第二章 4

 弓男と鷹彦は、安楽市絶好町繁華街にあるカンドービルというデパートの一階にある、『タスマニアデビル』という名のバーを訪れた。そこで月那美香と顔合わせをする予定になっている。


「ひゃっはー、懐かしすぎるぜ、タスマニアデビル。四十年ぶりぐらいに帰ってきた感じなのに、全然変わってねーし」


 店の中を見渡しながら鷹彦が声をあげる。かなり大きめの声だったので、近くにいた客達の視線が鷹彦と弓男に降り注がれた。

 タスマニアデビルは裏通り専用のバーである。中立地区に指定されてここでの争いは御法度になっているため、裏通りの住人達は安心してくつろぎ、交流できる。店内はかなり広く客の数も多い。


 二人が待ち合わせ相手から指定された席に行くと、だぶついた安っぽい無地のTシャツとボロボロのジーンズに、キャップを目深にかぶった、十五、六歳くらいとおぼしき少女が座っていた。


「えっと、あれがそうじゃないですか?」

 訝りながら少女を指す弓男。


「かな? テレビとはえらく印象違うけれど、芸能人だから一応、オフでは変装しているってわけか」

「評判通りの中々できるようですねー。これは期待してもよさそうですね。うん」


 裏通りを五年、世界中の戦場を渡り歩いてさらに五年と、修羅場を潜り抜けてきた弓男と鷹彦は一目で、少女がかなりの腕の持ち主だと見抜く。


 やってきた弓男達に気がついて、少女が立ち上がる。


「初めまして! 月那美香だ! 互いに頑張ろう!」


 テレビで見た時と同じ声と喋り方で少女は挨拶し、勢いよく帽子をとって礼をする。帽子の中からセミロングの黒髪が一気にあふれでた。


「おー、本物だ。俺的にはこっちの服装の方が好みかな」

「初対面から随分な挨拶だな! 最初くらい礼は尽くすべきだ!」


 嬉しそうな声をあげる鷹彦に、美香は憮然とした表情で帽子を被りなおす。髪の毛は全て後ろにまとめて目立たなくする被り方だ。


「ちょっとカタブツっぽいのかねえ? この子。つか……テレビ向けにキャラ作っていたんじゃなくて、これが素なのかよ」

「聞こえているぞ!」


 弓男に耳打ちする鷹彦だったが、声自体はほとんど潜めていなかった。


「どうせ私を変な奴だと思っているだろう!?」


 ボックス席に向かい合う形で腰を降ろした鷹彦を睨む美香。


「私は変人だ! 自覚はある! でも私は私を変えられないし、世の中百人に一人くらい変人がいたっていいだろう! ええっ!?」

「俺はカタブツって言っただけだし。痛い奴とは思っているけれど、変人とは痛ててて」

「ま、そうですね。わかります。うん」


 柔和な笑みを浮かべる一方で弓男は、さらに余計なことを言う鷹彦の腹の皮を、テーブルの下でつまみあげる。


「じゃー早速本題に入っちゃいましょ。私達が来る前に、そちらはすでに破竹の憩いと喧嘩なさっているということで、いっそ共闘という話なわけですが、私達に『これやっちゃ困るよー』てなことはありますかね?」

「一般人に手を出したら怒る! しかし貴方達ならその心配は無いと思うが!」

「それはもちろんそうですよー。一応私は正義の味方を生業としていますしね。んじゃ、組織そのものを完全に潰しちゃうってことで、それでいいですかね」

「応!」


 穏やかな口調と表情で確認する弓男に、気合いたっぷりに頷く美香。


「ええと、とりあえず武器の製造工場とか潰しちゃえばいいと思います。先に頭を狙って潰すのがねえ、手っ取り早いのですが、それは私の流儀に反します。周囲から少しずつ切り崩していって、悔しがらせて、脅かして、ムカつかせて、怖がらせて、絶望させて、最後にぐちゃっ、てのがね、理想的ですよね。うん」

「すんげードSな正義の味方だよな」


 弓男の話し方を聞いて、おかしそうに笑う鷹彦。


「ケースバイケース! その攻め方が適しているだろう!」


 美香があっさりと賛同し、乱暴な手つきでグラスにワインを注ぎ、一気に呷った。


「少しは味わって飲んだらどうよ、未成年ちゃん。一気飲みとか危ないんだぞ。急性アルコール中毒で確か毎年十人だか五千人だかが救急車だぞ」


 鷹彦が冗談めかした口調で注意する。


「一気飲みが好きなんだ! それにな、未成年の殺人が許されて、未成年の飲酒喫煙が許されないなんておかしい!」

「ははは、確かにな。でも未成年の体でその飲み方は、やっぱりやめた方がいいぜ。俺もガキの頃に同じことをやって、病院に運ばれたからな」


 仏頂面で抗議する美香に、へらへらと笑いながら、なおもたしなめる鷹彦。


「彼等は安楽市市内に兵器製造工場を四つ所持している! 一番小さな工場は一つ潰してあるがな」


 美香が初めて笑みをこぼした。凄いドヤ顔だと、弓男の目には映った。


「おー、それは素晴らしい。えっとですね、とりあえずですね、そのですね、レッドトーメンター改の精製場だけはですね、何としてでも見つけて潰したいところなんですよ。ええ」


 精製場を潰した所で、精製のレシピがあるのだから、それを持ち逃げされたら無意味である事は弓男もわかっている。

 だが正義の味方のセオリーとしては、意思表明と、デモンストレーションとしての破壊活動が必要だ。今回に限った話ではないが、その方が活動しやすくなる。


「奴等にとっては要の一つだぞ! それを三人でやるのか。面白い!」

「こいつがその気になれば一人でもいけるかもなんだぜ?」


 顎で弓男のことを指し、誇らしげに鷹彦。


「そこまでね、過信はしていませんよっと」

 一応謙遜してみせる弓男だが、その自信はあった。


「過信か? 私はその自信があったし、そのつもりだったぞ! 別に手助けが欲しくて、共闘の話にのったわけではない! 同じ目的の者が他にいて、トラブルにならないで済むようにと思ってのことだ!」


 美香の言い分が全く自分達と同じなので、互いにやりやすいだろうなと弓男は思う。


「こちらもそういう意図さ。ところで、どうしてあんた『破竹の憩い』を潰したいんだ?」

「依頼者のことは言えない!」


 鷹彦の問いに、美香は間髪置かずに即答した。


「ああ、そりゃそうだな。馬鹿な質問したな、俺」

 頭をかく鷹彦。


「ま、目的は同じですからね、細かいことは気にしなくていいんじゃないですか? お互い表通りでも有名な正義の味方ですから、信用はしてもいいでしょ。うん」


 このまま和やかなムードで終わりそうだと弓男も鷹彦も思っていたが、美香の表情が突然暗くなった。


「一つだけ私の目的を明かしておく。破竹の憩いは人身売買組織から大量に商品を仕入れているのか? という話だ。その商品はどこへいった? 何に使われている?」


 これまでの、語尾を強調して叫ぶような喋り方ではなく、トーンを落として言った美香の言葉に、弓男と鷹彦の顔色が変わる。


「依頼人は言えない。が、私は依頼内容を聞いたうえで仕事を請けるかどうか決める。つまりそういうことだ」

「あちゃー、正義の味方気取りの我々としても、聞き過ごせない内容ですねえ、それ」


 弓男の中で闘志に似た感情が沸き起こる。


 戦う相手が悪ければ悪いほど燃えるのは、やはり自分が正義の味方稼業をしていて、それに酔っている部分があるせいなのだろうと、弓男は自己分析する。とんだ偽善者だと自覚している。

 だが自覚し、常に注意を払っている分だけ、自覚の無い正義の味方かぶれに比べればましだろうとも思っていた。その辺りを無自覚だと、暴走していろいろ大変なことになる事を弓男は知っている。


「あ、私からもとても素朴かつ当然の疑問、一個ぶつけちゃってよいですか?」


 愛嬌のある笑みを見せて、人差し指を顔の前に立ててみせる弓男。


「応!」

「何で常に叫ぶように喋っているんでしょ?」

「常に気合いを入れてひた向きに生きている顕れ――否! 証だ!」


 弓男の質問に、美香は胸を張って答えた。


***


 月那美香は明日から早速活動開始することを革命家二人と約束し、タスマニアデビルを後にして、そのままカンドービルの外には出ずに、ビルの地下一階へと赴いた。


「うまくコンタクトとれたみたいだねー」


 カンドービルの地下一階にある雪岡研究所。

 研究所の主である赤い目の少女は、美香の顔を見るなり、何の報告も聞かずにそう言った。


「彼等は信用できそうだ。一目でわかった。いい奴等だと思う。私の人物眼は確かだ」


 日頃の叫ぶような喋り方ではなく、声のトーンを抑えて美香。

 その表情は浮かない。椅子に腰かけようともせず、純子とも、その隣に座っている真とも、視線を合わせようとしない。


「んー、別に騙しているわけじゃないから、そんな顔することないと思うよー」

「いや、どう考えても騙しているだろう」


 フォローする純子に、沈んだ声でそう返す美香。

 納得したうえで依頼を受けたはずであったが、弓男達と接触してから、美香は良心にさいなまれていた。


「確かに私が直接彼等を陥れるような行為をするわけではない。が、味方面している者に監視されているという行為は、限りなく裏切り行為のそれだ! つまり……そういうことだ」

「悩むのなら最初からそんな役割、引き受けなければよかったじゃないか」


 真が口を挟む。


「こいつの依頼なんてろくでもない代物に決まっているんだ。今回はましな部類だが、それすらも後ろめたいのなら、今ここで放棄してしまえばいい」

「んー、真君の言う通りかもねえ。嫌なもの無理強いはできないし、でも私は美香ちゃんが納得いかないような、そんな展開にはしないつもりでいるけれどねー」


 一人だけにこにこと微笑みながら純子。


「純子の言うことだから、あまり信用できない! だが破竹の憩いの行いは見過ごせないと思ったうえで、君の依頼を受けた! 君が何を――」


 美香の言葉途中にノックがして扉が開く。現れた人物を見て、美香は元々大きな目をさらに大きく見開く。


 体格は中肉中背、一糸まとわず青白くつるつるした肌を露出し、頭のてっぺんから大きな双葉が生え、全身に血管が浮いて見え、目も口も耳も生殖器も無く、鼻と鼻の穴と耳の穴だけがある。そんな異形の姿の怪人が、何らかの機材を箱に詰めて抱えて室内へと入ってきた。


「御苦労様―。そこに置いといてねー」


 純子に微笑みかけられ、怪人は箱を置くと恭しく一礼して部屋を出て行った。


「あれも君に改造されたマウスか!」

 眉間に皺を寄せて問う美香。


「そうだよー。ニートしていたせいで親に勘当されちゃって、ネカフェとか転々としていたけれど、お金が尽きてここに来た子。で、私がここで雇ってあげたんだー。労働の悦びを最大限に与えたうえでねー」

「労働の悦びだと!?」

「うんー。仕事を言いつけられてそれをこなすと、脳内に大量の快楽物質が溢れて幸福感に浸れるように改造したんだー。その代わり、それ以外の感情は一切無くしちゃっておいたけれどねー。とってもシンプルだよね」

「そんなことをする意味がどこにあるんだ……」


 楽しそうに解説する純子に、美香は唖然として顔をしかめる。


「別に深い意味は無いよー。個人的には面白みに欠けるモノだと思うけれど、丁度そういう効率的な労働力となる者が作れないかっていう依頼が、お得意さんから来ていたからさー。実験台になってもらって、ついでにここで働いてもらっているってわけ」


 そう言って純子は肩をすくめて小さく手を広げてみせる。一時期アメリカに長年在住していたので、その時についた癖が今も残っている。


「実験自体は成功だから、今後ああいうのを量産することもできるよー。いずれ世の中のニート君達が親元からどんどん買い取られていって、あんな風に改造されていって、あちこちで働くようになるのかもしれないね。とはいえ自我が無いってのは、私的にはやっぱり凄くつまんないから、何かしら工夫したいんだけどねー。何かいい方法無いかなーと今考えている所なんだ」

「最悪だな! しかし……本人は幸福というわけか」


 呆れきって吐き捨てたあとで、声のトーンを落として付け加える美香。


「正義の味方様としてはどうなんだ? 雪岡の日頃の行いは」

 真が美香に問う。


「悪だ! だが悪でも悪なりに筋が通っているし、不幸も幸福も両方与えるせいか、どうにも憎みきれないし、単純に悪として処断できないな!」


 真の問いに美香は微笑みをこぼして即答し、純子の方を向く。


「君が何を企んでいるかはわからないが、私は私が正しいと思ったことをする! いいな!?」

「うんうん、それでこそ美香ちゃんだよ」


 真顔で宣言する美香に、純子はいつもの屈託ない笑顔で応じる。


「こいつの実験台になることを望んだのも、正しいことなのか?」


 美香の方を向いたまま、さらに問う真。いつも抑揚に乏しい淡々とした喋り方だが、その時は珍しく感情が込められていた。言葉だけ捉えると皮肉っているようだが、声音は柔らかい。


「結果的にはそうだ! 後悔しているはずがない! 今の私があるのも純子のおかげなんだからな!」

「そのうち後悔する時が来るかもしれないぞ」


 躊躇うことなく答える美香に、真は小さく息を吐く。


「無い! 有り得ない! そういう君はどうなんだ!」

「真君だって前向きな気持ちと目的があってここにいるんだから、後悔とかは多分無いと思うよー」


 美香の問いに対し、真に代わって純子が答えた。真の目的が何か知ったうえで尋ねた美香だが、本人ではなく純子が答えた時点で、それ以上突っ込むのをやめた。

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