかったようだ。


 真は一瞬ひるんだようだが、麗魅も続けて一方的に攻撃というわけにもいかなかった。体勢をたてなおすのにワンアクションが必要で、そのわずかな時間だけ、真に猶予を与えた。

 二人が同時に銃を撃ち、同時にその場を飛びずさり、相手の銃撃をかわす。

 麗魅の反応と動きの速さに、杏は舌を巻いていた。何度見ても人間離れしている。


『映画や漫画の主人公でよくあるような、一人で複数の敵と戦うなんて、有り得ない話だ。空想だけでの英雄さ』


 ことあるごとに麗魅はそう言っていた。それは裏通りの定説でもあった。

 だが麗魅はそう言いながら、まるで映画の主人公のように、一人で複数の敵をばったばったと倒していく爽快感あふれる光景を、杏の前にて幾度も見せてくれたものだ。杏には不可能な芸当であるし、実際、現実的には無理な話だ。

 人間離れした動きと反応速度。家族を殺された恨みからこの世界に堕ちた経緯ではあるが、殺戮の才能がそれによって開花したかのような、戦いの申し子だった。


 けれども、敵もそんな麗魅とほぼ互角に渡り合っている。今のところ麗魅の攻撃が一発入り、相手の得物を片方落としているため、麗魅の方が優位のように見えるが。


 木の陰に身を隠し、息を整える麗魅。真もその間に、落ち着いた動作で落としたマシンガンを拾う。それだけの行動に出る余裕があった。


「惜しいな、星炭の走狗なんかになっているのは」


 意味不明なことを口走り、真は麗魅が隠れている木の幹めがけてショットガンを撃つ。

 木はかなり太く、とても貫通できなさそうにも思えたが、驚いたことにその一撃でごっそりと木の幹の大部分が破壊されてえぐられていた。


「ちょっと待って!」


 楽しんでいる二人には悪かったが、このまま真に勘違いされたまま戦い続けてもらっても困るので、杏は声をかけた。


「相沢真、あなた勘違いしてるわよ。私達は別に雪岡純子に敵意があってここへ来たんじゃないんだから」

「そのわりには僕のこと、殺す気満々じゃないか。第一、雪岡に用事があるとして、このタイミングでこんな場所に来るなんて、信じ難いね」


 このタイミングというのは、芥機関の破壊の惨状を指しているのだろうと察した。


「この惨状は、何者かが雪岡純子を狙ったものということね?」


 にべもない真に、杏は食い下がる。


「『凍結の太陽』って情報組織、あなたは知ってる? そこの紹介で、ここで雪岡純子と会う約束だったのだけれど、話は聞いてないの……?」


 言葉の途中に、倒壊しかけの建物を一瞥する。


「来たらいきなりこの有様でね。何なら確認してみて頂戴。凍結の太陽のボスに、雲塚杏の名を出してくれればいいわ」

「雲塚杏……フリーの情報屋のか。わかった。確認してみる」


 真はサブマシンガンを無造作に制服のズボンの内側に突っ込み、左手のショットガンを向けたまま、指先携帯電話をつまんで取り出した。電話の相手と二、三、言葉をかわすと、真は携帯電話を懐に戻し、ショットガンの銃口も下ろした。


(晃が以前言ってた、裏通りに堕ちた姉とやらか)


 名前と素性からして知り合いの身内だろうと真は確信したが、それを口にはしなかった。


「確認したよ。タイミング悪かったとはいえ、いきなり撃ったりしてすまなかった」


 淡々とした口調で謝り、軽く頭を下げる真。


「へへっ、全く非常識な奴だね、雪岡純子の殺人人形って奴は」

 冗談めかす麗魅。


「あんたもねえ、話があって来たのにいきなりドンパチなんかしてさあ、全く……」

「だって仕掛けてきたのは向こうだしさー。まあ楽しかったけれどな。もう少し遊んでみたかったし。ま、交渉担当の杏がいてくれてよかったよかった」


 わざとオーバーに呆れた口調の杏に、悪戯っぽい笑みを満面にひろげて麗魅は銃をしまった。


「霞銃の麗魅と、情報屋の雲塚杏か。どちらも名は知ってる。敵じゃないってのはわかったし、申し訳なかったとは思うけれど、さらに申し訳無い事に、今は雪岡には会わせられないよ。会わせようがないというか、僕とは別行動とっているし」

「いや、そっちにもいろいろ事情はあるのはわかってるし、どうしても今すぐ無理にとは言わないさ。話を聞かせてもらうだけなら、あんたでもいいと思うんだ」


 真の言葉に、真顔になって麗魅は言う。


「タイミング悪いと言ってたけれどさ、あたしはそう思ってないよ。むしろ物凄くいいタイミングだったね。この黒い着物に胸に白い星の刺繍の入った奴に、覚えはない?」

「星炭流呪術の呪術師だな、それは」


 即座に答える真。


(星炭の呪術? 星炭流妖術ではなくて?)

 訝る杏。


「今、そこで襲われたんだけれどさ。そいつらと雪岡はどういう関係なんだ」

「相対する間柄だ。ドンパチ真っ最中のな。今も襲撃を受けたところだし」


 答えつつ真は崩れかけている建物に視線をやる。


「まあ、こんなところじゃなんだし、場所を変えて話を聞かせてほしいな」

「構わないよ」


 杏の申し出に、真は無表情のままあっさりと承諾した。


「ただし、今僕と一緒にいると、いつあいつらに襲われるかわからないぞ」

「望むところさ」


 いつも通り朗らかな笑みを広げる麗魅だったが、彼女の瞳が異様な光を帯びているように、杏には見えた。

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