蒼海の女神 ー果てなき海の、その先に。ー

並木坂奈菜海

Episode 0. Prélude 序幕




「ねぇ、ママ! もっとおはなしをきかせて! おねがい!」

「そうね、じゃあ……お話を聞いたら、今日はもう寝ましょうね」

「うん、わかった! ねぇ、どんなおはなしなの?」

「あなたは知らないでしょうけど、人魚姫のお話には続きがあったのよ」

「つづきって? にんぎょさんは『てんごく』にいいて、おしまいじゃないの?」

「そうね、でも本当は続きがあったのよ。世界中のどんな絵本にもかかれていない、そんな秘密のお話よ」

「そうなの? きかせてきかせて!」

「分かったわ。 ………人魚姫は、愛する王子様を殺すことができず、自分が死ぬことを選び、海に身を投げ、泡にその姿を変えました。そして、人魚姫は空気の精となり、天国へ昇って行きました。その後、天国へ昇った人魚姫は───」










 ————————————————————————————————————










 彼女は、漂っていた。


 どこまでも深く続く闇の中を。


 なぜ自分がそこにのか、彼女には全く理解ができなかった。


 どうして自分が、ここにいるのだろう。そしてなぜ、私はこの場所を漂うのだろう。


 彼女には記憶がない。


 自分が何者なのか、いや、自分は生きているのか、それとも死んでいるのだろうか。


 それは彼女にもわからない。

 ただ、時折聞こえる闇の声だけがそこに響いていた。

 ここに居続けろと。


 ——お前はもう、死んでいるのだから。誰かに求められることもないままに、この場所で永遠に眠り続けるがいい。

 その姿なき声の言うままに、彼女は彷徨い続けていた。




 ある時、聞きなれない声がした。


 ——目覚めなさい。


 それはたった一言だけだった。

 しかし、彼女がその声に興味を持つには十分だった。


 ——あなたはまだ、生まれてもいないのだから。


 私を呼ぶこの声は、いったい誰なのだろう。

 どうして、私に目覚めよと言うのだろう——。


 もう一度声がした。


 ──あなたには使命があります。あなたが過去に為せなかった、大切な使命が。

 ——シメイ? ワタシノカコ?


 彼女はその声に尋ねた。

 ——あなたは、誰?


 少しばかりの沈黙が流れた後、また声がした。

 ──私は、あなたをもう一度あの世界へ呼び戻すためにあるのです。

 ──あの世界?

 ──そう、あなたが過去に為せなかった使命がそこにあるのです。

 ──私の使命?

 ──それは、今のあなた自身が見つけ出すことです。それを私が言うことは出来ません。




 声と会話をすることで、彼女は興味を持った。


(過去の私を知りたい。私が何をすべきなのかを)

 彼女は決心し、声に告げた。


「私を、連れて行ってください。私が為すべき使命のために」

 

 するとまた、声がした。


 しかし、それは先程まで彼女が聞いていた声ではなかった。


 ──お前に使命などない。過去もない。お前は最初からこの闇の中にいたのだ。

 


 闇の声が、彼女の意志をへし折らんと、彼女に語りかける。


 ──お前には何もないのだ。ただこの闇を彷徨っていればよいのだ。

 ──そんなことはありません。さあ、早く。


 闇ではない声が、光の声が、彼女に囁く。


 (私の過去を知りたい。過去に何があったのかを)


「お願い、私を連れて行って。私の使命がある場所へ」




 すると突然、彼女の目の前に光が生まれた。

 そしてその光は彼女を包みこんだ─────。







「……ここは、どこ?」


 彼女は光に問いかけた。


 ──あなたをあの世界へ送ります。さあ、目を閉じて。

 言われた通り、目を閉じる。


 突然、何かが彼女のなかに入ってくる。

 とても心地よいものが、袋に水を満たすように。




 そして、再び強い光に包みこまれ────。






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